ゴールドマン辞めれなかった若手バンカーの死-働き詰めの末

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サーブシュレシュ・グプタ氏は死の1カ月前 に、ゴールドマン・サックス・グループで最も花形の投資銀行チームの アナリストという仕事を辞めようとした。

今年初めごろのハイテク業界関連案件のラッシュで午前5時まで徹 夜で働くのが日常茶飯事となった22歳の若者は、燃え尽きていた。ゴー ルドマンでの同僚の話や同氏の父親がウェブサイト「ミディアム」に載 せた手記が示している。しかし、いったん辞めた後すぐに同氏の気は変 わった。

「ゴールドマンで1年間を勤め上げ、職業人としての生活について 何かを学んでから決めることを私が望んだ」と父親は述懐している。 「私から強制され息子は復職した」という。

ゴールドマンは同氏の復帰を受け入れ、カウンセリングも受けさせ てくれた。事情に詳しい関係者2人が匿名を条件に述べた。しかし「辛 く、休憩も睡眠もとれず、一息つくこともできない働き詰め」の状態に 再び直面するのに時間はかからなかったと、父親が記している。4月16 日、グプタ氏はサンフランシスコの職場から午前2時40分に父親に電話 をかけてきた。

「息子は電話をかけてきて言った。『もう無理だ。2日間眠ってい ない。明朝には顧客との面談がある。プレゼンテーション資料を完成さ せなければならない。僕のバイスプレジデントはいら立っていて僕は自 分のオフィスで1人で働いているんだ』」と父は書いている。若きバン カーはその日のうちに死んだ。

過労対策

検視官の報告はまだ提出されていないが、グプタ氏の最後の数週間 の様子は、最も若手の従業員の過労を防ぐため銀行側が十分な措置を講 じているかという議論を再燃させそうだ。グプタ氏の死から6週間後、 投資銀行モーリスのバンカーで29歳だったトーマス・ヒューズ氏がニュ ーヨークの自宅前で遺体で発見された。ヒューズの部屋は24階で、警察 によれば遺体の様子は転落死を示唆している。

ゴールドマンを含めウォール街の金融機関は近年、新入社員の負担 軽減に取り組んできた。2013年に起きたバンク・オブ・アメリカ (BOA)のインターンの死をきっかけに、優秀な若者が投資銀行を生 涯の勤め先とは考えなくなることへの懸念などが改善を促した。

ゴールドマンは投資銀行職への登竜門であるアナリストの採用を増 やしたり、土曜の出社をやめるように促したりするほか、当初2年間を 契約社員として雇うのでなく最初から正社員として採用するなどの措置 を講じてきた。

週100時間労働

それでも週100時間労働は珍しくないし、顧客の都合で週末も簡単 につぶれる。ハイテク・メディア・通信業界担当チームのアナリストと してのグプタ氏の徹夜仕事は、重要顧客のためだったかもしれない。

ゴールドマンの広報担当マイケル・デュバリー氏は電子メールで、 グプタ氏の「死を悼み、ご家族の気持ちを深く思いやっている。プライ バシーを求めるご家族の希望を尊重してもらいたい」とコメントした。

ソーシャルメディアを通じてグプタ氏の遺族に接触しようとした が、コメントは得られなかった。グプタ氏の死について1日遅くに報じ た米紙ニューヨーク・タイムズが引用した父親の電子メールによれば、 ウェブサイトに手記を掲載したのは、「悲嘆に暮れている家族のためで あり、私自身の深い苦しみと折り合いをつけ、心を静めるため」だった という。

米ペンシルベニア大学で2つの学位を取ったグプタ氏は、1年前に ゴールドマンに入社した。同大学の広報担当ジナ・ブライアン氏によれ ば、ウォートン・ビジネス・スクールで金融学を学び、工学部では応 用・コンピューター科学を専攻した。リンクトインのプロフィルによる と、在学中には夏季インターンとしてドイツ銀行とクレディ・スイス・ グループでアナリストを務めていた。

原題:Young Banker Struggled With Quitting Goldman Before Death (1)(抜粋)

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