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忘年会シーズン、寿司や酒は控えめに-大和証Gが平成の「養生訓」

更新日時
  • 最高健康責任者(CHO)は元スターバンカー、過労で命の危機も
  • 貝原益軒いわく「珍味の食に対すとも、八九分にてやむべし」

寿司(すし)やお酒は控えめに-。大和証券グループ本社は年末年始を迎えるに当たり、社員にこんなメッセージを伝えようとしている。

  国内証券第2位の大和証Gでは、1万3600人の営業マンやバンカーに14日から1月12日の間、飲食をほどほどにするように呼び掛けている。この期間は忘年会やクリスマス、年越しイベントに新年会など、会食やパーティーが目白押しだ。

Toshihiro Matsui

Toshihiro Matsui

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  従業員の健康増進を経営推進につなげようという施策の一つで、社員の生産性向上を目的に健康管理に取り組んでいる。10月には最高健康責任者(CHO)を新設、就任したのは、8年前に過労で命の危機に瀕したこともある元インベストメントバンカーだった。

  「健康を犠牲にしながらやってきた」と松井敏浩CHO(53)は振り返る。事業法人部やコーポレートファイナンス部などの責任者を歴任したバンカーは過労で倒れ2カ月間入院。その後4カ月間の療養休暇を余儀なくされた。それをターニングポイントに健康や食生活にも気を配るようになった。「健康な状態でいることは個人にとって幸せなことであり、企業にとっては生産性の向上につながる」と健康を経営戦略に掲げた。従業員に同じ轍(てつ)を踏ませたくないとの思いもある。

  経済産業省と東京証券取引所は3月、「健康経営銘柄」に22社を初めて選定、大和証Gはその1社になった。株主資本利益率(ROE)が過去3年間の業種平均を上回っていることや、従業員の健康管理を経営的な視点で考え戦略的に実践している企業が選ばれた。

  内閣府と警察庁によれば、2014年中の仕事疲れなど勤務問題が一要因とみられる自殺者数は2227人。10年前に勤務問題を原因としたのは628人だった。安倍晋三政権は長時間労働の是正に取り組んでいて、休暇を取得することを義務付ける労働基準法の改正が模索されている。日本労働組合総連合会(連合)の調査によると、一般の正社員は1カ月に39時間の残業をしている。管理職はこれが56時間超になる。

「腹八分目」で厚遇のチャンス

  長時間労働と高ストレスで知られる海外の銀行界では、より健康的なライフスタイルを求める試みが盛んだ。英銀バークレイズは7万5000人の行員が1日の歩数や消費カロリーを計測できるようフィットビット社の活動量計の購入費を補助。米ゴールドマン・サックスは今夏のインターンシップで学生たちに午前零時までにはオフィスを出て、朝7時までは出社しないよう通達、土曜出勤も禁じた。

  大和証Gは年末年始の取り組みを「腹八分目プログラム」と銘打った。45歳以上の社員が対象で、参加者は記入シートに朝、昼、晩の達成状況を自己申告する。3分の2以上クリアでき、体重増が2キロ未満なら合格でポイントが付与される。このほか、さまざまなプログラム達成でポイントが貯まると、55歳以上での役職就任や最大で給与3割増のチャンスが与えられる。

  日本には腹八分目という考えが古くからある。江戸時代中期の儒学者で80代半ばまで生きた貝原益軒が1713年に著した「養生訓」には、健康と長寿を実現するための心構えがつづられている。

  「人生日々に飲食せざる事なし。常につつしみて欲をこらへざれば、過やすくして病を生ず。珍味の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍あり。少のみくひて、味のよきをしれば、多くのみくひてあきみちたるに其楽同じく、其後の災なし」(中村学園大学校訂テキスト)。

  大和の総合健康開発センターは腹八分目を成功させる10のヒントを掲げている。規則正しく食べる、よく噛(か)んで食べる、野菜・食物繊維をよく取る、ビタミンB群をこまめに取る、お腹が空いたら水を飲む(カロリーオフの炭酸水でも良い)、目の付くところに食べ物を置かない、こまめに体重測定(最低3日に1回)、食べ過ぎたら3日以内に帳尻合わせ、あきらめずにコツコツと、会話を楽しみながら食事をする-。

  大和証Gの瀬戸真一マネジングディレクターは熱心に健康増進に取り組む社員の一人だ。学生時代はキックボクシングで鍛えたが、入社後はリテール営業や投資銀行、企業広報業務に従事、会食などで体重は10キロ以上増加した。「腹八分目プログラム」のほか、3カ月間で92万歩を目標にする「ウォーキングチャレンジ」に参加する予定だが、合格する自信はないという。

  「会食でアルカルトの時は、野菜を自分用にボールで頼むようにしている。一杯目はビールを飲んで満足した後はなるべくウーロン茶」と血糖値管理に余念がない。しかし「締めにはやはりご飯かそばが食べたくなり、満腹まで食べることもある。このままではいけないと思っている」と瀬戸氏。右腕には米ガーミン社製の黒のフィットネスバンドが巻かれている。

IBバンカーの激務

  「気が付いたときはベッドに横たわり、何が起きているのか分からなかった」-。現在はCHOを務める松井氏は金融市場部長に就任した07年4月のある日を振り返った。長年の過労が蓄積し体調を崩した。「ずっと調子が悪い日が続いていて、ある日病院に行き、そのまま倒れてしまった」という。

Shinichi Seto

Shinichi Seto

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  大和証券の専務でもある松井氏は30年前に入社。日比谷や池袋の支店で8年間リテール営業を担当した後、三井住友フィナンシャルグループと共同出資の証券会社で投資銀行業務に従事。フジテレビによるニッポン放送株式の公開買い付け(TOB)での資金調達をはじめ、旧新日鉄の3000億円に上るハイブリッド証券発行など数多くの大型案件を手掛けた。管理職でプレーヤーでもあった松井氏をスターバンカーと評する人もいる。

  「IBバンカーだった時は、いつも終電が終わるまで働き、朝7時には会社にいた」と松井氏。当時はアクティビストで知られる村上世彰氏がニッポン放送の筆頭株主となったり、ライブドアがニッポン放送に敵対的買収を仕掛けるなど、マーケットではさまざまな事が起きていていた。松井氏だけでなく、バンカーらは激務に追われていた。

ミッション

  半年間会社を休むことを余儀なくされた松井氏のCHOとしてのミッションは、営業マンやバンカーを含む全ての社員に午後7時退社を徹底させることだ。「今思えば、無駄な会議や待ち時間も多かった。資料作成に時間がかかっており、弁護士の返事を皆でただずっと待っていることもあった」。当時でも7時退社は可能であったというが、「どうやって少ない人数でやろうかと考えなかった。短くするインセンティブがなかった」と猛省する。

  松井氏は自ら体力づくりにも取り組む。食事では総カロリー摂取量に気を配り、青魚を好んで食べる。米も白米から発芽玄米に変えた。週末はゴルフ、ジムではランニングとウエートトレーニング。12月のある日の夕刻、寒空の下皇居周辺を走る松井氏の姿があった。「さあ、行きましょうか」と走り出すCHOに、経営企画のスタッフは最後まで追いつくことができなかった。5キロを26分30秒で走り切った。

  大和証Gは13年、リテール営業に携わる数千人の従業員の定年を70歳まで延長した。06年には意欲のある全ての社員の定年を60歳から65歳まで延している。労働政策研究・研修機構によれば、30年には、50-60歳の労働人口が他の年齢層と比較し最も多くなるという。

Toshihiro Matsui and other employees

Matsui and other employees

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  ことし46歳になった瀬戸マネジングディレクターは2月の東京マラソンに出場する計画だ。週末には10キロ走り、脚力をつけるためオフィスの階段を34階から1階まで降りることもある。しかし、いつまでも健康を維持したい本当の理由がある。

  大和証Gのバンコク拠点でチーフを務めていた13年、3人目の子供が誕生した。長女だった。「娘はまだ2歳半。自分が60歳の時に17歳だ。定年より長く働きたいし、そうしなければならない」と胸の内を明かした。「娘が生まれたとき、初めて死んではいけないと思った」-。

(第6段落を加筆して、更新しました.)
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