「たこひも」押せぬ黒田マネー、史上最強の緩和スキームでも風吹かず

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  • 信用乗数は過去最低、黒田緩和前の半分未満に
  • 銀行の預貸ギャップは207.6兆円と過去最大に迫る

風がないときに無理矢理ひもを操ってもたこは揚がらない-。日本銀行の黒田東彦総裁が異次元緩和にマイナス金利政策を追加しても企業や家計の借り入れ意欲は高まらず、市場では「たこひも理論」通りとの声も出ている。

  日銀が供給した通貨量を示すマネタリーベースで、金融機関から企業や家計など経済全体に流れた通貨の残高であるマネーストックを割った「信用乗数」は、3月に3.35と同一基準でさかのぼれる2003年以降で最低を記録した。マネタリーベースは黒田緩和前の約2.7倍に膨らんだが、その効果は国債利回りの低下で顕著に表れているだけだ。銀行が抱える預金と貸出残高の格差は過去最大に近づいている。

  メリルリンチ日本証券の大崎秀一チーフ金利ストラテジストは信用乗数の低下に歯止めがかからないのは、異次元緩和やマイナス金利で市場金利は低下しても「企業や家計の資金需要が乏しく、金融機関の貸し出しが増えない状況は変わらないからだ」と説明。「たこひも・たこ糸」理論の通りで、「高成長時は利上げで引き締めはできるが、低成長の時代に金利を下げても需要を強制的に押し上げるのは難しい」と言う。

  黒田総裁は13日の講演で、日本経済のデフレ脱却に必要な政策課題の筆頭に潜在成長率の押し上げを挙げた。異次元緩和とマイナス金利の組み合わせは「近代の中央銀行の歴史上、最強の金融緩和スキーム」と述べる一方、必要ならちゅうちょなく追加緩和すると語った。日銀はこの日開く金融政策決定会合で、当面の政策方針を決める。ブルームバーグのエコノミスト調査では、41人中23人が今回の追加緩和を予想している。

  信用乗数はデフレ脱却を経済の最優先課題とする第2次安倍晋三内閣が発足した12年12月から3年4カ月連続で低下。マネタリーベースは内閣発足前から先月までに約3倍の371.7兆円に膨らんだが、マネーストックは1245.2兆円と3年半近くで10.2%増にとどまる。安倍首相は当初掲げた「3本の矢」で、大胆な金融緩和と機動的な財政政策とともに、民間投資を促す成長戦略を挙げていた。

  銀行の預金残高は3月に640.9兆円と最高を記録。内閣発足前から12.7%も増えた。貸出残高は433.3兆円で9%の伸びにとどまる。両者の差である「預貸ギャップ」は207.6兆円。昨年5月に過去最大の209.9兆円に達した後も、ほぼ同水準で高止まっている。預貸ギャップは安倍内閣下で36.6兆円も拡大。貸し出しを預金で割った「預貸率」は0.6761と昨年5月に付けた過去最低の0.6685に迫っている。

  銀行貸出の伸びはマイナス金利導入後に2カ月連続で鈍化。3月は前年比2%と黒田緩和が始まる直前に当たる13年3月以来の低水準となった。家計は銀行預金だけでなく、自宅などで現金を保有する「タンス預金」を増やしているもようだ。額面金額が最も大きい1万円札の流通高は昨年の増加率が6.2%と02年以来の高水準を記録。金融機関への預金からの利息がほとんど得られない中、金庫の売れ行きは好調だと言う。

  ドイツ証券の山下周チーフ金利ストラテジストは「どの金融機関も借入需要があれば金利を下げてでも貸したい状況だ」と指摘。貸し出しの伸び悩みは「もっと根本的に、企業が新規の借り入れでバランスシートを膨らませて設備投資などをする場合の期待収益率が低すぎるからだ」とみる。日銀が金融機関向けの貸出支援オペにマイナス金利を導入したとしても、「金利水準がネックではないので効果は上がらない」と読む。

副作用懸念の大合唱

  日銀の統計によると、金融機関を除く民間企業が保有する現預金は昨年末に前年比7.9%増の246兆円と過去最高を記録。名目国内総生産(GDP)の半分近い規模に膨らみ、企業間・貿易信用の225兆円を上回った。民間金融機関からの借り入れは266兆円で0.6%しか増えなかった。家計の現預金は902兆円と金融資産1741兆円の5割強を占め、民間金融機関からの借り入れは270兆円にとどまった。

  日銀の企業短期経済観測調査(短観、3月調査)によれば、今年度の全規模・全産業の設備投資額(ソフトウエアを含み、土地を除く)は0.9%減る見通しだ。一方、住宅金融支援機構の固定金利型住宅ローンは返済期間35年以下の「フラット35」で4月の下限金利が1.19%と、4カ月連続で低下、先月から2カ月続けて過去最低を更新した。

  日銀は2%の物価目標を達成するため、資金供給量を積み増す「量的・質的金融緩和」を13年4月に導入。翌年10月末の追加緩和では国債保有増を年80兆円に拡大し、昨年12月には買い入れ対象の平均残存期間を7-12年程度に長期化した。1月末には金融機関が日銀に預ける当座預金の一部に0.1%のマイナス金利適用を決めたが、金融市場の関係者から副作用を懸念する声が相次いだ。

  黒田総裁は13日の講演で、日銀は「金融機関の収益を過度に圧迫して金融政策の波及メカニズムを弱めることがないよう、できる限り配慮した」と述べ、「適用に伴う直接的な影響は最小限に抑えた上で、十分な効果を得られる」と語った。一方、三菱UFJフィナンシャル・グループの平野信行社長は14日の講演で、マイナス金利政策はむしろ懸念を増幅していると指摘し、長期化すれば銀行の体力を弱らせると発言した。

  複数の関係者によれば、日銀は今後マイナス金利を拡大する場合、貸出支援基金による金融機関への貸出金利も現在のゼロ%からマイナス圏に引き下げる可能性がある。市場金利のさらなる引き下げを通じた経済全体の押し上げが狙いだという。同基金の残高は24.4兆円。他に成長基盤強化を支援する資金供給が5.6兆円、被災地金融機関を支援する資金供給が4212億円ある。

国債市場はバブルに近いとの声

  従来は最も安全に利回りを確保できる金融商品とされた国債の投資環境が量的・質的緩和にマイナス金利が加わったのを受け、一段と悪化している。発行残高の約7割に当たる残存13年程度までの利回りがゼロ%を下回っている。先週は長期金利の指標となる新発10年物国債利回りがマイナス0.135%、5年債がマイナス0.265%と、ともに過去最低に並んだ。利回りがプラス圏にある20年債、30年債、40年債も最低更新し、0.3%台で推移している。

  ドイツ証の山下氏は「預金など金融機関の円建て負債が増えると、円の世界で何らかの運用をしなくてはならない。国債はそれなりの収益率を生む利回り水準なら、着実に需要はある」と指摘。預貸ギャップを埋める手段としては「償還分は超長期債を多少でも買って20年債で0.3%程度の金利収入を確保する以外は、当座預金に積むしかない。まさに行き場がない状況だ」と説明する。

  国内銀行の国債保有額は2月に100.2兆円。異次元緩和による利回り低下と日銀オペ向けの売却を背景に、過去最高だった12年3月の171兆円から4割減った。一方、TOPIXは昨年8月に付けた約8年ぶり高値から一時3割近く下落。円は対ドルで今月11日に14年10月下旬以来の水準まで上昇した。

  総務省の全国消費者物価指数(生鮮食品を除いたコアCPI)は3月に前年比0.3%低下と、量的・質的緩和が始まった13年4月に記録した0.4%低下以来のマイナス幅となっている。ブルームバーグが15-21日に実施したエコノミスト調査では41人中40人が年内の追加緩和を見込み、17年度前半ごろまでに2%の物価目標を達成できるとの回答は皆無だった。日銀はこの日の金融政策決定会合で物価上昇率が目標の2%程度に達する時期を「2017年度中」として、従来の「17年度前半ごろ」から先延ばしした。

  メリルリンチ日本証の大崎氏は「日銀の巨額買い入れで国債市場はバブルに近い状況だが、企業の将来的な成長期待は低く、家計は生活水準は十分に高いが将来不安が強い」と指摘。「お金はじゃぶじゃぶだが、有望な使い道がないので需要がない。仮にヘリコプターマネーを実施しても、貯金されて終わりではないか」と語った。

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