脱「とりあえず」の新戦場クラフト、自縄自縛のビール巨人が模索

冷えたビールを一気に飲み干し、仲間と1日 の仕事の疲れを癒す-。端田晶氏はこうして年間700リットルのビール を飲む。実に毎日2リットルのペースだ。同氏にとり、ビールは「明日 への活力剤」。ただ、そんな飲み方は今や時代遅れかもしれない。

戦後の高度成長期、会社は「一つの大家族」だった。現在、都内の ヱビスビール記念館で館長を務める端田氏(59)の新入社員当時、上司 は部下とビアホールでジョッキを酌み交わし、きずなを深めた。しかし 平成に入りバブルが崩壊すると、職場の雰囲気も酒の飲み方も変化。イ ンターネットなどストレス解消の選択肢が増え、20代を中心に酒離れが 進んだという。ビール類販売は2001年から14年までに16%減少した。

ビール各社はこれまで発泡酒、第3のビールと新機軸を打ち出し、 市場縮小にあらがってきた。今年もクラフトビールからプレミアムビー ル、ビールテイスト飲料、カロリーや糖質を減らした機能性商品に至る まで、消費者の幅広い嗜好(しこう)に訴えるべく、量・値段ではなく 価値を重視した商品を次々と投入している。

「一番搾り」が主力のキリンホールディングスは14年12月期に減収 減益だった。三宅占二社長は国内ビール市場について、淡い色で苦味の ある「ピルスナータイプ一本やりで、なおかつ価格競争一本やりで競争 してきたメーカーが、自縄自縛でビールのマーケットの幅を狭めてしま った」と2月の会見で話した。「ビールにもう一度注目していただけ る、そのための施策をしっかりと打っていきたい」と述べた。

とりあえずビール

「スーパードライ」を擁し、国内ビール類シェア首位のアサヒグル ープホールディングス奥田好秀取締役も戦略の見直しを進める。「昔は とりあえずビール」ということで宴会の開始時に全員分のビールがそろ っていたが、今はワインなど各自好きなものを飲むようになったとい う。選択肢が増える中で、ビールの新たな楽しみ方の提案をしたいと2 月の会見で話している。

こうした中、各社がこぞって参入しているのが「クラフトビー ル」。市場調査会社ユーロモニターの定義によると、独立した伝統的な 小規模醸造所で生産されたビールだ。国内では1994年の酒税法改正で、 ビール製造の免許取得に必要な最低製造量が引き下げられたのをきっか けに「地ビール」として各地の中小企業が次々に参入した経緯がある。 今もクラフトビールとしてそうした業者が静かに営んでいる。

「日本には素晴らしいクラフトビールがある」と米国でビール業者 向けのコンサルタント業を営むマット・シンプソン氏は話す。茨城県那 珂市の木内酒造が作る「常陸野ネストビール」は米国でも「極めて評価 が高い」が、一般的には日本のクラフトビール業者は小規模で「製造量 があまりに少ない」と電話インタビューで述べた。

中小クラフト業者

国税庁の13年の調査によると、キリンHDやアサヒなどの大手や試 験製造をしている業者を除きビールの製造免許を持つ147の企業や個人 が回答した。このうち141が中小企業者で、年間製造量が100キロリット ルに満たないのが115だった。そんな日本の小さなクラフトビール業界 に、昨年からビール大手が投資や新製品を相次いで発表している。

キリンHDは14年10月、子会社のキリンビールを通じ、長野県軽井 沢のビールメーカーで「よなよなエール」などを手掛けるヤッホーブル ーイングに出資し、33.4%の株主となった。ヤッホーは、旅館やホテル 運営の星野リゾートの子会社。発表によると、キリンビールは「クラフ トビール市場のリーディングカンパニー」と評するヤッホーの一部製品 を作る一方で、マーケティングのノウハウなどを吸収するという。

さらにキリンHDは今年1月に子会社を立ち上げ、クラフトビール の新ブランド「スプリングバレーブルワリー」を展開している。明治初 期の横浜の醸造所にちなんで名づけた。ラズベリー果汁を使ったルビー 色の製品や白ワインのような香りのものなどが並ぶ。ネット通販の他、 横浜の同醸造所跡に建てられたブルワリー併設店舗などで提供し、スー パーやコンビニエンスストアには出荷しない。

「作り手の感性」

「ビールが今一番おしゃれだよねとか、ビールが今一番かっこいい よねという状況にしていきたい」と同子会社の和田徹社長は話す。「作 り手の感性を楽しむビールがクラフト」であり、消費者との「新しい関 係づくり」を目指すという。

横浜の店舗に来ていた伊藤みささんは「小さいところでは独自性を 追求しているものが多いが、ここのは飲みやすかった」と話す。同ブラ ンド製品を試作段階から飲んでいたという後田亨さんは「かなり大衆向 けになった感はある。薄まった感じがする」と述べた。

サッポロホールディングスは3月18日、専門子会社を通じて販売す る新ブランド「クラフトラベル」を発表。5月26日からかんきつの香り がする製品などを提供する。やはり販路を絞り込み、現時点ではネット 通販や系列のビアホールなどでの提供にとどめる。

アサヒは2月、期間限定で販売する「クラフトマンシップ」ブラン ドの第一弾として、ダークブラウン色で苦味が強いタイプの商品を発 売。3月には淡い色の大麦麦芽を使用して醸造するペールエールも投入 された。いずれもコンビニ限定。

クラフトの存在感

ユーロモニターのデータによると、日本のビール類の販売は14年 が61億4730万リットルの見通しで、直近ピークの01年比で16%減少とな る。クラフトビールについては、国税庁が沖縄のオリオンビールを含め た大手5社を除くビール製造業者を「地ビール等製造業の概況」として 調査しており、最新の12年の統計だと合計販売量は2104万リットルだっ た。同年のビール類販売の0.3%に該当する。

米国でのクラフトビールの存在感は日本より大きい。ブリュワー ズ・アソシエーションの14年の統計によると、11%のシェアを持つ。

ただユーロモニターによると、日本国内でもクラフトビールは直近 のデータとなる14年1月から8月までの期間で前年同期比7%の伸びを 記録。サッポロHDは国内クラフト市場が20年にはビール類全体 の1.2%程度に達すると推測している。

ヱビスビール記念館の端田氏もクラフトビールのファンを自認す る。125年の歴史を誇るヱビスブランドの広報活動を務める傍ら、クラ フトビールの店にも頻繁に顔を出す。「ビールは白い泡と、黄色い液体 でガーッと飲むだけのものではなくて、赤かったり黒い泡を乗っけた り、うんちくを語る人がいたりするもの」で、料理との組み合わせなど 「ワインのように語るような」ものに向かっているという。

ヘビー級

こうした大手の動きを「非常に脅威」と話すのは、都内で70種類以 上のクラフトビールをそろえるパブ「麦酒倶楽部ポパイ」オーナーの青 木辰男氏(62)。小規模の製造業者は原材料コストが高くつくなどする ため、「今、大手が入ってくると、例えばヘビー級と超ライト級が戦っ ているようなもの」という。

クラフトビール参入を表明していないサントリーホールディングス は、高めの価格帯のプレミアムビールで攻勢をかける。希少品種のダイ アモンド麦芽などの素材を使った「マスターズドリーム」を3月17日か ら発売した。

同社によると、1瓶(305ミリリットル)は想定価格が税込で315円 と、「ザ・プレミアム・モルツ」1缶(350ミリリットル)より約2割 高い。子会社サントリービールの水谷徹社長は「価値で競争したいとい う熱い思いで出している商品」だという。

健康に気を使う消費者にアピールする新商品も投入が相次ぐ。キリ ンビールが1月から販売している「のどごしオールライト」はプリン体 や糖質が「ゼロ」。サッポロビールは「極ZERO」を2月にリニュー アル、従来からのプリン体、糖質に加え、人工甘味料もゼロにした。

30年以上に渡ってビール市場の最前線に身を置いてきたヱビスビー ル記念館の端田氏は、コモディティー化した「手軽な飲み物」ではない ビールの将来を思い描く。「もうちょっと語れる、もうちょっと生活に 潤いを与えてくれるもの」が同氏の夢だ。