為替トレーダーから福島復興へ-英銀に25年、震災受け県職員に転進

  • 「自分だけの生活」から「人の役立つこと」を-池田氏
  • 世界中から受けた支援、復興を積極的に発信したいと意欲

2011年の東日本大震災は、ある為替トレーダーの生き方も変えていた。仙台市で開かれている主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議。福島県の食品PRに出張している福島県職員、池田明幸さん(57)は、英銀スタンダードチャータードの為替トレーダーだった。

  「人生の最後かなというイメージがあった。ビルが倒れるのではないかと思った」。そのとき、池田氏は東京支店の21階にあるトレーディングルームにいた。続いて襲った巨大津波と東京電力福島第一原子力発電所の事故。

  その衝撃はあまり大きく、池田氏は2年後に25年間務めた銀行を辞め、復興の仕事に転じる決断をした。今は福島県企画調整部復興・総合計画課の主事として、福島の復興状況について多言語で世界に情報を発信している。

池田明幸さん

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  トレーダー時代はいかに収益を上げるかが優先で、「ディーリングルームでは特に自分のためだけの生活だった」と振り返る。大震災をきっかけに「対応が可能なうちに人に役に立つことをやらなきゃいけない」と思うようになり、勤続25年を節目に転進を決めた。 

  スタンダードチャータード在籍中も復興支援のボランティアで宮城県を2度訪れたが、銀行は社員が原発事故で大きな被害が出た福島県に行くことを認めなかった。池田さんはそれでは不十分だと考え、同県が募集していた仕事に応募したという。

  「福島は世界中から支援をいただいた。それに対して昔のままじゃありませんよ。おかげさまでこういった形になりましたよと積極的に発信しなければならない」と語る池田さん。復興の活動は「県民を守るためにも、県民のプライドを取り戻すためにもやっていかなければならない」と述べた。

  日本政府はG7各国の財務相や中央銀行総裁ら会議出席者に東日本大震災からの復興状況を視察してもらおうと、20日午後に被災した宮城県内の荒浜小学校や南蒲生浄化センターを訪れるプログラムも用意した。