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黒田日銀は賃金目標にくら替えを、「天と地ほど違う」-渡辺東大院教授

更新日時
  • 国債市場の予想インフレ率は0.519%まで低下
  • 国債利回りの低位は異次元緩和の成功と失敗の両面を示唆と渡辺教授

日本銀行の黒田東彦総裁は、金融政策の目標を従来の2%物価上昇率から4%程度の賃金上昇率に切り替えるべきだ-。消費者物価指数の基準改定に携わる東京大学大学院の渡辺努教授は、消費の萎縮や物価の低迷を招く根強いデフレ心理を払拭(ふっしょく)するには「物価目標に対する嫌悪感が直すべき一番大事なポイントだ」と言う。

  渡辺教授(56)は21日のインタビューで、「サービス分野を中心に、約5割のウエートを占める品目がゼロ%前後で動かない。物価が2%上昇するには他が4-5%も上がらないといけないので、仮に達成しても持続性がない」と指摘。人件費の割合が高いサービス分野の価格を上げてデフレを完全に脱却するには、物価目標から「賃金目標」に切り替える意義があると語った。

  市場の予想インフレ率を映す、10年物の固定利付国債と物価連動債の利回り格差は14日に0.519%と、2013年10月に物価連動債の発行が再開されて以降の最低を記録。長期金利の指標となる新発10年物国債利回りも0.19%と過去最低を更新した。

  渡辺教授は異次元緩和の押し下げ効果だけでなく、「物価や賃金が上がらなければ、政策金利も上がらないと皆が考えるので、長期金利も当然低い水準にとどまる」と説明。国債利回りの低位推移は異次元緩和の成功と失敗の両面を示唆していると話した。

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  日銀出身の渡辺教授は、黒田総裁が「物価の基調」改善を主張する際にしばしば言及する東大日次物価指数の生みの親で、昨年から重要な政策課題に意見を述べる経済財政諮問会議の政策コメンテーターも務めている。品目別の騰落率という分析手法は、日銀が毎月公表する「基調的なインフレ率を補足するための指標」にも盛り込まれている。

  東大が約1万5000人を対象に昨年実施した消費者調査によると、回答者の約8割が物価上昇を予想し、約65%は2%の物価目標は望ましくないと答えた。自己の収入が改善する見通しの人では5割を下回ったが、悪化すると予想した人では8割超に上った。円安に対する受け止め方も似た結果だった。渡辺教授は、多くの消費者にとって「物価上昇も円安も、自分の賃金が先々良くなるという展望が持てないので嫌だ、というのが世の中の雰囲気になっている」と指摘した。

  株式相場ではTOPIXが第2次安倍晋三内閣発足の12年12月から一時2倍超上昇し、外国為替相場では円が対ドルで5割近く下落した。企業収益は過去最高を更新し、失業率は約20年ぶりの低水準となった。ただ、1人当たり現金給与総額は前年比1%未満にとどまり、実質消費支出は昨年11月に2.9%減少。全国消費者物価指数(生鮮食品を除いたコアCPI)は前年比ゼロ%前後での推移が続いている。

  渡辺教授は、物価を上げるために導入した日銀の物価目標には「コミュニケーションのミスがある。物価が上がっても賃金はついてこないのではないかという不確実性が残る」ため、生活者に支持されないと言う。金融緩和手段などは同じでも「賃金を上げるのが日銀の約束だ、物価は二の次だ」と説明の仕方を変えれば、「確実に賃金が上がると皆が信じるだろう」と語る。

  「物価と賃金は非常に相関性が高い。穏当な対話で生活者の支持を得るには賃金目標は良い政策だ」。渡辺教授は、「マクロ経済学では物価が先に上がっても賃金が先でも『ニワトリと卵』で同じだが、世の中の人々にとっては天と地ほど違う」と指摘し、「まず賃金が上がり、物価が追随するなら、最終的には相殺されてしまうかもしれないが、受け入れ可能ではないか」との見方を示した。

賃金目標は4%か

  渡辺教授によると、賃金目標の水準は4%程度を基本に考えるのが妥当。「名目賃金の上昇率は、物価と労働生産性の上昇率からなる。物価は2%が適切で、労働生産性は2%程度を目安にしてもよい」とし、名目賃金が安定的に上昇するまで金融緩和を続ける枠組みになると説明した。4%の賃金上昇率は1990年代前半以来の水準で、95年ごろに始まったデフレの脱却を意味すると言う。

  安倍首相や黒田総裁は賃上げ期待を表明し、経団連の榊原定征会長も加盟企業に「前向きで踏み込んだ検討」を要望している。しかし、トヨタ自動車グループの労組は今年の春闘でベアの最低要求額を月3000円以上と前年の半額とする方針だ。昨年は2%以上のベアを求めた連合も「2%程度」に態度を弱めている。今週29日に新たな景気・物価見通しを公表する日銀の関係者の中では春闘への失望感が広がっている。

  賃金目標を実際に決めるのは企業と労組だといった意見に関しては、「物価を決めるのも日銀ではなく企業と消費者だ」と、渡辺教授は指摘。金融緩和で需給を逼迫(ひっぱく)させて値上がりを促す対象が財市場から労働市場に変わるだけで、日銀がやることは全く同じだと述べた。

  渡辺教授は、賃金目標は先進国の「中央銀行村」では決して突飛な発想ではないと言う。「万国共通のマクロ経済モデルでは目標にするのが物価でも賃金でも、さほど変わらない」からだ。日銀が賃金目標にくら替えする場合には政府も関与する必要があるとも指摘。13年1月に採用した物価目標は政府と結んだ政策連携の一環であり、異次元緩和は達成に向けた手段という位置づけだと説明した。

  日銀は2%の物価目標を達成するため、マネタリーベースを積み増す「量的・質的金融緩和」を2013年4月に導入。14年10月末の追加緩和では国債保有増を、16年度に発行される新規財源債の2倍超の規模に膨らませた。15年12月には国債買い入れの平均残存期間を7-12年程度に長期化するなどの補完措置も決めた。16年の国債買い入れ額は約120兆円と16年度の市中発行額の8割超に及ぶ。

価格は客の顔色次第

  スーパーマーケットで売れた食料品や日用雑貨のデータに基づく東大日次物価指数は今月から、渡辺教授が技術顧問を務めるナウキャスト社が算出。この指数は総務省が公表するCPIの同分類より約0.6ポイント低く出る傾向がある。足元は1.2-1.3%で、昨秋から1.5%程度で頭打ちになっていると、渡辺教授は指摘。「基本的には為替に左右されるが、最近の頭打ちは恐らく消費の弱さが影響している」とみている。

  渡辺教授は「スーパーの店長は客の顔色を見ながら価格を決めている」とした上で、「中国経済への懸念と株安を背景に消費が変調を来し、価格に影響している部分が大きい」と分析。「原油安による押し下げについては心配していないし、所得環境の改善と消費支援の効果が間違いなくあるが、消費が弱くなるのは厳しい」と述べた。

  黒田総裁は22日のインタビューで、原油安や株安・円高といった世界的な市場の混乱はリーマンショック当時とは異なり、企業行動や期待インフレに深刻な打撃を及ぼしているとは思わないと発言。「グローバル金融市場とアジアの実体経済を注視」しており、必要になれば量的・質的緩和を「さらに拡大する余地がある」と述べた。

  渡辺教授は、物価については「従来より少し厳しめに見ないといけない」という認識が今月末と来月末に発表されるCPIを受けて広がり、「これで良いのかという雰囲気になっていく」と予想。今週の追加緩和も否定はしないが、「物価の数字を見てから、そういうことが起こるのではないか」と話した。

  渡辺氏は1982年3月に東大経済学部を卒業し、日銀で旧営業局や調査統計局などに在籍、99年に同行を退職。その後は、一橋大学経済研究所の教授などを経て、2011年からは東大大学院経済学研究科の教授を務めている。東大のウェブサイトによると、現在の研究分野は、マクロ経済学、国際金融、企業金融。

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