母子家庭の長男である近藤大智くん(仮名・15歳)は中学生時代、勉強が難しくて学校に適応できていないと感じていた。勉強の仕方も、進学の理由も、将来どんな仕事をしたいのかも分からずにいたが、経済的に恵まれない子供のための無料の学習塾に通い始めて大きく変わった。

ボランティアの大学生に勉強を教えてもらい、交流を深めるにつれ、「大学に行くのは選択の幅を広げるため」と理解した。大学卒業資格がないと就けない職業があるという現実を知り、都立高校1年生となった今は大学進学を考えている。「ワーキングプアになったら、今の母みたいに子供にしてあげたいこともしてあげられない。貧困状態がぐるぐるまわっちゃう」と大智君は語る。

Students attend a free cram class in Tokyo.
Students attend a free cram class in Tokyo.
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg

厚生労働省によると、一定基準の収入(約122万円)を下回る世帯で暮らす子供の割合「相対的貧困率」は2012年、過去最悪の16.3%となった。1985年の10.9%から増加を続けており、ひとり親家庭での貧困率は54.6%と経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国で最悪レベルとなっている。

安倍晋三内閣が発足してから株式市場では株価が約2倍となった。しかし非正規労働者の割合は、84年の15%から14年に37%へ上昇。安倍内閣発足の12年からの2年間でも約149万人増加している。全国で生活保護を受けているのは6月末時点で162万5941世帯と過去最多。7月発表の国民生活基礎調査では、生活が「大変苦しい」「やや苦しい」と答えた人の割合は62.4%で過去最高となっている。

貧困世帯の子供は十分な教育を受ける機会がなく低収入の仕事にしかつけないという「貧困の連鎖」を食い止める必要が指摘されているが、政府は有効な処方箋を打ち出せていない。大阪府堺市の07年の調査では、生活保護世帯で育った子供の25%は成長後に生活保護世帯を形成していたという結果が出ている。

貧困への投資

首都大学東京の阿部彩教授は「貧困に投資しなければ経済成長は鈍化する」と主張する。10年に貧困連鎖のコストを試算したところ、1人当たりの便益は1億円近いという結果が出た。高校中退の18歳に2年間の職業訓練を提供し、その後正社員として税金・社会保険料を支払った場合は投資が約4000万円の利益を生む。逆に訓練を受けず65歳まで生活保護を受ければコスト総額は約6000万円に上る。現在貧困状態の子供は約300万人。

大智君の母、明子さん(仮名)は朝8時から深夜まで2つの仕事を掛け持っても年収は270万円程度。給与が増えない中で消費増税は家計を圧迫し、物価の上昇も追い討ちをかけている。

大智君が都立高に合格できず授業料の高い私立高校に入学したら、「中学卒業資格で働くことになっていたかもしれない」と明子さんは振り返る。生活保護世帯の子供の大学進学率は19.2%にとどまっているのに対し、一般的な家庭の大学(学部)進学率は51.5%となっている。

文部科学省調査によると、公立高校の学習費総額は年38.6万円。高校受験前の公立中学3年生では、学校費用以外に学習塾や本の購入などで平均36.4万円かかっている。3歳から高校3年生まで15年間すべて公立に通った場合500万円がかかる。

数値目標のない貧困対策

政府は昨年8月、「子供の貧困対策に関する大綱」を閣議決定した。「貧困の連鎖により子供たちの将来が閉ざされることは決してあってはならない」という前文で始まり、子供の成育環境整備や教育機会の均等化、生活支援、保護者への就労支援などを謳っている。

東京大学社会科学研究所の大沢真理教授は大綱について、現状把握のための数値は収集できたが、「目標数値がなく、現状の数値を毎年モニターできる体制にもなっていない。やる気があるか疑わしい」と批判した。大綱の遂行も市町村には「努力義務」にとどまっており、実効性が薄いとみている。

公明党で大綱作成にも関わってきた古屋範子副代表は、子供の貧困を法律のタイトルにしたことで、わが国の大きな課題であると示したことに意義があると話した。具体的な指標がないという批判に対しては、「改善していこうという姿勢はある」と述べた。

阿部教授は「日本では貧困があるという認識が政策の中で持たれてこなかった」と背景を分析する。小泉純一郎内閣時代の06年、経済政策を担当していた竹中平蔵氏は6月16日付の朝日新聞紙上で、「社会的に解決しないといけない大問題としての貧困はこの国にはない」と発言している。

女性の66%は年収300万円以下

阿部教授は、今の貧困家庭の子供が「経済格差が広がり始めた80年代の親世代の2代目」である可能性を指摘する。給与所得が年300万円以下の割合は97年の32%から13年に40.9%に増加。女性では約66%が年収300万円以下となっている。

現状は「家に帰ったらご飯がない、そもそも電気すら点けられないという子供も多い」と語り、非正規率や離婚の増加、経済格差の広がりの中で、環境が急激に改善する見込みはないと阿部教授はいう。

A student studies during a maths class.
A student studies during a maths class.
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg

親が夜遅くまで仕事に追われる中、未成年者が犯罪に巻き込まれたり、刑法に触れるとして補導される比率は、全体の犯罪数が減少しているにも関わらず、微減もしくは横ばいで推移するなど、子供たちを取り巻く環境も決して安全とはいえない。

日本特有の社会的背景も救済の壁だ。大沢教授は「日本では子供を食べさせるのは親の責任という考えが強い」と述べた。「こうなることを覚悟で離婚したんだろう」という考えから助けの手を差し伸べる動きにつながりにくく、生活保護受給者へのバッシングにもなっているという。

貧困を知る

無料学習塾を運営するNPO法人キッズドアでは、ボランティアの大学生も多くを学んでいる。東京大学法学部3年生の山田友樹さんは、中学3年が九九が言えなかったり、まったく英語がつづれなかったり、「この学年で、こんな状態まで放っておかれたんだ」と驚いたという。今は「学力の差に目が行きがちだが、その背景の環境の差のほうが大きい」と感じており、将来は法務省で受刑者の社会復帰を手伝う仕事をしたいと考えている。

University student volunteers teach a free cram class in Tokyo.
University student volunteers teach a free cram class in Tokyo.
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg

早稲田大学3年生の石井莉奈さんは、母子家庭で育った経験からボランティアを始めた。高校3年生のとき初めて予備校に通わせてもらい、「お金のある人はレベルの高い教育受けられて、レベルの高い学校から一流企業に行けて、ずっとループするんだ」と気づいたという。

「自分の人生が、生まれで決められるのは間違ってる。家が貧乏だったから夢がかなわなかったなんて悲しいから、自分がやりたいことをなんとか実現させてほしい」という思いで日々子供たちと接している。

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