巨大地震、津波を受けた東京電力の福島第一 原発事故から4年--。福島県内の原発に近い地域を歩くと、事故当初 にはなかった賠償金への過度な依存を不安視する声や、住民間に生まれ た亀裂を懸念する声が上がる。他の被災地と比べて際立って自殺者が多 いといった事実もあり、原発事故の爪あとはくっきりと残っている。

「これを続けていくことが自立につながるのか」。双葉町出身で福 島県楢葉町住民福祉課の玉根幸恵保健衛生係長は、賠償金が落とす影に 不安を募らせている。

精神的損害への賠償として双葉町や大熊町など帰宅困難区域の住民 は1人当たり1450万円、楢葉町など避難指示解除準備区域の住民は1人 当たり月10万円を受け取る。これ以外に家や土地などの賠償のほか、事 業の営業損害に対する賠償や避難で就労不能となった場合の賠償など、 事故前の生活状況に応じた各種の支払いがある。医療費や仮設住宅の費 用も無料だ。

不労所得が生まれ、親が働かなくても暮らせる環境で子供がどう育 つのか。受け取る賠償額の差から住民間の間に生まれる溝が、人々の暮 らしや心にどう影響するのか。玉根氏は、賠償金の本来の目的とは異な る副作用に目を向けている。

東電がこれまでに被災者に支払った賠償金総額は4兆7125億円に上 る。東電の広瀬直己社長は2月14日、記者団の取材に対してすべてを賠 償金で解決できるとは思っていないと話した。原発事故から4年が経過 し賠償の在り方にも工夫が必要となる。今後の自立支援について広瀬氏 は、国や自治体も交えた「政策的な取り組みも必要」と述べた。

原発は麻薬

原発は麻薬。玉根氏はそう形容する。40年以上前に楢葉町に福島第 二原子力発電所を誘致したことで、出稼ぎが必要だった町は原発で食べ ていくことのできる町へと変貌した。そして事故。精神的苦痛、住む場 所、働く場所の代償として多額の賠償金が支払われることとなった。

現在は大半が避難指示解除準備区域に指定されている楢葉町は、県 内でも大熊町、広野町に続き3番目に財政力が高い。総務省によると財 政力指数の高さは2013年度でも全国でも上位1割に入る。しかし、重要 な歳入源だった原発は廃炉の方向となっており、主要産業だった農業も 高齢化や放射能汚染の影響でどの程度再開できるのか不透明な情勢だ。

楢葉町も新たな産業の育成や雇用創出を目指している。工業団地の 整備などを進めており、すでに住友金属鉱山の子会社の工場誘致に成功 した。同町の松本幸英町長は、より多くの町民が「戻った方がいい」と 思えるようなまちづくりを進めたいと話した。

楢葉町からいわき市に避難している高原カネ子さん(66)は、「何 もなければ、こんな田舎の町でとみんな不平不満を言いながらも住んで いたかもしれない」と想像する。しかし「いざ帰れない町になると、逆 に恋しくなる」と話す。夫に先立たれて15年。嫁いだ長女と次女は避難 先のいわき市に居を構えることを決めた。しかし、高原さんは楢葉町の 自宅に戻り、避難中も続けてきた吊るし雛や太鼓教室の指導を続けてい くつもりだ。

急速な高齢化

楢葉町の住民意向調査によると、避難指示解除後に「すぐに戻る」 と回答した人の割合は30代世帯で2.3%、40代世帯で3.7%だったのに対 し、70代以上の世帯は13.4%と高い。飯館村や川俣町など避難指示解除 準備区域を含む他の町村も同様の傾向を示しており、急速な高齢化が懸 念されている。

高原さんは帰町に伴う不安を箇条書きで書き留めている。放射能や 避難計画など原発に関するものに加え、生活基盤や医療福祉、防犯に至 るまで、列挙された不安はA4用紙で4枚。それでも高原さんが戻るの は、子供や孫たちにとって心の拠り所になるはずの故郷を守ることが原 発を誘致した世代の責任の取り方であり、将来の世代への償いだと考え ているためだ。

いわき市には双葉郡の6町村から避難者が集中し、人口の増加で不 動産価格の上昇や交通渋滞をもたらした。高原さんによると、賠償金を 元手に避難住民が家を建てると原発御殿と揶揄(やゆ)され、知人の車 には「早く帰れ!」とひっかき傷がつけられるなど、避難住民といわき 市民の間にあつれきが生まれている。

人災

国会の東京電力・福島原子力発電所事故調査委員会は12年7月、規 制当局によるチェック機能が崩壊し、事前の対策も怠っていたことか ら、原発事故は地震と津波による自然災害ではなく「あきらかに『人 災』である」と報告書に明記した。

楢葉町住民福祉課の玉根氏は、原発事故が自然災害ではなく人災で あることや、金銭面の不公平さが重なったことで、一部の地域では他の 被災地でみられた震災後の復興に「皆で頑張ろう」という空気が生まれ ていないと指摘する。

福島県立医科大学で災害が人の心に及ぼす影響について研究してい る前田正治教授は、「3-4年が過ぎるとだんだんと疲れが出てきて、 支援も終わり始める」と話す。世間の関心も事故当初と比べると薄れて おり「メンタル面からするとここからが重要になる」と警戒している。

増える心の病

前田氏は過去の研究から明らかになっていることとして「天災より も人災や犯罪の方が、トラウマが非常に大きくなる」と述べた。福島県 民はうつなど心の病を抱えた人の割合が全国平均に比べて高く、楢葉町 や大熊町など原発の立地自治体では悪化傾向にあることが県や各町の調 べで分かっている。

政府によると、震災に関連する自殺者142人の4割を福島県民が占 めた。震災後に肉体や精神的疲労が原因で亡くなったり自殺に追い込ま れたりした震災関連死は岩手、宮城でそれぞれ446人、900人と津波や地 震による直接死の10分1の水準にとどまっているのに対し、福島の関連 死は1793人で直接死の1611人を上回っている。

国立精神・神経医療研究センターで自殺対策を研究している大野 裕・認知行動医療センター長は、やりがいを見つけて自ら回復していく という行動活性化を提唱する。故郷を失い孤立した被災者にとって「コ ミュニティの中で存在できるようにしていくことが非常に重要」とい う。政府も住宅や産業の再建に加えて、昨夏からは心の復興やコミュニ ティの回復などに向けた相談員や復興支援員の拡充を図っている。

20年後の日本

福島県立医科大の大平哲也教授によると、双葉郡8町村の住民の平 均体重は震災後1.2-3キログラム程度増加したという。震災前は自分 で野菜を育てていた人が避難で畑で体を動かす機会を奪われ、代わりに 惣菜を購入して済ませるなど生活習慣が変化したためだ。避難生活のス トレスも肥満の一因とされている。

大平氏は将来的な循環器の疾患や医療費の増加を懸念している。福 島県国民健康保険団体連合会によると、すでに県内の医療費が増加して おり、13年度の1人当たりの医療費増加率は10年度対比で福島県全体で は11%、楢葉町は32%、双葉郡8町村では25%だった。

肥満はがんの危険性を増大させるリスクの一つであるため、大平氏 は「将来的に放射線の影響でがんが増えたのか、肥満の影響で増えたの か、今のままではわからなくなってしまう」と指摘した。

原発事故で避難を強いられた地域ではこれから急速に高齢化が進 み、他の地域よりも一歩先に「20年後の日本」の姿になると同氏は考え ている。そのため、肥満の改善やストレスの緩和、医療費の低下といっ た課題に地域としてどう取り組むかは、今後、日本国内のさまざまな地 域にとってモデルケースになると大平氏はみている。

--取材協力:Chisaki Watanabe.

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