突然浮上した三菱東京UFJ銀行のプライマリーディーラー(PD)資格返上への動き。国内の金融機関からも日本国債の安定消化を担う制度の離脱者が出ることは、日本銀行が異次元金融緩和の出口に向かう局面で大きな波乱が生じる序章かもしれないとの声が漏れている。

  日本版PDである国債市場特別参加者の資格を持つ金融機関は現在22社。財務省との会合で発行計画の情報を得られるなどの特権がある一方で、入札では発行予定額の4%以上の応札が義務付けられている。離脱の動きが広がれば、9割近くの国債消化が担保されていた安全装置にきしみが生じる可能性がある。

  三菱東京UFJ銀の広報担当者、高原一暢氏は8日、同行がPD資格の返上を「検討はしているが、決定した事実はない」と説明した。同じ三菱UFJフィナンシャル・グループ傘下の三菱UFJモルガン・スタンレー証券とモルガン・スタンレーMUFG証券はPD資格を維持する見通しだ。同グループの平野信行社長はマイナス金利政策への批判を隠さず、民進党の山尾志桜里政調会長は来月に参院選を控え、同政策はデメリットが大きいとして撤回を求めている。

Nobuyuki Hirano, president of Mitsubishi UFJ Financial Group Inc.
Nobuyuki Hirano, president of Mitsubishi UFJ Financial Group Inc.
Photographer: Akio Kon/Bloomberg *** Local Caption *** Nobuyuki Hirano

  メリルリンチ日本証券の大崎秀一チーフ金利ストラテジストは、PD返上の検討は「衝撃的だ。中心的な役割を果たしてきた主役が一人抜ける印象があり、単純に22分の1ではない。他のメガバンクが追随する可能性もある」と言う。日銀の巨額買い入れが続く限り、持続的な金利上昇は考えにくいが、流動性が一段と低下する恐れもあると指摘し、「後世の歴史に『三菱ショック』と記される可能性もゼロではない」と述べた。

  日銀が5月に実施した債券市場サーベイでは、マイナス金利政策の導入直後で混乱が生じた3カ月前と比べても、市場機能が「さほど改善していない」と「低下した」が合計9割超に上った。黒田東彦総裁による異次元緩和の導入から3年余り経つが、インフレ率はゼロ%前後で低迷。国債利回りは発行残高の約8割に当たる残存13年程度までマイナス圏に沈んでいる。

  PD資格の返上は英銀ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド・グループ(RBS)の証券子会社など外資系金融機関では前例があるものの、三菱東京UFJ銀が実際に行えば国内勢で初となる。財務省によると、申請制なので引き留める仕組みはなく、返上はいつでも可能。他のメガバンクに返上の可能性をブルームバーグが尋ねると、三井住友銀行の広報担当者、佐々木隆史氏は「検討していない」とし、みずほ銀行の広報担当者、小林謙氏は「決まったことは何もない」との答えが返ってきた。

  SMBC日興証券の末沢豪謙金融財政アナリストは、PDは「今や権利より義務の方が重荷になっており、他のメガバンクにとどまらず、外資系など証券会社からも返上の可能性がある」と読む。「現状は日銀トレードを通じた事実上の引き受け状態なので、1社だけでも足りるくらいだ。将来的にはPDが減ったところに異次元緩和の出口が近づき、流動性が低下した国債市場が不安定化する恐れもある」と言う。

  PD制度は国債の安定消化と市場機能の維持・向上を目的に、財務省が欧米主要国にならって2004年10月に導入した。応札額が発行予定額を下回る「札割れ」が02年に10年債入札で初めて生じたことや、長期金利の指標となる新発10年物国債利回りが1998年末から翌年2月上旬にかけて1.1%台から2.4%台まで急騰した「資金運用部ショック」が遠因だ。

  国債発行額は、金融危機とデフレに対処するための景気対策を背景に1998年度から大幅に膨らんでいた。当時の大蔵省資金運用部は買い切り方式による長期国債の買い入れを同年末に一時停止したが、市場の混乱を受けて2月に再開を余儀なくされた。日銀は同月、ゼロ金利政策を導入。3月には償還を迎える保有国債の借り換えなどについて規定した「対政府取引に関する基本要項」を取りまとめた。

マイナス金利を公然と批判

  財務省は2004年にPD会合とともに、主な生損保や運用会社などの機関投資家からなる国債投資家懇談会、学識経験者らで構成する国の債務の在り方に関する懇談会を設置し、市場との対話に努めてきた。来週13日には「在り方懇」を開き、国債管理政策などについて議論を深める予定だ。

  国債入札の参加は、PDの資格がなくても可能だ。ただ、三菱UFJ国際投信の下村英生チーフファンドマネジャーによれば、PDは応札義務があるが、利回りがマイナスの国債を転売せずに保有していると損失を被る可能性がある。

  日銀が13年4月から進めている金融機関への資金供給量を積み増す「量的・質的金融緩和」では、今年の残高目標の達成に必要な国債買い入れ額が約120兆円に膨れ上がり、政府の利付国債の今年度市中発行額122兆円とほぼ同じ規模の国債を市場から吸い上げる格好となっている。

  国内銀行は預金と貸し出しの残高差である「預貸ギャップ」が広がるなど運用難に直面している。国債の保有は4月末残高が94.7兆円と08年12月以来の低水準。異次元緩和の導入後に約43%減った。三菱東京UFJ銀の保有は3月末に約22兆円、みずほ銀行は約15兆円と、ともに3年間で半減している。三井住友銀行は約9.8兆円と63%減った。

  一方、日銀が保有する国債等の発行残高に占める割合は異次元緩和前に13%だったが、足元では32%と最大の保有主体となっている。金融機関の日銀当座預金の一部に対するマイナス0.1%の金利適用が2月半ばから始まり、同口座に多額の資金を預けている国内銀行などの運用環境はますます厳しくなっている。黒田総裁は4月の講演で、金融機関の収益圧迫に「できる限り配慮した」と述べた。三菱UFJFGの平野社長はその翌日に同政策はむしろ懸念を増幅しており、長期化すれば銀行の体力を弱らせると批判した。

  中央銀行としての独立性を明確化した新日銀法が98年4月に施行されて以降、金融政策決定会合のメンバーは、正・副総裁以外の審議委員6名のうち1名はメガバンクのグループの出身者が4代にわたって務めてきた。1月末の日銀金融政策決定会合でマイナス金利政策の導入に反対票を投じた旧住友銀行出身の石田浩二審議委員の後任人事で政府は、新生銀行執行役員の政井貴子氏を指名し、国会から同意を先月に得ており、従来の慣例が途切れることとなった。  

国債消化のニューノーマル

  SMBCフレンド証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストは、今回のPD返上検討の話は、異次元緩和を「今まで支えてきてくれた銀行勢がマイナス金利導入の余波で窮まったところで出てきた」と分析している。金融市場の主要な参加者、三菱東京UFJ銀が「資金供給増とマイナス金利の拡大は併存できないという理屈」を自身の行動に移し、現在の金融緩和策の「是非を問うた」とみる。

  日銀はマイナス金利政策を進める上で、金融機関が日銀に預ける当座預金に3層構造を設けた。1層目は従来通りに0.1%の付利を供与する基礎残高、2層目は利息ゼロ%適用のマクロ加算残高、3層目はマイナス0.1%の金利を課す政策金利残高だ。基礎残高は約210兆円で据え置き、政策金利残高は原則3カ月ごとの見直しにより10兆-30兆円程度で推移、マクロ加算残高は段階的に増えていく枠組みとなっている。

  金融機関が4月分の法定準備額を積み立てる4月16日から5月15日までの期間で、都市銀行の日銀当座預金残高は前の月の分より4兆円多い102兆円となった。マイナス金利の適用を受ける残高は前の月の分の2.1兆円からゼロ円に減った一方、ゼロ金利対象の残高は20.8兆円と6.2兆円増えた。 

  黒田総裁が異次元緩和を導入する際に掲げた2%の物価目標の達成は、3年がたった今でもめどが立たない状況だ。一方、長期金利の指標の10年物国債の利回りはマイナス金利が常態化するなど、これまで国債を安全資産とみなしていた投資の考えが否定される環境になりつつある。国債相場の変動率は4月に5.837%と運用部ショックが発生した99年12月以来の水準に上昇した。

  第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは「市場実勢に合わせた形で大量の国債を消化するのがPD制度の趣旨だが、異次元緩和下で民間の金融機関が消化しなくてもいい時代が来てしまった」とみる。三菱東京UFJ銀のような大手行が資格返上を検討するのということは「しばらく正常化の局面が来ないと思わせる」と指摘。日銀の一手買いが国債市場を支える構造が「ニューノーマルになっているのかもしれない」と語った。

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