「フラッシュ・クラッシュ」逮捕劇で噴出した疑問-M・ルイス

米商品先物取引委員会(CFTC) が英国人トレーダーのナビンダー・シン・サラオ容疑者を摘発した事件 で最初に抱く疑問は、なぜ5年もかかったのかという点だ。

ロンドンのヒースロー空港近くで両親と同居する男が、米国株先物 に大量の売り注文を出すと見せかけた。すると、2010年5月6日の相場 はあっという間に急落した。この2つの出来事に何らかの因果関係があ ったかもしれないとの判断に大集団の米金融規制当局が至るまで、5年 の年月を要したのだ。全く理解できない。

各種報道によれば、CFTCには立件できるほど十分な情報を持ち 合わせていなかったようだ。相場急落の「フラッシュ・クラッシュ」の 後、CFTCは同日執行された取引だけに焦点を絞り、取引執行のつも りはない注文には目を向けなかった。内部告発者が先物市場の実情を説 明するまでその態勢が続いたというのだが、そんなはずはないだろう。

フラッシュ・クラッシュの直後、市場データ会社ネイネックス(本 社シカゴ)の創業者、エリック・ハンセーダー氏は同じ日に疑わしいト レーディング活動がたくさんあったことを察知している。例えば、取引 するつもりがないのに1つの銘柄に1秒間に計5000ものクオート(気配 値)が複数の高頻度取引(HFT)会社から出ていた。ネイネックス は10年6月18日にこれらの調査結果をリポートで発表している。

CFTCは何をやっていたのか

このリポートを翌週の6月23日に、ウェブサイトのゼロ・ヘッジが 掲載。その2日後、CFTCのチーフエコノミスト、アンドレイ・キリ レンコ氏がハンセーダー氏に電子メールを送っている。ハンセーダー氏 によれば、同氏は首都ワシントンに招待され、CFTCで委員長を含め あらゆる関係者に話をした。その後、ネイネックスはCFTCから出張 してきたプログラマーに1日かけて同社のデータの読み方を伝授。フラ ッシュ・クラッシュのデータを持たせて同プログラマーをワシントンに 帰したが、その後この件に関して音沙汰はなかったという。

10年10月、ハンセーダー氏は引き続きフラッシュ・クラッシュのデ ータを詳しく調べていたが、「10月7日から14日の間にサラオ容疑者に よるスプーフィング(見せ玉)に気付いた」と同氏は話す。どこか大手 HFT会社のアルゴリズムの仕業だろうと考えた同氏は、CFTCに電 話でこの件を伝えたが、驚くことにCFTCはその時点でまだ何も発見 できていなかった。「CFTCには当社からのデータがあり、10年8月 にはそれを活用する能力があったことは重要だ」と同氏は指摘。先物に 詳しいCFTCだから「瞬時に分かったはずだ」と続けた。

こうなると、新たな疑問が湧く。情報を持ち合わせていながら5年 も放置するのなら、なぜそのまま知らぬふりをしなかったのかという疑 問だ。この件を今になって表沙汰にすると決めたCFTCの当事者ら は、自分たちが渦中に置かれると分かっていたはずだ。だから、ある意 味で勇敢な行為とも言える。

SECは大恥

CFTCはすでに、その不手際をメディアにやゆされ、今後は間違 いなく議会のさまざまな委員会で質問攻めに遭うだろう。おかげで米証 券取引委員会(SEC)も大恥をかいた。SECはフラッシュ・クラッ シュに関する報告書でアルゴリズムを駆使するトレーダーらの悪質行為 の数々には触れず、相場急落の主因としてカンザス州の資産運用会社の 単純ミスを挙げていたからだ。SECとCFTCの共同報告書をまとめ た執筆者らは、急落当日に米市場で何が起きていたかを示す大量の情報 がCFTCから入手可能であったにもかかわらず、あえて手に入れよう としなかったか、あるいは意図的に無視したことになる。その理由を世 界は知りたがるだろう。

そもそも米国株市場の操作を図るトレーダーは、市場そのものの抵 抗に遭う。フラッシュ・クラッシュが起きたとき、サラオ容疑者は発注 と決済に経営破綻前のMFグローバルを使ったようだが、同社には容疑 者がやろうとしていたことが見えなかったのだろうか。今ではHFTの インフラを貸し出す一大ビジネスがウォール街に出現しているが、この ビジネスは顧客の行動にブローカーは関知しないという了解の上に成り 立っているのだろうか。HFTの技術を貸し出す大手金融機関には、そ れを使って顧客が取った行動への責任はないのか。同じ意味で、米国の 証券取引所にはそこで起きることへの責任はないのだろうか。

引っ掛かったのは誰だ

サラオ容疑者が市場操作を図った注文は、シカゴ・マーカンタイル 取引所(CME)に出されたというが、同取引所はなぜ気付かなかった のだろうか。あるいは気付いても、HFT顧客にはよくあることだと気 にも留めなかったということなのか。

そして最大の疑問はこれだ。違法注文はほぼ同じ規模の先物の売り 買いのみだったサラオ容疑者が、どのように株式市場を震撼させる急落 を引き起こせたのかという点だ。同容疑者はあの日、実際に売りは行っ ていない。市場をだまして相場が下がったところでもっと安く買おうと していただけだ。このトリックに誰が引っ掛かったのか。

さらには、このトリックはイケるかもしれないとサラオ容疑者が思 ったいきさつが分かれば、なお興味深い。突拍子もないエピソードがま だ、ここには眠っている。株取引を執行する機械を打ち負かす方法を賢 い英国人トレーダーが思いつき、勝負に出る。相場を下げに導くトリッ クにせっせと取り組んでいたある日、これまで見たことのないような劇 的な急落が目の前で展開する。当の本人は自宅があるハウンズローに身 を潜める穴を掘るでも、国外逃亡するでもなく、両親の家にとどまり相 変わらずスプーフィングを続ける。忘れていたころに突然、不正をとが められショックを受ける。約束事を守らなかったという行為は金融の世 界では珍しいことではない。今回のケースはそうした世界のパロディー だ。(マイケル・ルイス)

(マイケル・ルイス氏はブルームバーグ・ビューのコラムニストです。 このコラムの内容は同氏自身の見解です)

原題:Some of the Flash Crash Story Just Makes No Sense: Michael Lewis(抜粋)

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