英国民投票前に「消えた」オペの謎、日銀の慣例破りに込められた意図は

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  • 「月曜日は超長期ゾーンも入れてほしかった」と松川氏
  • 英EU残留に伴う金利上昇に備えた出し惜しみとの見方も

週明け20日の午前10時10分ー。日本銀行の金融調節が確認できる時刻だ。パインブリッジ・インベストメンツの松川忠部長や三菱UFJ国際投信の小口正之チーフファンドマネジャーら債券運用責任者は、情報端末の画面上に「当然あるはず」のものがないことに気づいた。

  松川氏や小口氏が「意外感」を抱いたのも無理はない。国債買い入れオペレーション(公開市場操作)の対象は残存1年以下と5年超10年以下のみで、前週末17日に流動性供給入札があった超長期ゾーンに対応する10年を超える期間は含まれなかったからだ。財務省が国債入札を実施した翌営業日には、日銀が同じ年限を含むゾーンを対象に買い入れるのが恒例だった。

  パインブリッジの松川氏は、日銀が超長期ゾーンのオペを「今回なくす理由はないはずだ。オペに応札しようと超長期債を抱える証券会社など、予定通りに入らないと困る市場関係者は多い。月曜日は超長期ゾーンも入れてほしかった」と語る。

  日銀は長期国債を金融機関から毎月8兆-12兆円程度、8-10回に分けて購入。円滑な実施のため、当面のオペ運営方針を毎月公表している。詳細については「市場の動向などを考慮し、その都度、適切に決めている」と日銀幹部はブルームバーグに説明した。市場関係者はこれまでのオペ実績から、買い入れは毎月10回程度で、残存1年超の国債入札日や決定会合の2日目には実施しないとみている。

  日銀は長期国債買い入れオペを月10回実施している。今月は先週末までに5回。市場関係者によれば、オペは8営業日で可能だった。今週に入り2回行っており、残り4営業日で3回必要だ。日銀は一度に複数年限のオペを通知することが多いが、運営方針で「5回程度」と明記した残存10年超は月内にあと2回あると、松川氏や小口氏らはみている。

  超長期ゾーンのオペ進捗(しんちょく)が遅れ気味に映ったのはなぜか。松川氏を含む一部の市場関係者は、「異次元緩和とマイナス金利政策の狙い通りとはいえ、金利低下とイールドカーブのフラット化が行き過ぎたため、日銀が手控えている」と分析。一方、小口氏らは「英EU(欧州連合)残留が世界的な金利上昇を通じて国内市場にも不測の影響を及ぼしかけないと日銀が警戒し、金利を押さえ込む余力を残している」と読む。

  英国のEU残留・離脱を問う国民投票で、大勢が判明するのは日本時間24日の昼前後。僅差なら午後4時ごろにずれ込む見通しだ。ただ、野村証券の岸田英樹シニア債券アナリスト兼シニアエコノミストは、本来ないはずの出口調査がユーガブなどによって突如発表されれば、東京市場に伝わって「相当な反応」があり得るとみている。

  モルガン・スタンレーMUFG証券の杉崎弘一債券ストラテジストは「日銀が投票後に備えてオペの余力を蓄えているという声は聞くし、理にかなっている」と指摘。20日に残存10年超のオペがなかったことに関しては、「超長期債はボラティリティが高いので、投票結果が判明する24日に同ゾーンのオペを実施し、来週もう1回打つだけでは金利上昇を抑えきれない恐れもある」と分析。「その場合には追加のオペがあり得る」と話した。

  先週は離脱派優勢の見方が強まり、投資家のリスク回避の動きから世界的に金利が低下した。日本国債は16日に長期金利の指標となる新発10年物利回りがマイナス0.21%、新発5年物がマイナス0.305%、20年物が0.09%、30年物が0.15%、40年物が0.20%と、いずれも過去最低を記録。2年物もマイナス0.285%と4月に付けた最低に迫った。

2年債入札日にオペも

  その後は英下院議員の銃撃・死亡事件もあり、残留派が劣勢を挽回し、英世論調査では残留派と離脱派の支持が拮抗(きっこう)している。ブックメーカー(賭け屋)のオッズでは残留の確率が離脱を大きく上回る。松川氏は「英国人はバランス感覚に優れた良識ある民族」であり、残留派が勝つと予想。小口氏は「結果は慎重に見極める必要があるが、ブックメーカーのオッズは人々がお金を投じて予想した重視できる確率だ」と言う。

  モルガン・スタンレーMUFG証の杉崎氏は、日銀は長期国債買い入れオペを「財務省の入札と決定会合の2日目にはやらないのが暗黙の運用方針だが、英投票結果を受けて市場が荒れれば、2年債入札がある28日にもオペを打っても全く不思議ではない」と指摘。回数は「必要に応じて増やすことがある」し、総額も「市場動向を踏まえて弾力的に運用する」と明記してあるので「ルール破りにはならない」と言う。

  日銀は2%の物価目標を達成するため、資金供給量を積み増す「量的・質的金融緩和」を13年4月に導入した。15年12月にはオペで買い入れる平均残存期間を7-12年程度に長期化し、残高目標の達成に必要な購入額を今年、約120兆円に増やしている。

  16日の決定会合ではインフレ率の低迷に加え、円高・株安の進行にもかかわらず、追加緩和を行わなかった。黒田東彦総裁は記者会見で、英国をはじめとする海外の「主要中銀とは十分密接な連絡・連携を取り合っている」と説明。不測の事態が生じても「さまざまな方策がそろっているので十分対応できる」と述べた。

離脱なら「暗黒の金曜日」も

  イングランド銀行(英中央銀行)のカーニー総裁は投票日前後の市場流動性を高めるため、14日から臨時オペを実施。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は21日の欧州議会証言で「英投票後のあらゆる緊急事態に備えている」と述べ、22日には市中銀行に金利を支払う新型の長期オペを始めた。米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長は21日の議会証言で、英EU離脱なら著しい経済的波紋を起こし得ると懸念を示した。

  日米欧の主要中銀は民間銀行への流動性供給やポンドからの資本逃避への応戦に向けた準備を整えている。しかし、1992年にポンド売りを仕掛けてイングランド銀を打ち負かした著名投資家のジョージ・ソロス氏は21日付の英紙ガーディアンへの寄稿で、EU離脱が決まれば「ポンドの対ドル相場は少なくとも15%、場合によっては20%余り下落」し、今週末は「暗黒の金曜日」になると予想した。

  三菱UFJモルガン・スタンレー証券の稲留克俊シニア債券ストラテジストは「離脱派が勝てば、初期反応は円高・株安を背景に債券買い」とみる一方で、「多くの海外マネーがロンドンを経由して日本へ流入している」点にも注意が必要だと指摘する。

  財務省の統計によれば、海外勢は4月に日本の債券を4兆7187億円買い越した。うち、国際金融センターである英国の買越額は8兆565億円と国別で最大。取得と処分を合わせた売買金額でも48兆5697億円のうち、英国は18兆5594億円で38.2%を占める最大の取引相手国だった。特に中長期債では全体の54.9%と圧倒的な存在感を出している。

  稲留氏は、EU離脱派が勝って「ロンドンが国際金融センターの地位を失うとの見方が広がれば、中東などからのマネーがいったん本国へ引き揚げる過程で、日本を含む世界中の市場で混乱が生じ得る」と読む。英EU残留に伴う金利上昇に備えた日銀の国債買い入れオペ抑制が、離脱の場合にも役立つ可能性があると言う。ただ、これは「日本を嫌った資金逃避ではないため、あくまで一時的な現象にとどまる」とみている。  

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