実験用の白衣に試験管を手にした富士フイル ムホールディングスの古森重隆最高経営責任者(CEO)兼会長の写真 が日経ビジネス誌の表紙を飾った。

古森氏は科学者ではない。しかし、このいでたちこそ写真用フィル ムから新たな科学技術の市場に足を踏み出した富士フイルムを体現して いる。エボラ出血熱の治療薬、アンチ・エイジング化粧水、幹細胞と時 代の最先端を目指す。

デジタルカメラ普及に伴い、2000年以降写真用フィルム需要は急 減。業界は大打撃を受け、最大のライバルだった米イーストマン・コダ ックは12年に経営破綻した。かたや富士フイルムは今期(16年3月期) 純利益見通しが1200億円で、前期に続き最高益更新を見込む。市場予想 は1257億円。昨年11月に中期経営計画で定めた17年3月期の目標、1200 億円の前倒しでの達成も視野に入る。先月の四半期決算発表時には最 大1000億円の自己株式取得も表明した。

古森氏はさらに攻勢に出る。中計では17年3月末までに最大5000億 円を合併・買収(M&A)に投じるとした。中でもヘルスケアは成長ド ライバーの一つ。前期の売上高3943億円から19年3月期には1兆円を目 指すという。古森氏は、成長の大きな要素となるのは再生医療だと話 す。人工的に培養した細胞を使用するなどして、傷ついた臓器を修復す る新しい治療法だ。

「勝ったとはまだまだ言えない」と75歳の古森氏は話す。「状況は ものすごいスピードでどんどん変わっている。絶えずいろいろなことに 対応してなければならない」。

再生医療

再生医療の研究は初期段階だが、日本の規制環境が古森氏の構想を 後押しする。安倍晋三政権は昨年、薬事法を改正。再生医療に使う細胞 や組織の早期承認が可能となり、再生医療関連製品などを迅速に市場に 投入できるようにした。

富士フイルムは3月末、バイオベンチャー企業、米セルラー・ダイ ナミクス・インターナショナル(CDI)を約3億ドル(約370億円) で完全子会社化する計画を発表した。資料によると同社は、あらゆる細 胞に成長する能力のある人工多能性幹細胞(iPS細胞)を大量に安定 生産する技術に強みを持つという。

こうした技術と、富士フイルムや昨年連結子会社化したジャパン・ ティッシュ・エンジニアリング(J・TEC)が持つ技術を利用し、臓 器再生医療を開発するのが狙い。J・TECは人工の表皮や軟骨などを すでに商品化している。

ゲームチェンジャー

「こう考えてみてはどうだろう。われわれは細胞を管理することを 専門に行う会社だと」。医療分野を担当し、化学者でもある戸田雄三取 締役は英語でのインタビューで話す。フィルム事業で極めて小さな環境 をフィールドにしていた感性は、生体のミクロン環境でも役に立つと し、「勝てる領域でのゲームチェンジャー」を探しているという。

古森氏の改革が始まったのはCEOに就任した03年。デジタル化の 波がフィルム需要を急激に侵食していた。古森氏は自社が持つ写真用フ ィルムに使用する技術などの再評価を技術者や幹部にさせ、市場拡大が 見込める分野での応用の可能性を探った。こうして化粧品や液晶画面に 使われるフィルムなど、新たなコア事業に結び付いた。

買収も行った。08年に子会社化した富山化学工業は、開発したイン フルエンザ治療薬が昨年、エボラ出血熱対策に投与された。現在の売上 高構成比の半分弱を占めるオフィスプリンターやデジタル複合機などの ドキュメントソリューション部門は安定した収益を生み出しており、古 森氏は新しいバイオテクノロジーや医薬品事業が将来の成長ドライバー になると考えている。

もう一段のM&A

株式市場はこれまでの構造改革に理解を示す。株価は過去1年で7 割上昇。バリューサーチ投資顧問の松野実社長は「コアとなる事業を失 いながらも、事業の多角化に取り組み収益を立て直したことは評価に値 する」という。ただ「各領域で世界的なリーディングカンパニーになる ためには、もう一段のM&Aや戦略提携が必要」と指摘した。

会社にとって未踏の領域に踏み出していくことはリスクに直面する ことでもある。新製品がうまくいかなかったり、利益をもたらすのに時 間がかかりすぎる可能性はある。

三菱UFJモルガン・スタンレー証券の小宮知希アナリストは、医 薬品事業は「うまくいく可能性が、事務機やカメラと違って低い」とみ る。「リスク・リターンを考えると、どういう風に成長するかまだはっ きりとみえていない」と話す。

古森氏は、自身の役割を軍の司令官になぞらえる。それはリスクを とる前にあらかじめ計算し尽くすことであり、13年に出版した自著「魂 の経営」では、第二次世界大戦中に戦局を予測しドイツへの降伏を回避 したチャーチル英首相に言及する。古森氏はトップの覚悟を「われわれ の将来を賭ける、その度胸があるかどうかだ。決断は誰にでもできるも のではない」と話す。

技術の転用

新規事業の中には、研究チームが新しいアイデアを試したことがき っかけとなったものもあった。R&D統括本部、医薬品・ヘルスケア研 究所の田代朋子氏は育児休暇が明け、05年に研究チームに復帰した。写 真印刷用のインクジェット紙の色あせ防止を研究していた田代氏に与え られた課題は、この技術をスキンケア化粧品に転用し商品化する可能性 を探ることだった。

田代氏はインタビューで「当初は途方に暮れたものの、しばらくし て手ごたえをつかんだ」と話す。フィルムも肌も共通してコラーゲンが 重要な役割を担っていた。約2年で、田代氏のチームは機能性化粧品ア スタリフトの開発に漕ぎつけた。写真の劣化を防ぐ抗酸化技術などが、 肌のコラーゲンを守る成分に応用できたいう。スキンケア製品の売り上 げは100億円を超え、田代氏も気に入っているというジェリー状美容液 「ジェリーアクアリスタ」は9月からリニューアル発売する。

チェキ

写真に関わる製品やサービスなどを扱うイメージングソリューショ ン事業でも14年3月期に黒字化を達成。富士フイルムは増益幅は拡大す ると予想している。インスタントカメラ「チェキ」は世界中いたるとこ ろでの結婚式で使われる。

「今、あなたたちが目にしている新商品は氷山の一角に過ぎない」 と戸田取締役は言う。「何十年にもわたるわれわれの研究開発で培った 技術とノウハウは、ようやくそれぞれの可能性の芽が出たばかり。これ からもっともっと期待できる」。

最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中 LEARN MORE