黒田ショックまで1年足らず、賃金加速の真相を見よ-フェルドマン氏

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日本銀行の大規模な国債買い入れが長引くと 見込む債券強気派は「いずれ大きな驚きに見舞われる」-。モルガン・ スタンレーMUFG証券のチーフエコノミスト、ロバート・フェルドマ ン氏は、物価を押し上げる賃金の上昇基調は公式統計が示すより強いた め、黒田東彦総裁は来年にも異次元緩和の縮小を始めると読む。

同社の推計データによると、労働時間当たり賃金の伸び率は2013年 3月にプラス圏に浮上して以降、上昇傾向となっている。フェルドマン 氏は9日のインタビューで、時給の伸び率は「あと1年くらいで2%程 度に達し、消費者物価も追って2%前後になっていく」と述べた。長期 金利の指標となる新発10年物国債利回りは来年半ばまでに足元の2倍超 となる1.25%へ上昇するとみている。

フェルドマン氏は、債券市場では日銀が年内にも追加緩和するとの 見方がなお多いが「賃金上昇の実態を分かっていない。デフレ脱却の真 相が理解されていけば、金利は徐々に上がっていく」と読む。黒田総裁 の物価見通しは2%インフレの厳密な達成時期はともかく「おおむね当 たる軌道に乗っている」と分析。出口戦略の具体論を語り始める「黒田 ショック」は来年春ごろになると予想する。

ブルームバーグが5月に実施したエコノミスト調査では、36人中25 人が今年度中の追加緩和を予想した。消費者物価が16年度前半ごろに2 %へ達するとの日銀予測が実現すると答えたのは2人だけだった。異次 元緩和の縮小を始める時期については、16年度が5人、17年度後半が5 人、18年度以降が13人、残りの13人は予見できないと回答した。

黒田総裁は10日の衆院財務金融委員会で、「2%の物価目標が安定 持続するまで量的・質的緩和を継続する姿勢に変わりはない」との立場 を繰り返しつつも、異次元緩和の永続は考えていないと表明。国債保有 額を日銀券の発行残高までに抑える「日銀券ルール」を異次元緩和の終 了時点で復活させる意向も示した。

世界的な金融危機を受けた前例のない金融緩和の縮小と国債利回り をめぐっては、2013年5月に米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナ ンキ議長(当時)が初めて量的緩和の縮小を示唆すると、米10年物国債 利回りが同年9月初めに3%台へと発言前の低水準から倍近く上昇する 「バーナンキショック」が起きた経緯がある。

スクランブルエッグと目玉焼き

フェルドマン氏は、財務省の「国の債務管理の在り方に関する懇談 会」の委員を務め、財政健全化や成長戦略に関する提言を続けている。 今回のインタビューでは、「債券市場にとって重要なのは賃金と物価の 関係だ。賃金は1人当たりではなく、1時間当たりを注視すべきだ」と 主張。「労働は基本的に商品で、企業にとっては投入コストだ。これが 持続的に上がっていくか否かが物価動向に影響する」と説明した。

総務省が発表した4月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除いたコ アCPI)は消費増税の影響を除くとゼロ%の伸びにとどまっている。 日銀は4月末の「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)で、2%へ の到達時期を従来の「15年度を中心とする期間」から「16年度前半ごろ 」に後ずれさせた。モルガン・スタンレーは来年1.5%、17-19年は消 費増税分を含めて年1.8%程度と予測している。

厚生労働省の毎月勤労統計では、1人当たり現金給与総額が4月に 前年比0.9%増加。物価の影響を除いた実質賃金は2年ぶりにプラスと なった。有効求人倍率は1.17とバブル期直後に当たる1992年3月以来の 高水準だ。

モルガン・スタンレーが算出する時給指数は、安倍晋三内閣が発足 した12年12月の前年比マイナス0.696%を底に、今年1月には1.713%と 98年6月以来の伸びを記録した。フェルドマン氏は「賃金の上昇はここ まで加速している。労働需給の逼迫(ひっぱく)を背景に、今後もこの トレンドが続くだろう」と述べた。

フェルドマン氏は、賃金動向の分析には「目玉焼きが大事なのに、 厚労省の統計はスクランブルエッグだ。黄身と白身を分けて考えなくて はいけない」と言う。一般労働者とパートタイマーの賃金格差が大きい ため、両者の構成比が変化すると計算結果が実態から離れて押し下げら れがちだと指摘。低賃金の新規雇用が増えると情勢が悪化したように見 える点も「違和感がある」と話した。

日銀の原田泰審議委員は4日のインタビューで、2%インフレの達 成には3%の賃金上昇が必要だとの見方について、労働生産性の1%を 加味すると「そのくらいになる可能性は強い」と指摘。ただ、「実際に はやってみなければ分からないので、現実の経済の動きを見ながら、物 価安定目標を優先してやっていく」と話した。

国債暴落にあらず

日銀が2%の物価目標を達成するためマネタリーベースを積み増す 「量的・質的金融緩和」を導入したのは13年4月。昨年10月末の追加緩 和では、入札を通じた政府の15年度市中発行額152.6兆円に対し、年率 で最大9割超に及ぶ長期国債買い入れ規模とした。

10年債利回りは1月に0.195%と過去最低を記録。11日には0.545% と昨年9月22日以来の水準に上昇した。ブルームバーグが集計した市場 関係者の予想では、来年半ばに0.63%が見込まれている。フェルドマン 氏らの見通し1.25%は、同利回りが11年4月以来の高水準に達すること を意味する。

フェルドマン氏は、同社が見込む来年の金利上昇はいわゆる国債暴 落ではなく、徐々に上がっていく「ソフトランディング」だと説明。安 倍内閣は「来年夏の参院選前にデフレ脱却宣言をしたいだろう」とみて いる。黒田総裁は異次元緩和からの出口に関する発言を来春に変化させ た後は「脱デフレを強調するのは政府に任せ、FRBと同じく『データ 次第』だという態度を貫けばよい」と述べた。

メリルリンチ日本証券の大﨑秀一債券ストラテジストは、日銀は参 院選と17年4月の消費増税第2弾の「合間に当たる16年10月あたりで国 債購入額を追加緩和前の年50兆円に戻すのが望ましい」と言う。「選挙 前の株安は避けたいだろうし、消費増税後は景気に下押し圧力がかかる 」と指摘。2回目の縮小は黒田総裁の退任直後に当たる18年4月が有力 で、異次元緩和の完全終了は「まだまだ先の話だろう」とみる。

欧米でも2%に届かず

パインブリッジ・インベストメンツ債券運用部の松川忠部長は、日 銀はデフレ脱却に向けた資産価格の押し上げと物価高による政治的な批 判への配慮という「相反する2つの命題を解かなくてはならない」と言 う。「粘り強く緩和を続け、景気の好転を伴う物価上昇にしなくてはな らないので、あと2-3年はかかる。円安が過度に進まないよう、市場 をなだめながらだましだまし続けていくしかない」とみる。

日銀が注視する消費者物価が2%に達したのは消費増税の影響や08 年夏の原油高を除けば1992年12月が最後だ。10年物の固定利付国債と物 価連動債の利回り格差(BEI、ブレーク・イーブン・インフレ率)が 示す予想インフレ率は1%強で推移している。

メリルリンチ日本証の大﨑氏は「2%目標に厳密にこだわれば出口 に到達する見通しは立たないが、米欧でも2%に届いていない。国債買 い入れは次第に厳しくなる」と指摘。大幅な円高懸念に乏しい中で景気 回復が続き、1%台半ばから後半になれば、異次元緩和で「空を飛ぼう としなければ、ジャンプも出来なかった」と一定の成果を強調し、出口 に向かう可能性もあると読む。

フェルドマン氏は、経済成長や物価上昇の中長期的な持続に必要な 潜在成長率の引き上げには「生産性の向上が非常に重要だ」と指摘。「 日本では労働市場改革などで年率3%ポイント程度の巨大な上昇が可能 だ」と言う。一方、増税だけでなく歳出抑制を伴う「財政再建をしっか り進めることが低金利継続の前提だ。信認が崩れれば、長期金利が急騰 する恐れがある」との見方も示した。

ひとたび国債暴落が起きてしまうと「長期金利は抑えられない。日 銀が国債買い入れを増やす大義名分もない」と指摘。「いわゆる金融抑 圧的な政策ミックスは市場に通用しない」と語った。

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