官邸と財務省の駆け引き、アベノミクスに軍配-消費再増税延期

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クリントン元米大統領が懸念していた日本の 経済財政政策をめぐる官僚の影響力は、その後も20年以上続いている。 そのクリントン氏にとって朗報なのは、来年10月に予定されていた消費 税率10%への引き上げをめぐる官邸と日本最強の官庁と言われる財務省 の駆け引きで、官邸に軍配が上がったことだ。

クリントン大統領時代の1994年、米国は当時世界第2位の経済大国 日本の閉鎖性を打破するため、日本の官僚体制に対する批判姿勢を強め ていた。「省庁の中の省庁」と言われる財務省は90年代後半以降、影響 力が弱まってきたものの、民主党政権下の2012年の消費増税実施に向け た3党合意では主導的な役割を果たした。

「昭和の妖怪」と言われた岸信介元首相の孫である安倍晋三首相 は11月、消費再増税の延期を決め、財政再建を進めたい財務省に打撃を 与えた。首相は高い支持率を背景に、解散総選挙に打って出、自民・公 明の連立与党は圧勝した。首相は2018年まで政権を担当するチャンスが 開け、官邸主導の政治体制に向けて足固めができる。

安倍首相は15日、自民党本部で行った記者会見で「アベノミクスを さらに前進せよという声を国民からいただいた。3本の矢の経済政策を さらに強く大胆に実施する」と述べるとともに、「この道をぶれること なくしっかりとまっすぐに進む」と表明した。

日本総研の翁百合副理事長は「安倍首相は消費税で民意を問うこと で主導権を握った。選挙に勝てば首相の影響力が強くなり、財務省に対 し優位に立つ」と指摘。その上で、「首相が本格的な財政再建に取り組 むことができるかどうかが一番の関心だ」と述べた。

麻生太郎財務相は財務省の意向を受け、安倍首相に消費増税を予定 通り実施するよう説得に当たったが、景気条項を撤廃し、17年4月 に10%に引き上げると確約することで逆に説き伏せられた。首相は先 月18日の記者会見で、消費増税を1年半延期しても20年度に基礎的財政 収支の黒字化を目指する財政健全化目標を堅持すると表明。同省は消費 増税の実現のため、安倍政権を全面的に支える構えだ。

安倍首相の政策ブレーンの一人、浜田宏一内閣官房参与は、政府内 で「財務省主導の政策決定は変化しつつある。この状況は続く」とした 上で、「日本はこれまでの政策がうまくいっておらず、変化が必要だと いうことに気づいた」との見方を示した。

最重要課題

予算と税を所管する財務省にとって、財政均衡は至上命題。日本の 長期債務は国・地方合わせて1000兆円超と国内総生産(GDP)の約2 倍に上る。少子高齢化に伴う社会保障関係費の増加で赤字が膨らむ中、 消費増税は避けて通れない最重要課題だ。

消費再増税については3党合意に自民党総裁として参加した谷垣禎 一幹事長など与党内でも予定通りの実施を求める声が強かった。安倍首 相は先月30日、フジテレビの新報道2001で再増税に向けて「財務省がす ごい勢いで根回しをし、党内全体がその雰囲気になっていた」と明かし た上で、「大きな船を方向転換する以上、解散総選挙という手法で党 内、与党も含め、役所も皆で向かっていく」との姿勢を見せていた。

財務省OBでもある本田悦朗内閣官房参与は浜田氏とともに増税よ りも成長を優先すべきだと増税先送り論を展開した。本田氏はかつての 同僚について「財務官僚は税率を上げれば税収が増え、支出を増やす余 力ができるという直線的思考を持っている。国を深く思う気持ちは尊敬 する。ただ、考え方が異なる」との見方を示した。

政権退陣

消費税に関わった歴代政権は退陣に追い込まれている。1989年に 3%の消費税を導入した竹下登政権は、その後、リクルート事件の余波 もあり同年に退陣。クリントン政権は政治改革を掲げて93年に発足した 細川護煕政権を支持したが、1年に満たない短期政権に終わった。94年 に表明した税率7%の国民福祉税構想が引き金だった。

橋本龍太郎内閣が97年に5%へ引き上げた際には、直後にアジア通 貨危機や山一証券の破たんなどの金融不安が起こり、景気が失速。同内 閣は翌年の参院選で大敗し、退陣した。17年ぶりの消費増税へと道筋を つけた民主党の野田佳彦政権も12年の衆院選で大敗を喫し、自民党政権 に増税の実施を委ねる結果となった。

官邸に近い関係者によると、安倍首相は自らの政権時に2度にわた って政治生命をかけて増税をすることに難色を示していたという。安倍 首相は今年4月、アベノミクス効果による景気回復を明確に示す経済指 標を追い風に税率を8%に引き上げた。

しかし、その後、4-6月期のGDPが増税後の需要の反動減で大 幅な落ち込みを示し、情勢は一変。消費増税による景気の腰折れ懸念が 強まった。首相が判断材料に上げていた7-9月期もプラスに転じるこ となく、2四半期連続のマイナス成長となった。

悪役の影響力

本田氏はその間、「財務省が人海戦術を使い、学者やエコノミス ト、メディアまで、あらゆるところに根回しに行った」と振り返る。そ こで、同様に消費増税先送りを主張していたノーベル経済学賞受賞者の ポール・クルーグマン氏と首相との面会を演出した。

政治家ら関係者に徹底的に根回しをし、政策を実現に導くのが財務 省の手法だ。今回は皮肉にもそれがきっかけで消費増税を阻まれた。同 省の権力の源は予算と税制に関する実務の掌握だが、政治の同意なく決 定できないこともあらためて認識させられた。

「財務省は政治のアンカーの役割を持つ悪役」。東京大学の牧原出 教授はそう解説する。国民を敵に回し、歳出削減や増税を率先して進め ることは政治にはできない。「政治がオーソライズする過程で、財務省 が原案を描き悪役を意図的に買って出ている。影響力は当然強い。同省 の力が弱くなれば財政破綻につながる」との懸念を示した。

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