巨鯨GPIFが日本株の救世主に、大規模損失で買い余力との皮算用

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  • 日本株比率は6月末22%、4兆円強の増額余地とモルガンMUFG証
  • 下値不安を和らげる効果はある-りそな銀・黒瀬氏

世界的な株安や円高に打ちのめされている日本の株式市場。その救世主となり得るのは、株安で巨額の損失を被った年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のようだ。

  GPIFは運用資産に債券や株式が占める割合の目標値をあらかじめ設け、評価額が大幅に目減りした資産の買い増しなどで調整している。モルガン・スタンレーMUFG証券はGPIFの運用資産が6月末に132.7兆円に減少し、国内債券は全体の42.6%、日本株は21.7%と、ともに目標値から遠のいたと試算。国内債を9.8兆円減らし、日本株を4.21兆円増やす余地が生まれたと見積もっている。

  同社の株式統括本部でエグゼクティブ・ディレクターを務める岩尾洋平氏は、外国人投資家はGPIFの大規模な資産構成見直しによる株価押し上げ効果は出尽くしたとみているが、なお徐々に買い増していると気づけば、市場の雰囲気は改善すると予想。少なくとも株価の下支え要因になると指摘する。

GPIFの高橋則広理事長

Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  TOPIXはGPIFの大規模な国内債削減とリスク資産買い増しがほぼ一巡した直後の昨年8月に、約8年ぶりの高値を記録。その後は世界経済の減速懸念や市場の混乱を背景に年初からは19%程度下げ、日本株の時価総額は約104兆円吹き飛んだ。保有割合を徐々に修正するための日本株買いは市場心理を支えるとともに、巨額の国債購入を必要とする日本銀行にとっても朗報だ。

  りそな銀行アセットマネジメント部の黒瀬浩一チーフ・マーケット・ストラテジストは、4兆円規模の買い余力は「大きい。下値不安を和らげる効果はある。株価下落で資産構成割合が下がるので買わざるを得ない」と言う。評価損が政治問題化しているため、買い増しは慎重に進める可能性があると分析。国内債の削減は「日銀にも大変ウエルカムな話だ」と述べた。

  SMBC日興証券の末沢豪謙金融財政アナリストは、GPIFの4-6月期の評価損を3.5兆-4兆円程度、6月末の運用資産は厚生労働省が管理する年金特別会計の短期資産も含めて約132兆円と試算する。金利が低下した国内債の割合はおおよそ42%程度に上昇する一方、最も打撃が大きかった日本株は約20%に低下したと分析。外国債は世界的な金利低下で14%前後、株価が堅調だった外国株は22%程度と持ちこたえたとみる。

  末沢氏が推計した資産構成割合に基づくブルームバーグの試算では、国内債の時価評価額は6月末に約55.4兆円、日本株は26.4兆円程度、外債は約18.5兆円、外株は29兆円前後。仮に積立金全体の規模が変わらなければ、国内債は満期償還分も含め、目標値まで約9.2兆円の削減余地がある。日本株は値上がり分も込みで約6.6兆円、外債は為替損益も含めて約1.3兆円、外株は約4兆円の積み増しが必要だ。

  GPIFの広報責任者、森新一郎氏はブルームバーグに対し、市場に不測の影響を及ぼすのを避けるため、コメントを控えると答えた。

  GPIFは2014年10月末に資産構成を抜本的に見直し、経済活性化による将来の金利上昇を視野に国内債の目標値を60%から35%に下げ、内外株式は12%ずつから25%ずつに、外債は11%から15%へ引き上げた。デフレに強い国内債への偏重から、株式と債券が半分ずつで国内6割・外貨建て4割という分散型に変えた。

もう国債には戻れない

  日本証券業協会や東京証券取引所、財務省などの統計によると、GPIFの国債売却と内外株式・外債買いは昨年央にかけて終息した。その直後に生じたギリシャの債務危機や中国株の急落、人民元切り下げで市場が動揺し、7-9月期の収益率は同一基準でさかのぼれる08年度以降で最低を記録。10ー12月期は持ち直したが、今年1-3月期には再び世界的な株安と円高に見舞われた。

  GPIFは先月30日の運用委員会で、塩崎恭久厚生労働相に提出する15年度の財務諸表案を検討した。公表日は参院選後の今月29日だが、共同通信などは評価損が5兆数千億円に上り、5年ぶりの赤字になったと報じた。16年度4-6月期も、米利上げ観測の後退に伴う円高や英国の欧州連合(EU)離脱選択を背景に、期末にかけて世界的に株安が進んだ。

  ドル・円相場は英国民投票結果が判明した先月24日、1ドル=99円02銭と13年11月以来の円高値を付けた。年初来では19%程度の円高となっている。長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは6日、マイナス0.285%と過去最低を更新した。

  メリルリンチ日本証券の大﨑秀一チーフ債券ストラテジストは、GPIFの評価損について「儲けも損も大きく出る資産構成にした以上、右往左往せずに自らの方針を貫くべきだ」と指摘。足元では「国内債の収益率が最も高い皮肉な状況だが、マイナス利回りの国債には戻れない。デフレ脱却と経済活性化という国の大方針に基づけば、これが正しいと信じるしかない」と話す。

  公的年金制度の一翼を担うGPIFは、名目賃金上昇率を1.7ポイント上回る運用利回りを長期的に確保する責務を負う。賃金が2.7%上がる経済中位ケースの名目期待収益率は国内債2.3%、国内株5.9%、外債4.1%、外株6.7%。一方、価格変動を示す標準偏差は国内債4.2%、国内株25.2%、外債11.8%、外株26.8%だ。資産構成全体では12.4%と全額を国内債で運用する場合の3倍近く振れやすい半面、目標達成の可能性は高まる設計だ。

  GPIFは5月末に公表した基本ポートフォリオの検証結果で、変更の必要はないとの見解を表明。運用残高が年金財政で必要とされる積立金の水準を下回るリスクが策定時より低下したと説明した。しかし、民進党の枝野幸男幹事長は2日、評価損に関し、「多くの国民が不安、怒りを持っていると思う」と発言。資産構成を「段階的に比率を戻していくべきだ」と主張し、アベノミクスや改憲の是非に次ぐ「参院選の三つ目の大きな争点になった」との認識を示した。

ろうばい売りは最低

  アムンディ・ジャパンの浜崎優市場経済調査部長は「株安・円高になった場面で慌てて株式を売ったり、国内債の比率を上げるのは最低の投資行動だ。野党には説得力のある代案がない」と指摘。「低金利と人口減の中で公的年金の持続可能性を向上させるには、長期的な視点でリスクを取った運用をせざるを得ない。金利のない世界では代替案はない」と語る。

  日銀の黒田東彦総裁は2%の物価目標を達成するため、国債買い入れを柱とする「量的・質的金融緩和」を13年4月に導入し、翌年10月末には国債保有の増加ペースを年80兆円に拡大した。残高目標の達成に必要な購入額は今年、約120兆円に増加。1月末には金融機関の日銀当座預金の一部に0.1%のマイナス金利を適用することを決め、2月半ばから実施している。

  GPIFの国内株アクティブ運用の受託先であるインベスコ・アセット・マネジメントの佐藤秀樹社長兼CEO(最高経営責任者)は5日の記者説明会で、マイナス金利は生涯で二度と経験できないかもしれない「非常にレアな」局面だと指摘。「国債からの代替投資に対する需要が本格的に加速しており、金融機関や年金基金から受託する運用会社にとっては100年に一度のチャンスかもしれない」と述べた。

  GPIFの運用資産額は昨年末時点で139.8兆円。前身の年金資金運用基金として自主運用を始めた01年度からの累積収益額は50.2兆円で、第2次安倍晋三内閣発足後の3年間で27.9兆円増えた。年初来の2四半期で10兆円規模の評価損が出ても、まだ20兆円近くが残っている計算となる。アムンディの浜崎氏は、今はむしろ着実に安値を拾って資産構成割合を調整すべき局面だとみる。

  SMBC日興証の末沢氏は、GPIFは「資産構成が目標値から大幅に乖離(かいり)しているわけではないので、慌ててやる必要はない。あくまで長期的な視野で運用資産を増やしていく観点から国内株、外株、外債の順に押し目買いに動く」と予想。「新規資金が入ったら国内株中心に振り向け、国内債は償還分の自然減でキャッシュアウトも含めて対応していくだろう」と語った。

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