ギリシャに不平不満でも見捨てない欧州、こんな裏事情が影響か

アテネ市内にあるトルーマン元米大統領のブ ロンズ像。これを見ると、ギリシャが第2次世界大戦後の欧米にとって 戦略的なとりでだったことがあらためて実感される。

ギリシャの瀬戸際戦略への不満をなんとか抑えユーロ圏の当局者ら が同国に金融支援を実施するとすれば、そこには戦略的とりでとしての ギリシャの役割が少なからず影響している。

英シェフィールド大学で現代史を教え冷戦時のギリシャの欧州との 関係について著書があるエイリニ・カラムージ氏は「ギリシャの地政学 的なポテンシャルは将来性あるものとして利用されてきたが、大半のケ ースでは脅威と見なされてきた」と指摘する。「ギリシャが孤立無援、 もっと悪ければ欧州の裏庭で破綻国家になるようなことがあれば、壊滅 的な悪影響が広がるという脅威が常にある」と付け加えた。

ギリシャの切り札は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国として 南東の端に位置するという立地だ。過激派組織「イスラム国」が南や東 で勢力を広げ、北ではロシアが侵攻し、移民は欧州に押し寄せるという 脅威の中で、ギリシャの価値が金融支援の規模を上回るかどうかの問題 になる。

チプラス政権と債権者側は財政目標でのわずかな数値の違いで対立 しているが、首脳らの頭にあるのは安全保障と政治の問題だ。

ドイツのメルケル首相は3月にチプラス首相と初会談した際、戦略 上の問題に言及している。メルケル首相は両国が「対応を必要とする共 通の地政学上の難題を抱えている」とし、欧州という「大きな平和の取 り組みは常に、政治の次の世代へと引き継がれていかなければならな い」と述べた。

ギリシャを欧州にしっかりとどめておく必要性は、この地域での同 国の役割を決定する際に常に屋台骨として考えられてきた。欧州連合 (EU)の前身にギリシャが10番目のメンバーとして加盟したのはスペ インやオーストリアよりも早い1981年。ブルガリアが2007年に加盟する までの26年間、ギリシャが陸の国境で隣り合わせたEU加盟国はない。 ユーロは2001年に導入した。

メルケル氏の発言は、1947年にトルーマン大統領(当時)が米議会 で行った教書演説と似ている。これは1949年まで続く内戦が46年に始ま ったギリシャに対し、共産主義封じ込めのため軍事的および経済的な支 援を行うためのもので、同大統領は「この決定的な時期に、ギリシャと トルコを支援しなければ、西にも東にも遠く影響が及ぶ。直ちに断固た る行動を取らねばならない」と宣言した。

ギリシャは当時のドイツ連邦共和国(西ドイツ)より3年早い1952 年にNATOに加盟。同年にトルコも参加し、伝統的に仲の悪い両国が NATO傘下となった。トルーマン・ドクトリンとその後の欧州復興計 画のマーシャルプランでギリシャが得た援助は同国の成長を支えた。ト ルーマン氏のブロンズ像は1963年にギリシャ系米国人が建てた。

チプラス首相がメルケル独首相にブリュッセルで会おうとしていた 先週半ば、ギリシャのコザス外相は英オックスフォード大学での講演 で、数値に集中するよりも安全保障や繁栄、自由の追求を優先できるか を決定すべき時期が到来したと述べた。

同外相は「今日、地政学の役割はこれまで以上に重要だ」とし、 「われわれの世界は現在必要とされるものと将来必要になるものとの間 でせめぎあっている」と発言。さらにEUには長期的な視点が必要だと し、「四半期の収益ベースで考える株主総会やその場しのぎの行動では ない、将来を見据えた運営ができるかどうかだ」と続けた。

原題:Keeping Greece in the Euro May Have Nothing to Do With Finances(抜粋)

--取材協力:Tony Czuczka、Alan Crawford.

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