混雑世界一の東京地下鉄、秘密の指令所と熟練技で五輪にらむ

ゴールデンウィーク明けの月曜日、東京にい つもの通勤ラッシュが戻って来た。5月11日午前8時16分、地下鉄丸の 内線の新宿駅は幅12メートルのプラットホームが乗客の列で埋まってい る。焼きたてのパンの香りも漂う。

2番線に池袋方面行きの電車が近づくと、ホームの小さな電光掲示 板に「調」「50」と表示された。通常より50秒長く停車し乗車率を調整 することを意味する。2分後の列車が遅れてすでに混雑しているため だ。東京メトロによると、12秒遅れるごとに乗客が約80人増え混雑率 は10%ほど上がる。

カウントダウンが進む中、駅務助役の新井隆さん(58)はホーム中 ほどに設置された台座に登り全体を見渡す。「30、20、10…」。人がど んどん乗り込んでいく。「5、4、3…」。車内はすでにぎゅうぎゅう 詰めだ。ドアを目掛けてさらに人が走る。

「駆け込み乗車はおやめください」。マイクロホンで呼び掛ける新 井さんの声は、落ち着き丁寧でしっかりとしている。ドアが閉まり、手 や足、かばん、シャツ、ズボンなど何も挟まっていないのを確認する と、人差し指と声で出発を合図し、列車を送り出す。

1分後。もう次の列車が入線してきた。ギネスブックで世界で最も 乗降客が多いと認定された新宿駅。JR改札を抜けて地下鉄に押し寄せ る人の波は後を絶たない。

首都圏の通勤

東京の地下鉄・鉄道網は世界有数の大規模なオペレーションで、人 口約3800万人の首都圏の通勤・通学を支える。張り巡らされた鉄道網で 郊外から乗客を運ぶ車両は、都心に近づくにつれ混雑度が増す。正確な 運行システムを支えるのは、現場を預かる人たちの秒単位の作業と緻密 な連携だ。白手袋で乗客を押し込むのも重要な仕事になる。

1964年以来の開催となる2020年の東京五輪に向けて、首都圏のイン フラ整備も進んでいる。主要会場と選手村を結ぶ新しい道路に沿って開 発が進む虎ノ門エリアに日比谷線の新駅が計画されており、東京メトロ は約4000億円の設備投資を打ち出した。訪日客向けに無料の公衆無線 LANサービス「WiFi(ワイファイ)」の環境を向上させる予定 だ。

五輪客を地下鉄網でスムーズにさばけるかどうか。鍵は、郊外の住 宅地にたたずむ3階建てのビルが握る。外壁はベージュ色、施設名を示 す表示はない。こここそが、東京メトロの運行を取り仕切る心臓部であ る。

総合指令所

受付を過ぎて階段を上がりドアを開けると、「総合指令所」と書か れた木製の看板が壁に掛かっている。セキュリティ上の理由で所在地は 非公開。部屋の壁面には、東京メトロの9つの地下鉄線の運行状況を示 す巨大な電子掲示板が広がっている。

ある平日の午前8時23分。通勤・通学がピークを迎え、並んだ映像 モニターには混雑する各駅の様子が映っている。指令長の小池吉正さん (53)は24時間シフトの勤務を午前8時に始めたばかりだ。同僚の石塚 明さん(54)らとともに1日平均約680万人の乗客の流れを監視する。

この朝は小雨で列車の運行が遅れていた。東西線の東陽町駅では乗 客の1人が体調不良を起こした。現場で駅員が介護に当たる中、小池さ んらは先行する2本の列車に停車時間を長くするよう素早く指令を出 す。

「若干遅れてますね」。指令所の職員の1人がモニターを見ながら 言う。「3分くらいですかね」と別の1人が応答する。混雑で有名な東 西線では良くあるシーンだ。

あれこれ言わない

2人の背後で小池さんは黙って腕組みして立っている。「異常事態 でない限り、あまり朝のラッシュのときにあれこれ言わない。信頼して いるし、彼らもプライドがあるから」と言う。しかし「どこで何が起こ っているのか、報告がある前に気づけるように感覚は養っている」。

別の路線を担当する石塚さんも、テクノロジーだけに頼るのではな く、自分のデスクを離れ部下と直接コミニュケーションをとることを心 掛けている。「メモと鉛筆は絶対に持ち歩きます。書いたら忘れないか ら」と話す。「何かあったらそこに出て行って情報を仕入れて伝達す る。情報の共有は一番大事なところ」と語った。

午前9時23分、小池さんの元に2枚の書類が送られて来た。今朝の 出来事や遅れを記録したものだ。素早く目を通すと印鑑を押し社内での 情報共有のためにファクスで送る。東陽町での病人のほか、痴漢も1件 あった。最長の遅れは千代田線で11分36秒だった。

いつもスムーズに事が進むわけではない。非常時には折り返し運行 の指示、他の路線や別の交通機関への乗客の誘導、電力の復旧などに、 それぞれの専門家が指導できるようにスタンバイしている。

駅によっては平日の乗車率が200%近くに達し、乗客も職員もピリ ピリすることがある。新井さんは「緊張はある程度ある」と、プラット ホームでのシフトを終えて事務所に戻った後に語った。

新井さんは勤続40年。最後に頼りになるのは自分自身だという。円 滑な運行、安全の確保はやはり自分の目で確かめることが一番で、他か ら合図が出た場合でも「やはり自分で確認する」と明快だ。世界有数の 日本の大都市鉄道網は、多くのプロによって支えられている。

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