消えた決算プレビューリポート、公平開示時代-市場に変革迫る

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公平・公正な情報開示(フェア・ディスクロージャー)を求める機運が日本でも高まり、証券会社のアナリストが決算発表前に企業を取材し、業績数値を予測する「プレビューリポート」が姿を消した。有力な手掛かり材料を失った株式市場では、既に株価の値動きなどで変化が見られ、最近はやや近視眼的きらいのあったアナリスト自身も分析スタイルの変更を迫られている。

  野村証券は前期(2016年3月期)の第3四半期決算から、企業に直近の業況などをヒアリングするプレビュー取材をやめた。国内大手の大和やSMBC日興、みずほの各証券に加え、シティグループなど一部外資系証券も現在プレビュー取材を行っていない。

  三井住友アセットマネジメントの金本直樹シニアファンドマネージャーは、プレビュー情報が少なくなったことで、前期決算の発表では「全体として実績が大きく下振れたことに驚いた。市場予想からこれだけ下振れるのは過去にない印象」と振り返る。今後はアナリストの業績予想の幅が広がり、市場が混乱する可能性がある半面、企業の重要情報に関する開示が徹底され、フェア・ディスクロージャーの流れが強まることは「本来あるべき姿」と評価した。

  証券会社のアナリストの多くはこれまで、四半期決算に合わせプレビューリポートを発行していた。日本証券業協会では、14年に一部協会員からの情報発信に関する要望を受け、アナリストの行動規範について論議を開始。さらに、証券取引等監視委員会は昨年12月、アナリストが得た法人関係情報の管理に不備があったとし、ドイツ証券に対する行政処分を金融庁に勧告したことがプレビュー取材をやめる流れを決定付けた。

株価変動率、8年ぶり高水準に

  一連の動きは、アナリストによる業績予想や株価形成に影響を与え始めている。TOPIX構成銘柄についてブルームバーグが分析したところ、1-3月期業績の実績値は2011年以来、最も大きくアナリストの予想から外れ、レンジ幅も2年ぶりの大きさとなった。また、前期決算発表後の株価変動率は4.5%と1年前の3.4%から拡大。アナリストがプレビューリポートを控え始めた昨年10-12月に続き、8年ぶりの高水準となっている。

  典型例の1つがトヨタ自動車だ。会社側へのヒアリング取材が行われていた1年前のケースでは、会社側が期初に示した16年3月期の営業利益計画は2兆8000億円と、市場予想の3兆1926億円を12%下回った。しかし、決算発表直前の3月末から少なくとも5社がプレビューリポートで記した期初計画予想は2兆8000億-2兆9000億円台と、会社計画から小幅な乖離(かいり)にとどまった。発表翌営業日のトヨタ株は1.5%高で始まり、終値は0.5%安だった。

  事前のヒアリング取材が影を潜めたことしの場合、会社側が示した17年3月期計画は1兆7000億円とアナリスト予想の2兆7232億円から38%下振れた。発表翌営業日の株価は4.5%安で始まり、終値は1.4%安と変動率は昨年より大きい。いちよしアセットマネジメントの秋野充成執行役員は、「トヨタの計画とコンセンサスにはかなりギャップがある。プレビューがあったら、コンセンサスはもう少し事前に下がってくるはず」とし、トヨタは「プレビューリポートがなくなった象徴的なパターン」とみる。トヨタは、プレビューリポート中止の流れに関するブルームバーグの取材に対しコメントを控えた。

  三井住友アセットの金本氏は、プレビューリポートがあった時のアナリストの動きについて、「計画に対し進捗(しんちょく)が良いか悪いかを確認する取材になっていた」と指摘。情報源が同じで、「2-3社みればイメージがつかめた」と言う。

  一方、調査経験の長いアナリストからは、最近は規制が強化されているほか、アナリストやメディアに数字を漏らすと投資家から抗議を受けるため、企業側も次第に口を閉ざしているとの声が聞かれる。ドイツ証の処分以降は、企業側の開示姿勢がさらに厳しくなったという。

長期分析へ回帰、機関投資家から評価も

  アナリストリポートの内容も変ぼうしつつある。企業への直接的なヒアリングではなく、公表データから予測する形式が増え、四半期決算など短期的な業績の分析にとどまらず、長期的視点から業界全体の投資判断を下すケースも増え始めた。

  大和住銀投信投資顧問・経済調査部の門司総一郎部長は、「アナリストは昔は2期、3期先の業績を予想し評価していたが、今は1期先どころか3カ月先をみている。プレビューリポートは伝書鳩のようなもので、あまり付加価値があるとは思っていない」と話す。プレビューリポートの消滅は、「長期投資の視点からみると望ましい」とみている。

  四半期決算の普及で株式市場が近視眼的に陥りやすい中、安倍政権はスチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの導入など長期投資の促進を後押ししてきた。海外マネーの取り込みも目指す観点から、企業の情報開示のあり方にもメスが入ろうとしている。金融審議会は、企業が公表前の内部情報を特定の第三者に提供する場合、他の投資者にも同時提供されることを確保するフェア・ディスクロージャー・ルールの導入検討の必要性に言及した。

  日本では、海外に比べた法律や規制の緩さがプレビューレポートの配信を可能にさせてきた面がある。米国では2000年に意図的、差別的な情報開示を禁じる「レギュレーションFD」が定められ、企業に対し重要情報の公的な同時開示を義務付けた。ただし、インディアナ大学法学部のアントニー・ペイジ教授は、差別的な情報開示を完全に根絶することは難しいと指摘する。実際、「レギュレーションFD」の導入後も企業と投資家の1対1のミーティングが行われており、その場で重要情報の交換が行われているとの研究結果もある。金融庁は、プレビューリポートをめぐるブルームバーグの取材にコメントを控えた。

THKは月次受注開示を中止

  工作機械向け直動案内機器の世界的メーカーのTHKは、毎月第5営業日にアナリストのヒアリングに応じて月次受注を開示していたが、3月分を最後に中止した。昨年に米自動車部品会社を買収、産業用機械中心のデータの重要性が薄れた上、未公開情報の取り扱いが厳しくなっている外部環境の変化も考慮した結果、とブルームバーグの取材に対し説明した。

  アナリストの行動規範について議論中の日証協が2月にまとめたガイドラインは、「アナリストは発行体に対して未公表の決算期に関わる業績や利益などに関する情報の取材などは行わないこととする」と定義した。具体的には、業績または利益の数値、セグメント・製品ごとの月次データ、業績に関する定性的コメントなどだ。

  三井住友アセットの金本氏は、プレビューリポートの減少で今後アナリストや投資家の役割が変わるとみている。アナリストにとって「足元の数字は大事だが、先はどうなるのかという独自の分析で企業のあるべき姿、想定される価値をいかに算出していくか」が重要と指摘。投資家も「より分析力、運用力が試される。細かい四半期の動きから短期的に市場に関与するのではなく、企業の経営方針や戦略など中長期で企業に貢献していく流れになる」と予想した。

  「証券会社はビジネス自体が冷え込んでいる。全体的な手数料マージンが薄くなっていく中、一番活発に売買を行っていたのは『決算プレイ』を行うヘッジファンド」と話すのは、ベイビュー・アセット・マネジメントの佐久間康郎執行役員だ。プレビュー取材で得た情報を手掛かりとした短期的売買が今後減少すれば、「手数料が入らず、証券会社は一段とアナリストに予算を割かなくなる可能性がある。調査部は縮小均衡に動くのではないか」ともみている。