ギター弾く科学者、異端が先端創薬技術生む-ペプチD株10倍物語

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世紀末を迎えた2000年のニューヨーク。大学の研究室でギターを愛する長髪の科学者は、発見した学生が重要とは思わなかった酵素に大いなる可能性を直感した。今や世界の製薬企業16社と共同研究開発を行う創薬ベンチャー、ペプチドリームの独自技術が産声を上げた瞬間だ。

  ペプチD創業者の1人で、東京大学先端科学技術研究センターの菅裕明教授(53)は故郷の岡山大学を卒業後、スイス、米国で化学、生物分野の研究生活を送り、2000年当時はニューヨーク州立バッファロー大学の助教授だった。運命の酵素に「10年以上探し続けたものだ」と感じ、改良することで天然アミノ酸と非天然の特殊アミノ酸を結合させた「特殊ペプチド」の創製研究に進もうとこの時決断する。

  多くの製薬会社は、創薬手法として天然アミノ酸から成る通常のペプチド(アミノ酸とタンパク質の中間成分)を用いた研究を行ってきたが、ペプチドは体内で効果が生じる前に分解されるなどの課題があった。その弱点を克服し得る特殊ペプチドの創製は膨大なコストと手間がかかり、実用化は困難とみられていたが、菅氏は発見酵素を改良して作り上げた「フレキシザイム」を使って特殊ペプチドを創製、従来は数日かかる工程をわずか1日、たった1本の試験管内で効率的に薬の候補となる物質を探し出す技術を開発した。

Kiichi Kubota, right, and Hiroaki Suga.

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  菅氏は、「多くの人が何とか作ろうしてきたが、成功しなかった。すごく難しく、多くの人にクレイジーだと思われていた」と振り返る。そもそも、ペプチドの研究自体も「全く違う領域を研究している中、技術開発をしていくとペプチドの方に寄っていった。だからこそ、従来の研究方法にとらわれず、新しいアイデアで技術を見つけることができた」と言う。

アンメット・メディカル・ニーズの夢

  特定領域に固執しないスタイルが他の研究者からは非常識に映ろうとも、「異端はいつか先端になる」との信念で研究に取り組み、革新的成功につなげた同氏。自身の歩みを「化学がずっとやりたかったという先生がいるが、自分はそうではない。生命起源に関心があり、せっかく入ったのでプロになろうと思った」とさらりと言ってのける姿も異端扱いされるゆえんだ。

  03年に東大准教授に就任した菅氏は、フレキシザイム技術などの特許を取得。当時は京都大学でベンチャー企業の設立を支援していた窪田規一社長とともに、06年にペプチDを設立した。社名にドリーム(夢)を含めたのは、有効な治療法が見つからない疾患への「アンメット・メディカル・ニーズに応えたい」との意志を強く持っていたためだ。窪田氏と自己資金を投入しながら、製薬会社との共同開発段階からキャッシュフローを呼び込むビジネスモデルを確立した。

  海外の大手製薬会社は競ってペプチDの技術に興味を示し、07年にアストラゼネカと創薬の共同研究開発を開始。10年はアムジェンブリストル・マイヤーズ スクイブノバルティス、12年はグラクソ・スミスクラインと契約を結ぶ。近年は第一三共帝人ファーマ旭化成ファーマなど国内製薬会社とも手を組み、共同研究開発契約を結ぶのは現在16社、技術ライセンス許諾契約はブリストルなど3社だ。

製薬会社との契約が保証書、「ミラクル」とアナリスト

  ペプチDは13年6月に東証マザーズに新規株式公開し、昨年12月からは東証1部銘柄となった。17日時点の終値は6000円で、株式分割を考慮した上場時の公開価格625円から9.6倍に上昇。時価総額はおよそ3400億円と、13年6月末時点の3.6倍に膨らんだ。年初来騰落率もプラス55%と、同期間に19%下げたTOPIXに採用される1949銘柄中、上昇率11位となっている。

  いちよし経済研究所の山崎清一アナリストは、大手製薬会社との契約が「彼らの技術の『保証書』のようになっている」と分析。創薬ベンチャーは、1つの共同研究開発契約を取ることも難しいとされ、「同じような契約形態を目指している企業はあるが、実現していない。1年に1本契約できるだけでも相当立派。それを1年に複数件やるのはミラクルだ」と評価する。

  窪田社長はブルームバーグのインタビューで、複数の製薬会社と現在交渉中であることを明らかにし、「新薬開発の75%ほどはわれわれの特殊ペプチドと関わらなければならない時代を到来させたい。将来的に時価総額4兆円も安いのではないか」と述べた。ペプチDに対する投資家の注目度も高まり、1年間で150ー200社との面接に対応する同社長は、「夢は会社を成功させると同時に、菅さんにノーベル賞を取らせること。それだけ人類に貢献できる発明」と言う。

  ペプチD株を保有する米投資会社タイヨウ・パシフィック・パートナーズの最高経営責任者(CEO)、ブライアン・ヘイウッド氏は「リスクが高いバイオテック関連株には距離を置いているが、ペプチドリームは違う。他の人々が発見できないものを発見している。彼らのビジネスにとても自信を持っている」と話した。

  菅氏は現在、ペプチDの社外取締役として企業経営の現場から離れ、東大で約50人の研究生やスタッフと本業の技術開発に集中している。「科学は常に進化。これまで開発した技術は企業の中で使うにはほぼ完璧だが、アカデミックサイドからみると不完全」と自身にさらなる試練を課す。かつてはプロのギタリストを目指した同氏の研究室の壁にはギターがつり下げられ、バンド仲間と時々自宅の音楽スタジオで演奏を楽しんでいる。大学時代と変わらぬ長髪姿で、「人生は変わらない。僕はビジネスマンではないし、この仕事が好きだ」と語った。

(文末に窪田社長の発言を追記します.)
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