炭鉱労働者からプログラマーへ-米石炭業界の失業者らの再出発

  • 石炭価格は2011年以降75%下落、ケンタッキー州に深刻な打撃
  • 米石炭業界では少なくとも2万6000人が失業-石炭産業低迷で

ジム・ラトリフ氏は米ケンタッキー州東部の複数の炭鉱で、14年にわたり掘削や爆破による石炭採掘に携わっていた。石炭産業はアパラチア地方の人々の生活を100年以上にわたって支えてきた。

ジム・ラトリフ氏

  しかし現在、ラトリフ氏は午前8時に出社して金属製の小さなデスクに座り、昨年までは全くなじみのなかった仕事をしている。コンピューターのプログラミングだ。

  「われわれ炭鉱労働者は教養がないと考えている人は多い。過酷な労働だが、エンジニアもいるし、扱う機器は非常に精密だ。一生懸命かつ効率的に働くことはプログラミングの仕事にも通ずる」。顎ひげを生やし、がっちりした腕をしたラトリフ氏(38)はそう語る。

  ラトリフ氏は現在、新興企業のビット・ソースで勤務している。それは、石炭業界を去った多くの熟練労働者に再出発の場があることの証しだ。石炭価格の前例のないほどの下落により業界では既に大手生産会社5社が破綻に追い込まれ、多くの労働者たちが職を失った。アパラチア地方で石炭産業の全盛期が終わったという認識が広がる中、ビット・ソースが雇ったプログラマーはわずか10人だが、求人広告には1000人近くが殺到した。

  ビット・ソースの共同創業者、ラスティー・ジャスティス氏(57)は「ここには多くの熟練労働者がいる。ケンタッキー州東部の丘陵地帯でテクノロジー事業を運営できることを証明したい」と語る。

  世界の石炭の供給過剰が深刻化する中、石炭価格は2011年に下落し始めた。価格はそれ以降75%値下がりし、アパラチア地方が最も大きな打撃を受けている。米国の石炭業界の失業者数は少なくとも2万6000人に上り、ラトリフ氏はその一人だ。

  ビット・ソースは14年創業。ジャスティス氏と共同創業者は同年、かつてコカ・コーラの瓶詰め工場だった老朽化したれんが造りの建物を購入。アパラチア地方でラジオ広告やチラシを使い、コンピュータープログラマーになることに関心のある失業中の炭鉱労働者を募集した。

  ラトリフ氏も応募者の一人だった。その5カ月前に失業してから、遠くはワイオミング州まで職探しに出向いたが、ティーンエージャーの子供3人を残して単身赴任することはできないと、地元にとどまることを決意。「コンピューターコードについての知識は皆無の状態で」ビット・ソースに応募した。

  昨年3月に他の9人と共に同社に入社。同期入社の従業員の前職は地下のシャトル運転手や石炭採掘重機のセールス担当者などだ。5カ月にわたりプログラミングのために必要な訓練を受け、それが終わると昇給のほか、ビット・ソースをもうかる会社にしようという訓示があった。

  今ではラトリフ氏の前途は明るく、石炭採掘の仕事を打診されても断っている。最近、3人の子供たちと話し、自身と同じプログラミングの仕事に就くことを検討するよう提案した。

  「石炭産業は死に絶えつつある。しかし、われわれは本当に特別な何かの草の根になれるかもしれない」と述べた。
  
原題:From Coal to Coding, Appalachian Miners Getting a Fresh Start(抜粋)

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
    LEARN MORE