【FRBウオッチ】利上げどころではない、1月の雇用者数300万人減

更新日時
  • 1月は季節調整で厚化粧、原数はグレートリセッション期並み
  • 小売り部門、昨年末の臨時雇用少なく1月の季節調整で雇用者数急増

米国の雇用統計は単純に主要項目を追っていると幻想に惑わされる恐れがある。最重要項目である雇用者数(農業を除く)は1月に15万1000人増へと減速したが、季節調整を加える前の原数は298万9000人も減少している。つまり314万人の季節調整という厚化粧が加えられて、15万人増に浮上したわけだ。この厚化粧された15万人増をみていると、雇用は一頃の力強い伸びから減速したものの、安定的な伸びに転じてきたといった安心感に浸ることになる。

  しかも、米国の金融当局が注目してきた賃金が市場予想を上回る伸びを記録したことから、一時は利上げ観測が広がった。家計調査に基づく失業率が4.9%に低下したことも、景気強気派を勇気付けるに十分だった。しかしこの三つのヘッドラインだけで、3億2000万人の米国民が動かす経済を分析することなどできない。

  「人の行く裏に道あり、花の山」。まず日本の株式市場の格言に従って米雇用統計の裏街道を行くと、全く別の世界が視界に広がる。米金融政策当局はじめほとんどの市場参加者は季節調整値しか見ていないが、調整前の原数は1月に300万人近く減少している。

  過去データと比べると、今年1月の原数値は2015年1月の281万6000人減からマイナス幅が17万3000人も拡大した。09年6月の景気の谷から始まる今回の景気拡大期を振り返ると、10年1月が287万人減、11年1月286万3000人減、12年1月260万5000人減、13年1月288万3000人減、14年1月280万4000人減と、290万未満のマイナスに収まっており、今年1月に人員削減が一気に進んだことが示されている。

  グレートリセッション最中の09年1月は369万人のマイナスだった。米国の雇用統計は季節要因による振れが大きいが、中でも1月は年末の臨時雇用者の契約が切れるため、解雇が年間を通じて最も多くなる。09年1月はその中でも過去最大のマイナスを記録していた。16年1月は景気拡大期としては過去最大のマイナスとなる。

  景気後退期を加えても、今年1月のマイナス幅は史上3位だ。グレートリセッション下にあった2位の08年1月(303万人減少)まであと4万人という水準にまで、今年1月は肉薄している。08年1月の季節調整後の数値は2万人増であり、季節調整による押し上げ幅は305万人だった。これは今年1月の同314万人より9万人も少ない。

  今回の景気拡大期で季節調整という化粧が厚くなってきたのは、グレートリセッション後の雇用市場の回復が歴史的にみて弱くなったことと、1、2月に大雪に見舞われるケースが多いためだ。従ってお化粧前の実力は、グレートリセッションが始まって2カ月目に当たる08年1月に近いということになる。仮に08年1月に適用された季節調整を今年1月に加えれば、調整後の雇用者数は数万人の伸びにとどまっていたはずだ。

  原数という裏街道をさらに進むと、興味深い観光スポットが次々に現れる。当欄ではスペースに限りがあるため、主たる景勝地に絞って見てみよう。まず表街道では5万8000人増加し、最大のプラス項目と紹介された小売り部門が、雇用統計の欠陥を見事に体現している。

  1月の小売り部門の原数は58万4000人のマイナスである。15年1月の62万7000人減からマイナス幅が4万3000人減ったため、調整値は前年同月の3万3000人増を2万5000人上回る5万8000人増とされたものだ。

  しかしこのマジックで驚いてはならない。1月の原数が極端なマイナスになるのは、年末商戦のために11、12月に雇われた臨時雇用者が1月に解雇されるためだ。したがって1月の原数を分析するには、11、12両月の原数を同時に見る必要がある。昨年11、12両月の小売り部門の雇用は季節調整前で54万2000人増えていた。

  一方、14年11、12両月は56万6000人のプラスだった。今年1月の小売り部門の雇用者(原数)は前年の年末臨時雇用の伸びが減速したため、その分、臨時雇用の解雇が少なくなり、季節調整で大きな伸びに化けたものである。

  家計調査に基づく失業率は今回の景気拡大局面で最も低い4.9%に下がってきた。08年2月以来の低水準と伝えられ、市場の利上げ予測を勢い付けた。しかし、4.9%という水準はグレートリセッション入り3カ月目に当たる08年2月と同水準であり、前回の景気拡大期のボトムである4.4%をなお0.5ポイントも上回っている。

  しかも学歴や人種別など多様な細目をみると、偏りが激しい。学歴別(25歳以上)で見ると、失業率が低下したのは高卒(5.6%⇒5.3%)だけだった。中卒・高校中退は7.4%(前月6.7%)に上昇。短大卒も4.2%(前月4.1%)に上昇した。大卒以上は2.5%で変わらず。いずれにせよ家計統計はサンプル数が極端に少なく、単月で決め打ちすることはできない。

  市場予想を上回る伸びだと評価された賃金は、景気に最も遅く反応する指標の一つであり、伸びに勢いが加わるときは景気の山を警戒するべきところにきている。インフレが警戒されていた08年7月に、イエレン・サンフランシスコ連銀総裁(当時)は「賃金の上昇スパイラルを容認することはできないし、容認しない」と述べていた。このときグレートリセッション入りから既に7カ月が経過していた。当時のインフレ率は5%超。平均時給は前年比3.7%上昇していた。

  現在のインフレ率は1%未満であり、1月の賃金は前月比こそ市場予想を上回る0.5%上昇となったものの、前年比では2.5%上昇と前月の2.7%上昇から伸びが鈍化してきた。こうした弱い経済状況を背景に金融当局が利上げシナリオに転じたのは、低金利政策が金融の不均衡を拡大することを恐れているからだ。

  利上げを正当化するためには、二大責務である最大限の雇用確保と2%の物価目標達成のメドが立つことが必要となる。この物価目標の達成には賃金の上昇が欠かせないため、金融当局者の間で賃上げ期待が高まっているわけだ。イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長も「労働市場の改善に伴い賃金の伸びが見込まれる」と述べ、7年半前の立場から一転して賃金の上昇に望みを託している。

  08年当時は賃金押し下げ、今回は賃金押し上げと方向は逆だが、金融当局が賃上げに関心を持つときは景気の山を警戒する必要がある。08年8月の連邦公開市場委員会(FOMC)は金利を据え置いたものの、議事録には「次の金融政策の変更は利上げ方向」と記されていた。現在のFOMCが利上げサイクルを旗印にしているのは、同様の文脈でとらえることができる。

 つまりFOMC参加者の関心は景気拡大局面が山に差し掛かる中で、遅行指標の賃金上昇に向かう。こうしてFOMCの金融政策は景気循環に反する形で進行していくわけだ。FOMC参加者は政策の方向性について、「データ次第」と唱えているが、その特質や限界を把握しないで進むと、経済・金融動向に逆行することになる。

  金融政策が主導する形でのバブル崩壊を伴う景気後退が、21世紀に入って2度も繰り返されてきたのもそのためである。しかもその破壊力が一段と強まってきたことに留意すべきであろう。

 
(FRBウオッチは記者個人の見解です)

関連ニュースと情報:
トップストーリー:TOP JK
記事についての記者への問い合わせ先:
ワシントン 山広 恒夫+1-202-624-1968 tyamahiro@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:
大久保義人+81-3-3201-3651 yokubo1@bloomberg.net
西前明子
記事についての記者への問い合わせ先:
ワシントン 山広 恒夫 tyamahiro@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:
松田英明 hmatsuda18@bloomberg.net
山広 恒夫

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
    LEARN MORE