「アベノミクス進化」か「争点つぶし」か-安倍政権、弱者にシフト

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  • 株安・円高で旧3本の矢が失速、経済リベラルで参院選臨む
  • 憲法改正は首相の悲願、国会発議には今夏の参院選結果が重要に

法人税減税や規制改革など企業活動を後押しする政策に取り組んできた安倍晋三政権が、低所得者層や若者、子育て中の現役世代に配慮した政策へ手を広げている。もともとは最大野党・民進党(旧民主党)が重視してきた分野で、民進党幹部は、あえて政権側から打ち出すことで参院選の争点をつぶす狙いがあると警戒する。

  安倍政権は5月中に「ニッポン1億総活躍プラン」をまとめる。非正規労働者の給料アップにつながる同一労働同一賃金のほか、奨学金の拡充や保育士の処遇改善などを盛り込む見通しだ。自民党1億総活躍推進本部は4月、「アベノミクスの成果も生かし、子育てや社会保障の基盤を強化し、それがさらに経済を強くする『成長と分配の好循環』を現実のものとしなければならない」と明記した提言を安倍首相に手渡した。

  昨年10月まで内閣府副大臣としてアベノミクスの政策立案に関わった同本部の西村康稔事務総長は「弱い立場にある人たちは老若男女問わずしっかりと目配りしていくということが1億総活躍だ」と指摘。今回打ち出す政策は「アベノミクスの進化」であり、「弱い人にもちゃんと目配りして成長と分配の再循環をしていく」と語った。

  三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士主任研究員は、安倍政権が1億総活躍の掛け声の下で分配重視の政策を展開し始めたことについて、「野党がやりたいと思っていたことを先取りしていくわけだから、結果として安倍政権の支持率を高めることになる」と分析。旧来のアベノミクスは「トーンダウンしている」と指摘した上で、「1億総活躍社会」については「ビジョンは先行しているが、具体的な政策の選択肢が出てきていない」との見方を示した。

  NHKが5月に実施、公表した世論調査によると、内閣支持率は45%。政党支持率は自民党が37%、民進党が8.2%、共産党が4.1%、公明党が3.7%だった。参院選挙で投票する際に最も重視したいと考えることとして、景気対策を選んだのは23%、消費税と社会保障はそれぞれ21%、憲法改正は13%だった。

野党

  安倍首相は2015年9月、自民党総裁として再選を果たした後の記者会見で、「1億総活躍社会」を目指すと表明。経済成長に加え、子育て支援や社会保障の充実を掲げ、15年度補正予算には低年金の高齢者などに1人3万円を配る臨時給付金を盛り込んだ。

  16年3月の記者会見では、経済成長によって増加した所得や税収などの「アベノミクスの果実」を生かし、「一億総活躍の時代を切り開くための力強いスタートを切る」と宣言。「成長と分配の好循環をつくり出していく必要がある。そのために全力を尽くさなければいけない」と話した。

  民進党の岡田克也代表は11日、都内の会見で1億総活躍社会について「われわれの考え方に安倍政権が近づいてきた」と指摘。長妻昭代表代行も10日の取材に、「参院選の争点つぶしだ」との見方を示した上で、「憲法改正だけだときな臭いから、1億総活躍というものが突如出てきた。ソフト路線もないと選挙に負けるということだ」と分析した。

  岡田氏は15年2月、衆院本会議での民主党代表としての代表質問で、「安倍政権の経済政策の最大の問題は、成長の果実をいかに分配するかという視点がまったく欠落していること」と指摘し、格差縮小につながる「新しい経済政策を民主党が打ち出していく」と宣言した。安倍首相は、世論調査では「格差が許容できないほど拡大しているという意識変化は確認されていない」と述べた上で、「頑張れば報われるという社会の実現に向け尽力していく」と応じていた。

アベノミクス  

  民主党政権時代に8000円台まで落ち込んだ日経平均株価は、安倍政権下で15年4月22日には終値で15年ぶりに2万円台を回復、1ドル=75円台まで円高が進んだ為替相場も一時125円台をつけた。しかし、15年8月に日経平均株価は2万円を割り込み、円相場も116円台前半に上昇。当時の甘利明経済再生担当相は「中国発の世界同時株安」が発生しているとの見方を示した。

  安倍首相が「1億総活躍」を掲げた15年9月は、大胆な金融緩和などの「3本の矢」を掲げ、株高・円安によって求心力を保ってきたアベノミクスに陰りが見え始めていた時期だったが、16年に入ると株安・円高はさらに進行。日経平均株価は2月12日に終値で1万5000円を割り込み、ドル円相場も5月の大型連休中に一時105円台をつけた。日経平均株価は午前終値で1万6466円64銭、ドル・円相場は同日午後零時現在、1ドル=108円75銭前後を推移している。

  日本銀行は1月の金融政策決定会合でマイナス金利の導入にも踏み込んだが、4月には2%の物価安定目標を達成する時期について「17年度中」と4回目となる先送りを決めた。13年4月の異次元緩和開始当初は「15年度を中心とする期間」だった。

  共同通信が4月末に実施、公表した世論調査では、「アベノミクス」により、日本社会で貧富の格差が拡大しているかとの質問に、「広がっていると思う」と答えた人が57%で、「広がっているとは思わない」の34.6%を上回った。安倍首相の下での憲法改正に「賛成」は33.4%で、「反対」は56.5%だった。

憲法改正

  片岡氏は、「安倍さんの頭の中では、経済は政権を維持するため、そして憲法改正など自らの保守的な政策を通していくための必要条件という認識だ」と分析。「デフレ脱却のためには何をすればいいのかと。そこで手段を選んでいないように見える」と語った。

  安倍首相にとって祖父でもある岸信介元首相が成し遂げられなかった憲法改正を自らの政権で実現することは悲願の1つ。憲法改正の国会発議には衆参両院で3分の2以上の賛成が必要だが、参院は現在、与党で3分の2の議席を確保できていない。18年9月に自民党総裁として任期満了となる安倍首相にとって今夏の参院選は憲法改正の実現を左右する重要な選挙だ。

  3月14日の参院予算委員会で安倍首相は、憲法改正について、「必要な改正は行うべきもの」と考えていることを明言。自民党は立党以来、憲法改正を党是として主張してきたと述べ、「今後とも、同様、公約に掲げて訴えていく」と話した。実現のためには、野党を含めた多くの党、会派の支持と「国民的な議論の深まり、広がり」が必要との見方も示した。