無口なヒーロー「マリオ」発売30年、引き継がれる任天堂DNA

  • 累計販売数は3億1770万本、ユーザーがコース制作も
  • 「自由でいろいろなことができるキャラクター」-プロデューサー

愛するピーチ姫を救うため山を駆け、海を泳ぎ、空を飛ぶ-。コンピューターゲーム史上最も有名なキャラクターであるマリオは、ゲームの中ではほとんど話さない。任天堂が守ってきたルールだ。

  「マリオが話すと性格が確定されてしまう。マリオは自由でいろいろなことができるキャラクターなのであまり限定したくない」。同社企画制作本部企画制作部統括の手塚卓志氏(55)は2日、京都市の本社でブルームバーグの取材に答えた。手塚氏は9月に日米欧で発売された「WiiU(ウィー・ユー)」向けゲームソフト「スーパーマリオメーカー」のプロデューサーで、全てのスーパーマリオシリーズの制作に関わった。マリオが話さない代わりに「遊ぶ人が心の中で叫ぶ」のだという。

Takashi Tezuka

Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  「ファミリーコンピュータ」用ゲームソフト「スーパーマリオブラザーズ」は30年前の1985年9月に発売されると、世界で4024万本が売れ、家庭用テレビゲーム機の黎明(れいめい)期に金字塔を打ち立てた。これまでのスーパーマリオシリーズは計33作品で、累計販売数は3億1770万本。一定の販売数が見込める人気ゲームソフトの存在は、任天堂の経営戦略に不可欠なものとなっている。

  現役ゲーム作家で東京工芸大学芸術学部ゲーム学科の教授でもある遠藤雅伸氏は、ゲームに一貫するマリオを自由に動かせる「操作感」が、継続して人気を保つ理由だと分析した。初期のマリオで遊んだ子供が親になっており、子供が安心して遊べるゲームとして評価が確立されているという点も挙げた。また今後、ゲーム機や技術の進歩によって課題が生じたとしても「任天堂らしい知恵」で突破していくだろう、と述べた。

方眼紙

  最初のマリオシリーズが発売された85年、手塚氏は大阪芸術大学を卒業後、マリオの父と呼ばれる宮本茂氏(現専務)の下で働いていた。ドル高の是正で主要各国が一致したプラザ合意やNTTと日本たばこ産業(JT)の民営化が行われた年だ。芸能界ではおニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」が大ヒットした。

A planning sheet for Nintendo’s Super Mario game

Source: Nintendo Co.

  マウス一つでコースを変更できる現在とは違い、当時は方眼紙を使ってゲームのコースの設計図を描いた。方眼紙に描いたものを数値化してコンピューターに打ち込み、変更がある場合はトレーシングペーパーを重ねて修正する。使えるデータ量に制限もあり、同じデータをコース上の草と雲の両方に使うなど「データを節約するということ自体が、当時のゲーム作りの面白いところでもあった」と手塚氏はいう。

  任天堂が保存する「(昭和)60年2月28日PM5時00分」付のゲームの設計資料には、マリオやブロック、山や背景の空が手描きされている。最初のマリオ発売の半年前だ。デザイナー欄には宮本氏のサインが記され、「所定の床を崩すと2階にドアが登場 そこへ行くと地下へ入れる。」とのメモが残る。

  手塚氏によれば、最初のマリオのゲームは数人で開発し、数カ月で発売した。最近のマリオの制作には約2年かかり、携わる人数は200人に達する場合もある。

新しいおもちゃ

  マリオメーカーは、プレーヤーがブロックや敵キャラクターを配置し、自由にコースを設計する新しい形のゲームだ。9月末までに188万本を販売し、年末商戦でも一押しソフトの一つ。インターネットに接続し、自分が作ったコースを投稿したり、他人が作ったコースで遊んだりすることもできる。

  手塚氏によれば、マリオメーカーのアイデアはゲームを作るツールを開発するスタッフが考えた。以前から「作ること自体を遊びにしたい」と考えていた手塚氏も賛同し、開発を開始。手塚氏は「新しいおもちゃを作るんだ」とスタッフに発破をかけた。新しい試みはファンの心をとらえ、任天堂によると、ユーザーが投稿した330万のコースがインターネット上で遊べ、プレー数は2億回を超えた。

感情移入

  「プレーヤーを動かすと自分がマリオになった気持ちになる。感情移入しやすい」。世代を超えてマリオが愛される理由を、手塚氏はこう分析する。マリオは「気持ちよくジャンプするとか高いところから落ちたら怖いとか痛いとか、そういったことをうまく遊びに使っているゲーム」だという。

Shigeru Miyamoto

Photographer: Kimberly White/Bloomberg

  任天堂のウェブサイトによると、マリオが最初にゲームに使われたのは1983年に発売された「ドンキーコング」。この作品では名前すらついていなかったが、このキャラクターにそっくりだった米国任天堂の倉庫係の男性がマリオという名前だったため、キャラクターもマリオと名付けられた。

  口ひげと大きな鼻、つなぎの作業服と帽子の格好にも理由がある。当時のゲーム機の処理能力では現在のような精巧な表示はできず、マリオの激しい動きを表現するため、分かりやすい格好になった。服装に合わせ職業は大工の設定だが、1993年に制作された映画では配管工とされた。

形式とらわれず

  任天堂は、マリオや「ゼルダの伝説」といった定番のシリーズ以外にも「どうぶつの森」「ピクミン」など新しいキャラクターを使ったゲームを生み出し続けている。5月には人とイカに変身するキャラクターをつかったシューティングゲーム「Splatoon(スプラトゥーン)」を発売した。

  スプラトゥーンは、若手を中心に新規プロジェクトを立ち上げ、いくつかの試作から最も可能性を感じたものを事業化した。手塚氏は新しい遊びの提案を「絶対していかないといけないという思いはあった」とした上で、それを生み出す創造的な風土を、故岩田聡前社長が言った「任天堂DNA」という言葉で表現した。「形式にとらわれず、そのとき最適だと提案し、それがよいとしたらみんなで力を合わせて達成する風潮はずっとある」

  環境の変化に伴いマリオが活躍する場も変わってきている。任天堂は来年3月、同社初のスマートフォン向けのゲームのサービス開始を予定。スマホやゲーム機から接続できる新会員サービス「マイニンテンドー」も同時期に始める。次世代ゲーム機NXも開発中だ。

  手塚氏は開発中のゲームについては、笑いながら、すべて説明を拒んだ。その代わり、「時々の状況に応じたものにする、そういう考えは強く持っています」と述べた。

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