安倍官邸に「負けたふり」か-「官庁の中の官庁」財務省の試練

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  • 消費増税でも借金減らず、与党からは追加歳出求める声
  • 政治家には寿命の指摘、次世代にらむ動きも

  歴代内閣の財政政策に強い影響力を駆使してきた財務省が、高い支持率を誇る安倍晋三政権の下で新たな現実に直面している。

  安倍政権発足から3年がたち、政府の政策決定過程で財務省の関与がより薄まり、官邸が力を発揮する傾向が鮮明になっている。財政健全化の柱である消費税の在り方をめぐっても、安倍官邸は自ら選んだ参謀や海外のノーベル賞学者の意見に耳を傾け、消費増税の再延期も取り沙汰されるなど、逆風は強まるばかりだ。

  安倍首相が財務省の猛反発を押し切って10%への消費増税の延期を決断してから1年半。5月の伊勢志摩サミットに向けて3月開催した「国際金融経済分析会合」で、ノーベル経済学者のポール・クルーグマン氏やジョセフ・スティグリッツ氏は、世界経済の悪化を理由に来年4月の消費税率引き上げに否定的な見解を示した。

  「財務省は官庁の中の官庁だ」。1979年以来、日本の市場や政策決定の研究を続ける海通国際リサーチのスティーブン・チャーチ氏は、「官僚組織は物事を動かそうとするが、政治のリーダーが『ノー』というのは聞いたことがない」と指摘する。

   消費増税で税収は増加傾向にあり、財務省は所得税や相続税の見直しにも取り組んできたが、財政再建は進んでいない。少子高齢化に伴う社会保障関係費は増大する一方で、補正予算を伴う経済対策も積み重ねている。安倍政権の命題はデフレ脱却。日銀の量的・質的金融緩和は円安・株高をもたらしたが、2%の物価目標の達成は遠く、日銀はマイナス金利という未踏の政策に踏み込んだ。与党からは、16年度補正予算の編成を念頭にした経済対策や消費増税の延期を求める声が上がっており、同省には手詰まり感が漂う。

  自民党の二階俊博総務会長は3月22日、積極的な景気刺激策を断行するよう求める提言を安倍首相に提出。日銀のマイナス金利政策で実質的に「ゼロ金利」の状況を活用し、国債を追加発行して政府が掲げる1億総活躍社会の実現や地方創生、国土強靱(きょうじん)化に向けた施策を急ぐよう求めた。安倍首相は16年度予算成立後の記者会見で、経済対策や補正予算には触れなかったものの、予算の前倒し執行を表明した。

  

復権は誤算

  予算編成や税制改正を通して日本の政策全体に関わり、時の政権にも強い影響力を行使してきた財務省には、国家公務員試験を優秀な成績で合格した人材が集まる。第一次安倍政権で内閣参事官を務めた同省出身の高橋洋一嘉悦大学教授によると、同省では課長以上の幹部のほとんどは政治家への根回し要員で、実際にはそれより下の職員が処理をしているという。

  財務省が特に強い権限を持っていたのが民主党の野田佳彦前政権時だ。財務相当時からつながりの深かった野田首相を支え、消費税率の2段階引き上げを盛り込んだ社会保障と税の一体改革の3党合意が実現した。

  しかし、同政権はその後の衆院選で惨敗。引き継いだ政権に安倍首相が戻って来たのは同省にとって誤算だった。高橋氏は、安倍首相が07年に退陣し12年に再起を遂げるまで同省は根回しを怠っていたと明かす。財務官僚を含め多くの人間が手のひらを返すような態度を取ったと振り返り、「安倍さんは差別しない。でもよく覚えていると思う」と語った。

  安倍首相は、浜田宏一米エール大名誉教授や同省OBの本田悦朗氏(現スイス大使)ら内閣府参与を参謀とし、従来、政権の頭脳として君臨してきた財務省を遠ざけた。浜田氏らは消費増税について慎重な姿勢を示し、財政出動の必要性を重ねて強調。16年度補正予算の編成をいち早く提唱したのは本田氏だ。

  第2次政権発足直後、その後の官邸と財務省の関係を象徴する出来事があった。当時、政府が100%株式を保有していた日本郵政の社長人事だ。政府は13年5月、旧大蔵省(現財務省)出身の坂篤郎前社長を元東芝社長の西室泰三氏に入れ替える人事を決めた。12年12月に就任したばかりの坂氏の異例の交代劇の背景には菅義偉官房長官の反発があった。

寿命

  上智大学の中野晃一教授は「官邸はこれまで例がないくらい強い」と指摘。安倍政権は非主流派の財務省OBを抜てきすることで同省を分断し、政権への反撃の矛先を弱めていると分析。同省は「うまく封じ込められている」とみる。
  
  3党合意の立役者の1人でもあった藤井裕久元財務相は、ブルームバーグのインタビューで、世論から高い支持を得ている安倍首相が「経済成長主義者で、財政健全化主義者ではない。財務省の影響力は小さくなっている」と断言し、財務省は「世論にもしっかり説明する必要がある」と語った。財務省の影響力低下に関する見方について同省関係者はコメントしていない。
 
  官邸が霞が関に対して強大な権力を持つ理由の1つに官僚人事の掌握がある。安倍政権は14年5月、内閣人事局を発足させ、審議官級以上の幹部約600人の人事に官邸が関わる制度を作った。現財務事務次官の田中一穂氏は第一次政権で首相秘書官を務めた。1979年度入省組の中で3人目で、事務次官は1期1人を通例としてきた同省では異例の人事だ。

  財務省は早くもポスト安倍を視野に入れた動きもみせている。その1人が自民党の稲田朋美政調会長だ。「財政再建に関する特命委員会」の委員長も務める稲田氏は女性初の首相候補として話題に上る。昨年の骨太の方針の策定時には歳出キャップの明記を主張し、甘利明前経済再生相と対立。稲田氏の元には同省関係者が足しげく通っていた。

 「財務省は負けたふりがうまい」と話すのは、著書に「財務省の近現代史」がある憲政史研究者の倉山満氏だ。10%への消費増税は選挙を経ずに決めたのに、増税延期には信を問わなければいけない現状を「民主主義に対する官僚支配の構図」だと分析。「衆参同日選挙で消費増税の延期」という発想自体が財務省の「わな」だと指摘する。

  財務省はこのまま力を失っていくのか、それとも負けたふりをしているのか。高橋氏はこう語る。「政治家には寿命があるが、財務省の寿命は無限大だ」。

(第11段落に背景を追加して更新します.)
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