「日銀は動かざる得ない」と三菱モルガン石井氏、円高でシナリオ修正

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  • マイナス金利の拡大は困難、ETF増額が中心になると予想
  • 国債の「爆買いを増やせば、限界への到達を早めるだけだ」

先週の金融市場は急速な円高と株安に見舞われた。機関投資家から高い評価を受け続けている債券アナリストは、日本銀行の黒田東彦総裁が指数連動型上場投資信託(ETF)の増額など質的緩和の強化を迫られるとみている。
  
  三菱UFJモルガン・スタンレー証券の石井純チーフ債券ストラテジストは8日のインタビューで、日銀が重視する「物価の基調が円高・株安の影響で下振れるリスクが高まってきた。デフレ心理の再燃を防ぐため、日銀はちゅうちょなく動かざるを得ない」と話した。先週は、円の対ドル相場が4円を超える上昇、日経平均株価が4.3%下げる場面があった。

  安倍晋三内閣が目指すデフレからの完全な脱却と日銀が掲げる2%の物価目標は、大胆な金融緩和がもたらした円安が目標実現に向けての大きな支えだった。ここに来て、世界経済の減速懸念や金融市場の混乱、歴史的な原油安を受けて、企業や家計の景況感と物価見通しは悪化の兆しが出ている。

  円は今年に入って全ての主要通貨に対して上昇している。対ドルでは7日に1ドル=107円67銭と、日銀の追加緩和直前に当たる14年10月下旬以来の高値を付けた。長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは先月18日にマイナス0.135%と最低を更新。金融政策の影響を受けやすい新発2年物国債利回りは8日にマイナス0.245%と、2月9日に付けた過去最低まで0.5ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)に迫った。

  石井氏は今月末の金融政策決定会合で追加緩和が決まる場合は、「ETF増額を中心とする質的緩和の増強だろう」と読む。1月末に打ち出したマイナス金利政策は「国民的な批判が強く、理解を得られていない」ため、拡大が難しいと言い、国債の「爆買いを増やせば、限界への到達を早めるだけだ」と語った。

  黒田総裁は5日の衆院財務金融委員会で、日本経済は「不況に突入しようとしているわけではない」としながらも、必要と判断すれば「ちゅうちょなく3次元で追加緩和措置を講じる」と発言した。具体的な手段として特にマイナス金利に主眼が置かれているわけではなく、組み合わせは経済・市場動向に合わせて決めると述べた。

  日経ヴェリタス誌の人気アナリスト調査・債券部門で3年連続首位の石井氏は、黒田バズーカと呼ばれた日銀による異次元緩和の導入1カ月前に「異次元の大胆緩和策、長期国債の大規模・無制限購入を実施すれば、債券需給はかつてない逼迫(ひっぱく)状態に陥る可能性がある」と分析していた。導入の発表があった当日には、国債市場は「相当の品薄状態になる可能性がある」と指摘した。

  追加緩和の約2カ月前には、教科書的には債券投資は見送るのが正解となる低利回りだが、投資家は「国債を持たざるリスクに苦悩せざるを得ない」と語っていた。また、金融機関が日銀に預ける際に受け取っていた金利(付利)の一部引き下げが打ち出される直前にブルームバーグが42社を対象に実施したエコノミスト調査では、付利引き下げを予想したのは三菱モルガン証を含む3社だけだった。

あと3年はマイナス圏

  石井氏は、国債利回りは少なくとも今後3年間はほぼ全く上がらないと読む。日銀が巨額買い入れからの「事実上のテーパリング」を始める17年度後半でも若干上振れする程度で、10年債利回りは18年度末までマイナス0.15%からプラス0.10%がコアレンジになると予想。19年度以降も上がりにくい状態が続くとみる。

  日銀は14年10月末の追加緩和で国債保有を年80兆円のペースで増やすことにしている。今年買い入れる国債は約120兆円と、保有国債の償還がさらに増えることにより、前年を10兆円上回る見込みだ。一方、政府の機関投資家向け利付国債の発行計画では、今年度の供給額は122兆円程度となっており、国債市場の需給が逼迫(ひっぱく)している。

  石井氏は「こんな爆買いが続くはずがない」と指摘。「金融機関は永続的に運用収益を上げていかなくてはならない。虎の子の国債をマイナス利回りで売ると大きな利益が出る」が、次の投資先が見つからないと言う。しかも「売却代金を当座預金に積むと、マイナス金利の適用対象になりかねない。運用上も経営上もあってはならないことだ」と説明する。

  日銀による異次元緩和は先週、4年目に入った。日銀が保有する国債の額は発行残高の約3分の1を占めるに至っている。しかし、国債を大量に購入する目的としているインフレ率はほぼ横ばいで、2%の物価目標から遠いままだ。石井氏は日銀の保有割合が今年度末に39%、17年度末には45%に達すると推計。日銀がオペで募集予定額を確保できない「札割れが今年度後半に起きても不思議ではない」と読む。

  石井氏は「爆買いの持続性を測る指標」としてメガバンクの国債保有額を挙げる。金融取引の担保などに30兆-40兆円は必要だが、今年度後半にはこの水準まで減ると試算。財務省の入札で仕入れて日銀に転売する日銀トレードを除くと、メガバンクの残高削減による売却余力は払底すると読む。生命保険会社などは国債を手放す動機に乏しく、爆買いは「事実上の限界がひたひたと近づいている」と言う。

  都市銀行は12年3月に国債を過去最高の112.7兆円保有。異次元緩和の導入直前に当たる13年3月は108兆円。16年2月は53.1兆円と約3年で54.9兆円減らし、08年末以来の低水準となった。

「2次元緩和」へ撤退

  石井氏は、日銀は構造的な売り手不足に直面し、来年中に購入額を持続可能な水準まで「テーパリングせざるを得なくなる」と言い、「爆買いからのフェードアウト」に向かうとみている。買い入れ額を月8兆-12兆円程度という「コミットメントの範囲内で減らしていく」とし、「マネタリーベースの年80兆円増は達成できなくなる」と予想する。3次元緩和のうち、「量」の追求はあきらめて「質」と「金利」の「2次元緩和へ移行する」と読む。

  日銀は1月末、金融機関が日銀に預ける当座預金の一部にマイナス0.1%の金利を適用することを決定。イールドカーブの起点を押し下げ、巨額の国債購入とともに、金利全般により強い下押し圧力を加えるとした。ブルームバーグのエコノミスト調査では40人中37人が年内の追加緩和を予想。具体的な手段ではマイナス金利の拡大が35人中28人で最も多く、ETF増額は20人。国債増額は13人にとどまった。

  石井氏は「量的緩和の社会実験は効果がなかった」と指摘し、黒田総裁の任期中に抜本的な変更は難しいと話した。「ポスト黒田の新体制がマネタリーベースの増加目標や国債の爆買いを取り下げ、買い入れペースの鈍化を正式に打ち出す」と予想。それでも、10年債利回りは「神経質に上振れする場面はあっても、0.1%程度までではないか。プラス圏に少しでも浮上すると、すかさず押し目買いが入る」とみている。

  年間延べ四百数十回、1営業日当たり2件弱のペースで顧客訪問をこなす石井氏は、札割れ発生時の国債利回りに関する投資家の見方が変わってきたと指摘。以前は「日銀の買い入れが減るので金利は上がる」との意見が多かったが、1年ほど前から「札割れは著しい需給逼迫の表れなので、発生した途端に金利はむしろ下がる」との解釈が増えていると言う。

  石井氏によれば、金利の方向性を決めるのは中央銀行による購入額の限界的な増減だという「フロービュー」から、買い入れ残高が示す資金供給量の規模だとする「ストックビュー」への変化は、米国の前例が影響している。米連邦準備制度理事会(FRB)がテーパリング後も約4.5兆ドルのバランスシートを維持する中、米国債利回りは利上げ開始後も10年物で1.7%強と低位で推移している。

  中銀が量的緩和で供給した資金を市場に放置すれば、株高・債券高などの流動性相場が長期化する、と石井氏は指摘する。日銀も国債買い入れを「やむなくテーパリングしても、償還分の再投資も含め、すでに供給した莫大な資金は回収しないだろう」と分析。「事実上の量的緩和状態が続くので、売りが出てもすかさず押し目買いが入る。金利は上がりにくい環境が続く」と語った。

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