山本構想があぶり出す黒田緩和のゆがみ、20兆円増発なら「干天の慈雨」

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  • 自民・山本氏が景気・熊本地震対策で20兆円の国債発行を提唱
  • マイナス金利下で超長期債利回りの最低更新が相次ぐ

景気低迷や熊本地震の発生を受けて大規模な国債増発案が浮上している。日本銀行によるマイナス金利政策の下で投資家の利回り確保競争が過熱する国債市場では安堵の声も出ている。

  自民党の山本幸三衆院議員は21日、自らが会長を務める「アベノミクスを成功させる会」の会合で、熊本地震からの復旧・復興や経済対策の財源は20兆円の国債発行で賄うべきだとの考えを表明。需給悪化要因にもかかわず、財政懸念の影響を受けやすい超長期債の30年物利回りは過去最低を更新した。異次元緩和による巨額の国債購入は4年目に入り、発行残高に占める日銀の保有割合は約3分の1に達している。

  UBS証券の井川雄亮デスクアナリストは、増発規模の最終的な着地点を現時点で予想するのは難しいが、政府が抱える余剰資金も考慮すると「大型補正予算を打つとしても、非常にタイトな国債市場の需給はそれほど緩まない可能性が高い」と読む。財政健全化の重要性は揺るがないが、目先の国債増発は「干天の慈雨だ。市場関係者の心情としては、少しは助かると考えてしまうのではないか」と言う。

  日銀は2%の物価目標の達成に向けて、今年は120兆円規模の国債を買い入れる。1月末にはマイナス金利政策の導入も決定した。残存13年程度までの国債利回りがマイナス圏に沈み、プラス圏にある超長期債も過去最低更新が相次ぎ、最長の40年債は今週0.3%を割り込んだ。政府の市中発行額は今年度147兆円と昨年度当初予算より5.6兆円少ない。公的債務残高は経済規模の2倍超と主要国で最も多いが、国債市場の需給は過去に例がないほど逼迫(ひっぱく)している。

  長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは今週、マイナス0.135%と過去最低に並んだ。2年債はマイナス0.27%と最低記録を塗り替え、5年債はマイナス0.245%と2月に付けた最低に接近。新発20年利回りが0.245%、40年債利回りが0.27%と、ともに最低を更新した。

  山本氏は会合で、復興に必要な財源はまだ不明だが2011年3月に発生した東日本大震災の半分とみて10兆円、国内総生産(GDP)ギャップを埋める経済対策に10兆円の計20兆円あれば十分ではないかと発言。6月1日に会期末を迎える今通常国会での法整備を求め、来月20日ごろに予定している安倍晋三首相への提言に盛り込みたい考えも示した。

  20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が金融緩和効果の限界を指摘し、各国の実情に応じた財政出動を唱える中、市場では政府が10兆円規模の経済対策を講じるとの観測が熊本地震の前から広がっていた。山本氏は13日に国費10兆円を投入する財政拡大策を主張。来年4月の消費増税も再延期が当然だと述べていた。14年11月には安倍首相に増税延期を提言。直後に実現した経緯がある。

  岡三証券の鈴木誠債券シニアストラテジストは、市場では日銀が28日に追加緩和するとの観測もさることながら、「現在の巨額買い入れだけでも国債の需給を逼迫させ、超長期債の利回りがどんどん低下している」と指摘。増発がどの程度実現されるか不透明だが「10兆円程度なら市場で十分に吸収される。仮に20兆円全てとなれば一定の影響は出るだろう」と読む。

  山本氏の構想が明らかになった直後に財務省が実施した20年債入札では落札利回りが平均・最高とも過去最低を更新した。投資家からの需要を示す応札倍率は昨年11月以来の水準に上昇し、小さければ好調とされるテール(平均・最低落札価格の差)は前回から縮小した。

対策10兆円なら市中増なし

  UBS証の井川氏は、今年度補正予算を編成するのが今夏以降なら、政府は「4兆-5兆円程度の余剰資金を財源に充てられ、約40兆円も積み上がった前倒債の一部を有効活用しようと考えるだろう」と分析。国債増発が「10兆円程度なら余剰資金と前倒債の取り崩しで賄えるので、市中発行額は増えない可能性が高い。仮に20兆円規模になれば、前倒債の急減は避け、市中発行増も組み合わせてくる」と読む。

  前倒債は翌年度に発行する国債の一部を今年度に先取りすることで、供給額の振れをならして安定的な発行を支える仕組みだ。入札での需給逼迫を背景に、14年度に発行した昨年度分は28兆8341億円と直近10年間で最高。当初計画では上限が32兆円だったが、補正予算で44兆円に引き上げられ、今年度予算案では48兆円となった。税収の上振れ分も補正予算などで使われるまでは前倒債に算入される。

  政府関係者はブルームバーグに対し、山本氏の提言について、まだ熊本地震が収束しておらず、被害総額も明確ではない中で、財源を議論するのは時期尚早だと述べた。

  パインブリッジ・インベストメンツ債券運用部の松川忠部長は、山本氏は「政策を決める立場ではない。今の段階で織り込むには具体性が欠ける。時期尚早だ」と指摘。景気テコ入れを重視する姿勢の表れだろうが、使途が明確でないと市場への説得力がないと言う。東日本大震災を振り返っても「一定の時間を経ないと、何にいくら必要だという計算はできない」とみる。

ツケが増えるだけの恐れ

  日銀の黒田東彦総裁は「量的・質的金融緩和」を13年4月に導入。翌年10月末の追加緩和で国債保有増を年80兆円に拡大し、昨年12月には金融機関からオペで買い入れる平均残存期間を7-12年程度に長期化した。2月中旬からは金融機関の当座預金の一部に0.1%のマイナス金利を適用。金利の押し下げには成功しているが、肝心のインフレ率はゼロ%程度と低迷している。

  岡三証の鈴木氏は、投資家がわずかな金利収入を得るために躍起になるのは「日銀が十分に時間稼ぎをしてきたにもかかわらず、日本経済の長期的な成長期待が高まらない」からだとみる。財政出動で「何十兆円かのカンフル剤を打つだけだと、株価の持続的な上昇も難しいし、公的債務というツケが増えるだけに終わる恐れがある」と指摘。成長力を高める「構造改革に真剣に取り組むことが不可避だ」と語った。

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