日銀緩和「限界説」に拍車、国債保有がゆうちょ・農中・銀行の合計迫る

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2%の物価目標の達成に向けて巨額の日本国 債購入を進めている日本銀行の保有残高が、預貯金を取り扱う金融機関 の合計額に迫っている。

日銀の国債保有額は3月末時点で前年比36.6%増の275兆円に達し た。発行残高に占める構成比は26.5%となり、同6.4ポイント上昇し た。保有額を減らしているゆうちょ銀行や国内銀行だけでなく、農林中 央金庫や在日外銀なども合わせた「預金取扱機関」の285.6兆円まで、 あと10兆円余りとなった。

国債・財融債と国庫短期証券(TB)を合わせた発行残高は3月末 に過去最大の1038兆円と、米国債市場に次ぐ規模。日銀は物価目標への 到達時期を2016年度前半ごろとみるが、足元の物価上昇率は依然として 目標には遠く及ばない状況にある。こうした中で、市場では日銀が現在 の買い入れ規模をいずれ維持できなくなるとの見方が広がっている。

ニッセイ基礎研究所の上野剛志シニアエコノミストは、日銀の国債 保有額は6月末には預金取扱機関を「高い確率で逆転するだろう」と読 む。「金融機関が国債買い入れオペにどれだけ応じるか、異次元緩和を 今のペースでどれだけ続けられるのか、皆気にしている」と指摘。逆転 は「一つの象徴的な節目」なので、「市場の懸念を呼び起こす可能性は ある」とみる。

国債・財融債の純増額は昨年度28.5兆円だったが、日銀はその2倍 超に当たる64.3兆円も買い越した。預金取扱機関の国債保有額は異次元 緩和の導入1年前に当たる12年3月末に過去最高の380.6兆円に達した が、日銀が巨額の国債購入を始めてから急減。3年間で100兆円近くも 減り、05年12月末以来の水準に落ち込んだ。

ゆうちょ銀は3分の2に

国債保有額が日銀に次いで多いゆうちょ銀は、3月末の残高 が106.8兆円と1年間で19.6兆円も減少。最大だった7年前の156.8兆円 からは3分の2に減り、5年前には8割を占めた運用資産に占める比率 も51.8%と過去最低となった。同行とかんぽ生命を傘下に抱える日本郵 政グループは今秋の上場を目指し、収益力の向上を図っている。

全国の農業協同組合(JAバンク)の中央機関である農林中金の国 債保有額は3月末に13.8兆円。3年前のピークから21%減った。市場で 運用する64.2兆円の56%をドル建て資産が占める。12年3月に過去最高 の171兆円に達した国内銀の保有残高は、日銀買い入れに伴い急減。今 年5月には118.5兆円と09年10月以来の水準に落ち込んだ。

今年度は海外勢頼みか

ドイツ証券の山下周チーフ金利ストラテジストは、異次元緩和は 「あと1年くらいは今の規模で大丈夫ではないか」とみる。預金取扱機 関による残高削減の余地は縮小してきたが、米国が景気回復を背景に利 上げに動けば「海外金利の上昇が円債にもある程度は波及し、エクスポ ージャーを減らしたい海外勢も出てくる」と予想。これまで国債の買い 手だった「海外勢からの売り物が期待できる」と読む。

海外投資家は国債等を3月末時点で98兆円保有し、発行残高 の9.4%を占める。山下氏は「安定的に6-7%は外貨準備や国際分散 投資を進める年金などで、円債比率を過度に落とすことはできない」と 推計。ただ、「残りの3-4%は海外金利の動向次第で出入りする可能 性がある資金だ」とみる。

日銀はデフレ脱却に向けてマネタリーベースを増やす「量的・質的 金融緩和」を13年4月に導入し、昨年10月末の追加緩和で増加ペースを 年80兆円程度に高めた。資金供給の柱となる長期国債買い入れオペは月 8兆-12兆円に増額。入札を通じた政府の15年度市中発行額152.6兆円 に対し、年率で最大9割超にも及ぶ計算となる。もっとも、黒田東彦総 裁は国債発行残高に占める日銀の保有シェア上昇は量的・質的緩和の妨 げにはならないとの立場だ。

一方、2年以上にわたる異次元緩和の下でも、全国消費者物価指数 (生鮮食品を除いたコアCPI)は原油安の影響もあって5月に前年 比0.1%上昇と低迷。日銀は4月末の「経済・物価情勢の展望」(展望 リポート)で、2%目標への到達時期を従来の「15年度を中心とする期 間」から「16年度前半ごろ」に後ずれさせた。

民間の売買は低迷

黒田総裁は6月28日の国際決済銀行(BIS)年次総会で、「原油 価格下落の一時的な影響が一因とは言え、物価上昇率は依然として目標 には遠く及んでいない」と発言。その上で、「物価上昇率は16年度前半 ごろには2%程度に達する可能性が高いとみているが、こうしたシナリ オに対するリスクは看過できない。世界経済にかかる不確実性が非常に 高い中にあっては、特にそうだ」との見解を示した。

国債市場では日銀の巨額購入を背景に、投資家同士の取引が低迷し ている。日本証券業界協会の統計によると、都市銀行と信託銀行、生損 保の国債売買高は5月に合計17兆円とデータでさかのぼれる04年以降で 最低を記録。追加緩和直前に当たる昨年10月の3割にとどまった。

スピロ・ソブリン・ストラテジーのマネジングディレクター、ニコ ラス・スピロ氏(ロンドン在勤)は「日銀による国債保有の急増は市場 を歪めている」と指摘。価格形成がファンダメンタルズ(経済の基礎的 諸条件)に見合った水準から乖離(かいり)し、ボラティリティ(相場 変動率)が高まる可能性があると説明した。

国債購入の減額も

長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは、6月30日 に0.455%。1月に0.195%と過去最低を記録したが、先月11日に は0.545%と昨年9月以来の高水準を付けた。足元ではギリシャ債務危 機の深刻化を受け、世界的に株安・金利低下・円高圧力がかかってい る。

市場関係者はコアCPIの上昇率が来年7-9月期も1.2%にとど まり、10年債利回りは0.63%までしか上がらないと見込む。ブルームバ ーグが先月実施したエコノミスト調査では、物価目標の達成時期に関す る日銀の見通しが的中すると答えたのは35人中2人だけ。異次元緩和の 縮小開始については16年度が4人、消費増税がある17年度が5人、18年 度以降が14人、見通せないが11人だった。

ドイツ証券の山下氏は、日銀は巨額の国債購入を進めた結果として 「札割れが起きそうになったら、量的・質的緩和が持続可能な水準まで 買い入れ額を減らす可能性が一番高い」と予想。米国のように段階的に 減額して利上げに向かうのではなく「緩和を続けるための現実的な対応 に過ぎないので、一時的にテーパリングしても大幅な金利上昇にはなら ない」と読む。

山下氏は量的・質的緩和の制度設計について「インフレ期待を押し 上げてできるだけ早く2%目標を達成するため、わざと持続可能でない 規模にした。4-5年も続ける想定にはなっていない」と分析。実際に 円安や予想インフレ率の上昇をもたらしたが、予想外の原油安などで 「目標達成が後ずれすると対応が難しいシステムだ」と言う。

黒田総裁は28日、量的・質的緩和などの非伝統的金融政策は「中央 銀行の間では現実に効果があったという共通理解が醸成されている」と 発言。「インフレは究極的には貨幣的な現象だと広く認識されているの で、巨額の資金供給は中銀のデフレ脱却に向けたコミットメントを表す 強いシグナルとなる」と語った。

第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは、日銀と預金取 扱機関の国債保有額の逆転が意味するのは、将来の緩和縮小時に「元に 戻すのが難しい。金融機関に売却できないなら、正常化に極めて時間が かかる」ことだと指摘。出口論の封印が長引けば「いずれ生じる損失や 波乱の先送り」となりかねず、仮にも対応を誤れば「ギリシャの悲劇は 他人事ではない」事態に陥る恐れもあると語った。

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