シャーペンから液晶まで、シャープ104年の歴史-鴻海と最終交渉

シャープの台湾の鴻海精密工業への身売り交渉が最終局面に差しかかってきた。交渉が成立すれば、104年にわたる独立経営の歴史に終止符が打たれる。社名の由来となったシャープペンシルから家電、液晶と製品ラインアップを広げてきたが、その歴史は日本の電機産業の盛衰と重なる。

【シャープ創業から身売りまでの主な動き】

1912年:早川徳次氏がベルトに穴を開けなくても締めることのできるバックル「徳尾錠」を考案、東京で独立開業した。15年には今のシャープペンシルの元祖となる「早川式繰出鉛筆」を発売。

1923年:関東大震災で全工場を焼失、拠点を大阪に移した。25年には国産初の鉱石ラジオセットの組み立てに成功。

1949年:大阪証券取引所に上場。

1951年:テレビの試作に成功、52年末に国産第1号テレビを発売し、53年に量産を開始した。

1980年:早川徳次氏が死去。

2000年:業界初のカメラ付き携帯電話を発売。

2001年:液晶カラーテレビ「アクオス」1号機を発売。

2004年:亀山工場が稼働。製造したテレビを「世界の亀山モデル」として売り出した 。

2009年:堺の液晶パネル工場が稼動。技術に関連性のある太陽電池も扱う生産拠点となった。

2012年:12年3月期に純損失3761億円を計上。鴻海に対する669億円の第三者割当増資で合意、鴻海が9.9%の株を保有する筆頭株主になると発表した。

2013年:サムスン電子から3%の出資受け入れで合意。鴻海からの出資は最終的に行われなかった。

2014年:鴻海の郭台銘(テリー・ゴウ)会長は、シャープとの出資交渉について東洋経済とのインタビューで、だまされたと話した。

2015年:中小型液晶パネル部門を分社化して事業会社を設立し、官民ファンドの産業革新機構から出資を受ける交渉に入る。鴻海とも液晶事業への出資に向けて協議することで基本合意。

2016年
1月:郭会長がシャープ買収を目指し、主力銀行との直接交渉に乗り出す。シャープ経営陣とも大阪の本社で面会し、約6600億円に増額した買収提案を説明。

2月4日:シャープが買収相手を鴻海と産業革新機構の2社に絞る。1カ月をめどに契約締結できるよう協議すると発表。

2月5日:郭会長は高橋興三社長らとの協議後、同社再建策をめぐり優先交渉権を得たと語った。シャープは同日夕、優先交渉権を与えた事実はないとする文書を発表し、主張に食い違いを見せた。

2月25日:シャープは臨時取締役会を開き、4890億円に上る鴻海の買収を受け入れることを決定。鴻海は直後に「新たな重大情報」について精査する必要があるため、状況が十分に把握できるまで買収の正式契約を延期すると発表した。

3月:鴻海はシャープとの協議の進展により、30日の取締役会で買収を議論するかどうかを決めると発表。

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