日本で3年働いてお金をため、中国でマイホームを建てる。2013年に来日した際、唐夕利 (トウ・ユウリ)さん(35)はそんな希望を抱いていた。しかし今は労働組合のシェルターに身を寄せる。派遣された会社の待遇に耐えかねて逃げて来たのだ。日本に来る中国人は爆買いする観光客ばかりではない。

  唐さんは中国東部の儀征市出身。シェルターのある岐阜県羽島市でインタビューに応じた。実習生になろうと3万元(約52万円)以上を中国の送り出し機関に払った。3年後には500万円程度を貯金して帰国できるという触れ込みだった。現在9歳になる娘を残して単身で来日し、タカラ繊維(香川県小豆郡)で約30人の中国人実習生と共に働き始めた。

  唐さんの説明によると、仕事は午前7時から午後8時半すぎまで昼休みを挟み13時間半、時給は9時間が香川県が定める最低賃金程度の700円で、残業と土曜勤務は400円だった。寮では1部屋を5人でシェアすることもあり、ボタン付けや糸くず取りの内職もした。こちらは時給ではなく単価の出来高払い。作業は午前2時ぐらいまで続くこともあったという。

Tang Xili at a shelter for Chinese trainees in Hashima
Tang Xili at a shelter for Chinese trainees in Hashima
Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  家賃や光熱費、福利厚生費、インターネット料金が天引きされ、直近の手取りは月14万円程度、儀征市時代に比べ給料は2倍になったが仕事量も2倍になったと唐さん。携帯電話を持つことは禁止され、一時帰国の際は預金通帳を会社に預けさせられたという。唐さんは「日本に来たことを本当に後悔しているし、友人にも勧めない。苦しんでほしくないから」と語った。唐さんによると、未払い賃金は350万円程度あるという。

  タカラ繊維の真砂吉弘常務は、唐さんの労働条件に関してはコメントを控えるとした上で、経営に外国人労働者は不可欠だと話す。日本人は募集しても集まらず、政府と企業には「考え方にねじれがある」と指摘。外国人を単純労働者として受け入れる制度を政府は作るべきだと主張する。実習生は賃金を得たくて日本側は人手不足を埋めたいという「利害関係だけが一致している」と話す。

  外国人技能実習制度は1993年に創設された。法務省によると、2012年末から15年6月末までに約20%増え、18万人以上が利用する。厚生労働省によると、農業、漁業、建設、食品製造、繊維などの分野の72職種で受け入れ、ソーセージや段ボール箱製造など単純労働もある。制度の本来の目的は技術普及を通じて国際貢献を図ることにあるが、政府や関係者への取材で見えてきたのは、実際には外国人を安価な労働力として使う抜け道となっている事実だ。

単純労働者

  厚労省は14年に実習実施機関に3918件の監督指導を行った。うち76%で労働基準法違反が認められたと企業名を明かさず発表。違反には最低賃金の半分近い時給約310円での就労や、月120時間の残業(労働基準法では原則最長月45時間)、安全措置が講じられていない機械などがあった。法務省入国管理局は14年中に241の受け入れ団体と企業に対して最大で5年間の受け入れ停止命令を出した。

  米国務省は15年の人身売買報告書で、実習制度の中で労働者が強制労働の状態を経験しているとし、借金による束縛、パスポートの押収、拘束といった実質的証拠があるにもかかわらず、日本政府は強制労働の被害者を把握していないと指摘した。同報告書によると、実習生の中には最高で1万ドル(約113万円)を支払って職を得て、辞めようとすると数千ドル相当が没収される契約で働く者もいるという。過剰な手数料や保証金、「罰則」の規定も報告されていると指摘した。

  国連薬物犯罪事務所によると、人身売買とは搾取を目的に強制的あるいは詐欺などの不正な手段によって人の身柄を獲得すること。また強制労働の被害者は借金によって束縛された移住者も含まれると国連は定めている。

  技能実習制度はほとんどの場合、日本の受け入れ団体と海外の送り出し団体が中間に入って日本で働きたい人を企業とマッチングしている。法務省によると、15年1月時点で国内受け入れ団体の数は1924で、企業は3万1320。

3年から5年へ

  批判の高まりを受けて政府は制度改正に乗り出している。国会に提出中の外国人技能実習適正実施法案では、実習生を不当に扱う受け入れ機関や企業を取り締まる新しい監視機関を創設することなどを盛り込んだ。実習生に対する人権侵害行為について禁止規定と罰則規定を設け、実習生への相談や情報提供も行う。受け入れ期間も3年から5年に延長する。

  制度見直しで政府有識者会議の座長を務めた独協大学法学部の多賀谷一照教授(67)は、移民政策を取っていない日本で移民問題は一種の「タブー」で、共生すべきだという主張があっても「庶民の大部分はそれは認めないでしょう」と話す。期間延長だけでは制度の悪用は減らないと指摘し、「人身売買的に使っているのをこれ以上平気でこのまま続けるのはそれは無理」と、監視機能強化の必要性を強調した。

  石破茂地方創生相は1月25日、ブルームバーグのインタビューで、現行制度は技能実習を志してきた人たちを劣悪な労働条件で働かせている部分も「相当ある」と述べ、移民政策を議論する前に「もっと技能実習生に対する処遇をきちんとしますという方が先」と述べた。

   技能実習制度を推進する国際研修協力機構(JITCO)は違反を取り締まる権限がないと総務部企画調整課の尾池昭課長は話す。JITCOの運営は受け入れ団体からの会費や厚労省の事業委託費で支えられていて、企業や団体の訪問調査は基本的には事前通告するという。現制度の問題点に関して尾池氏はコメントを控えた。

中国からシフト

  実習生の国籍は中国以外にも広がり始めている。法務省によれば、中国人技能実習生の数は12年12月末から15年の6月末までに約14%減り9万6120人となった。背景に中国での人件費の上昇がある。タカラ繊維の真砂氏によると、最低賃金で中国人を雇用するのが難しくなっているという。大量に押し寄せる安い輸入品との価格競争もあり、賃上げも難しいと語った。
   
  北京市の統計によると、14年の北京の平均月収は6463元(約11万1500円)だった。一方、14年度の日本の平均最低賃金で1日8時間労働で得られる月収は12万4800円ほど。加えて、12年末に第2次安倍政権が誕生して以来、円は対元で約20%下落しており、日本で稼いだお金が中国に持ち帰ると目減りする状況となっている。

  こうした背景から、ベトナム、フィリピンやインドネシアからの実習生が増えている。法務省の統計によると、技能実習生の国別内訳は12年末には中国が74%を占めていたのに、15年6月末には53%に減少。同じ期間にベトナムは11%から25%に増えた。

  電子部品の一部であるコネクターの自動組み立て機を製造するTSS(東京都大田区)では6人の実習生をベトナムから昨年初めて受け入れたと、経営企画室の荒川信行室長(35)は話す。現在は8人の中国人技能実習生もグループ会社である富山精研社(富山県下新川郡)とともに受け入れている。実習生は富山県の工場の生産ラインで働いている。

転職できない

  荒川氏によると、両社とも基本給、割り増し残業代、組合の管理費などを合わせ1人当たり月約20万円のコストをかけているという。とはいえ、3年間の期限のある従業員はたとえ有能であっても昇進させるのは難しいという。荒川氏は制度を「ある程度フレキシブルにしてほしい」と訴える。「高く払って意味があるのは中長期的にコミットできる人」であり、「3年しかいないならそんな投資はできない」という。

  他の近隣諸国の賃金も上昇すれば、安価な労働力を確保するのは難しくなると指摘するのは、全国中小企業団体中央会労働人材政策本部長の小林信氏(58)だ。制度改正の有識者会議のメンバーも務めた小林氏は、実習制度の拡充だけでは本質的な解決にはならないと指摘する。

  外国人技能実習生をサポートする指宿昭一弁護士は、期間が5年に延長されても自由に転職ができない点を問題視する。「時給300円でも、セクハラがあっても、黙って働け」という職場でも転職はできず、送り出した団体に多額の借金を抱える実習生は帰るに帰れない状況になるという。「日本の非正規労働者はひどい状況だと辞めていくが、技能実習生は動けない」と指摘。受け入れ側からすれば「やめない労働力が必要なんです」と話す。

  失踪する人もいる。法務省入国管理局によると、14年の失踪者数は4847人で、15年はそれを上回る見込みだという。14年は失踪者のうち60%以上が中国人だった。

シェルター

  新幹線・岐阜羽島駅の南口から徒歩数分。黒い外壁の3階建てビルに岐阜一般労働組合が実習生向けに提供するシェルターがある。1月中旬に訪れると、唐さんら中国人9人が生活していた。1階にはスーツケースがいくつも並んでいる。あたりはシャッターやカーテンの閉まった店舗が多い。駅北口の小さな塔は「HASHIMA せんいの街」とうたわれているが、地元の繊維産業は衰退を続けている

Zhang Wenkun shows his injury
Zhang Wenkun shows his injury
Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  張文坤(チョウ・ブンコン)さんがここに来てから数カ月。建設廃棄物処理などを業務とする野辺工業(栃木県下都賀郡)で働いていたときに、木材を粉砕する機械が誤作動し手を負傷した。3カ月の休養から復帰後、手の別の部分が痛み出したことを訴えると、会社は仕事を辞めるよう迫ったという。実習制度は「大失敗だ」「死んだも同然で無意味だ」と話した。

  張さんの元同僚3人も逃げた。そのうちの1人、林希俊 (リン・キシュン)さんは日本人同僚のいじめに苦しめられたという。その後、身元を隠して短期の仕事を複数した後に中国に戻った。中国の送り出し団体に6万元を支払って来日した林さんは、ほぼ文無しで帰国。大連近郊の町、瓦房店にいる林さんは電話取材に対し、「自分の夢はつぶされてしまった」「現実はずっと過酷だった」と話した。野辺工業はブルームバーグの取材依頼に応じなかった。

  厚労省労働基準局監督課の恩田基弘監察係長は、タカラ繊維と野辺工業を調査しているかどうかの問い合わせに対し、個別の案件の情報は開示しないと述べた。

共生

  労働人口が減り続ける中で、技能実習生を含む外国人労働者は羽島市の将来に不可欠だと羽島商工会議所の清水政男専務理事は言う。実習生を「労働力として見ているのは否定しませんし、否定できません」と清水氏。

  松井聡羽島市長も、自治体活性化のために外国人労働者を受け入れるべきだとの考えだ。繊維産業の海外との価格競争、製造業の空洞化といった地域経済の課題を克服するにはもっと労働力が必要で、女性や高齢者の活用だけでは追いつかないと、松井氏と清水氏は口をそろえる。松井氏は、グローバル社会で頑張る外国人が一カ所に固まるのではなく、日本人と「共生するようなコミュニティーにすることが必要」と語った。

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