追加緩和で量的・質的緩和に効果ないことが示された-須田氏

元日本銀行審議委員の須田美矢子氏 は、日銀が10月31日に踏み切った追加緩和について、昨年4月に導入し た量的・質的金融緩和の効果がなかったことを自ら認めたことと同じ で、黒田東彦総裁が「所期の効果を発揮している」と主張し続けている ことに「大きな違和感がある」と述べた。

須田氏は2001年から11年まで審議委員を務めた。現在キヤノングロ ーバル戦略研究所特別顧問の同氏は11月28日のインタビューで、「結果 論からすれば、昨年4月の量的・質的金融緩和の効果は思ったほどでは なかったということであり、今回、追加緩和に踏み切ったこと自体、そ のことを認めたことになる」と話す。

日銀が国債発行額のほぼ全額を買い入れる一方、安倍晋三首相は来 年10月に予定していた消費増税の先送りを決めた。中央銀行が政府の財 政資金をファイナンスするマネタイゼーションだという批判も多い。須 田氏は「最大の懸念は、事実上のマネタイゼーションから抜け出せなく なり、物価が上がって2%で止められなくなるリスクだ」と語る。

量的・質的金融緩和の導入から1年半たち、消費者物価はしばらく の間、1%台前半で推移した後、再び上向くと想定していたのが、逆に 下がってきたことで、日銀は追加緩和を余儀なくされた。

日銀は追加緩和の理由として「短期的とはいえ、現在の物価下押し 圧力が残存する場合、これまで着実に進んできたデフレマインドの転換 が遅延するリスクがある。日銀としては、こうしたリスクの顕現化を未 然に防ぎ、好転している期待形成のモメンタムを維持するため、ここで 量的・質的金融緩和を拡大することが適当と判断した」と言う。

物価の「下振れリスクが大きい」

黒田総裁は10月31日の会見で、追加緩和により「十分リスクに対応 できる」と語った。しかし、同日公表した経済・物価情勢の展望(展望 リポート)は追加緩和の効果を織り込んで作成したにもかかわらず、物 価の先行きは「中長期的な予想物価上昇率の動向などをめぐって不確実 性は大きく、下振れリスクが大きい」と指摘した。

須田氏は「本当に効果のある政策を取ったのであれば、リスクは上 下バランスするはずだ。追加緩和をやりながら、下振れリスクは依然と して大きいというのであれば、それは政策対応が不十分だということに 他ならないので、十分な措置を取ったというのはおかしい」と語る。

日銀は量的・質的金融緩和によって期待インフレを引き上げること を何より重視している。須田氏は「期待インフレを上げると同時に長期 金利を低位に抑えることで実質金利を引き下げ、それが投資や消費を促 すというのが波及メカニズムだと説明しているが、そのような効果が発 揮されたとは言いがたい」と指摘する。

円安効果を「口が裂けても言えない」不幸

さらに、「2013年第1四半期からここまでの実質GDPはほんのわ ずかしか増えていない。消費はマイナス、設備投資は少し増えている が、企業行動を見る限り、金融緩和で実質金利が低下したから設備投資 を行ったということはあり得ない」と言う。

追加緩和を好感し、株価は上昇した。須田氏は「資産価格に影響を 与えた面はあるかもしれないが、それがどれだけ実体経済に影響したか はよくわからない。多くの人は実際に効果があるのは円安だと考えてい るが、当事者は主たる効果が円安だとは口が裂けても言えない。それも 効果を論じる上で不幸なことだ」と語る。

追加緩和により日銀の長期国債買い入れ額は月間約10兆円と、国債 発行額のほぼ全額、ネットの年間新規発行額の倍の規模になる。黒田総 裁は10月31日の会見で、2回の消費増税を「前提にして見通しを立て、 金融政策を運営している」と述べた。

一方で、9月5日の会見では、消費増税を行わない場合、「それに よって、仮に政府の財政健全化の意思や努力について市場から疑念を持 たれると、確率は非常に低いとは思うが、そのような事態が起こってし まうと政府・日銀としても対応のしようがないということにもなりかね ない」と述べた。

めったに起こらないリスクの確度は上昇

須田氏は「めったに起こらないリスクの確度は高まっている。中長 期的な財政再建の取り組みは行われておらず、このままでは消費税率 が30%でも持たないほど財政は悪化している。事実上のマネタイゼーシ ョンで出口を出られるはずないという見方が強まると、制御できないイ ンフレになる可能性がだんだん高まってくる」と言う。

昨年4月は日本が大きく変わるという期待感もあって高く評価され たが、今回の追加緩和に対しては世論も批判的だ。読売新聞が11月7- 9日に実施した調査では、追加緩和を「評価しない」が42%と「評価す る」の39%を上回った。NHKが同期間に実施した調査でも、「悪い面 の方が大きい」が20%と「良い面の方が大きい」の14%を上回った。

須田氏は「大きく収益を上げているのはグローバルな輸出企業だけ で、多くの日本企業は競争力低下で賃金をそれほど上げられない。一方 で円安はコスト高に直結する。先に物価が上がって賃金はそう簡単に上 がらない。金融緩和、そして円安によって国民にメリットが波及するに はすごく時間がかかることが今回よく分かったはずだ」と語る。

日銀法の理念は「健全な経済発展に資する」

日銀法第2条は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な 発展に資することをもって、その理念とする」としている。須田氏は 「多くの国民にとって急いで物価を上げることは決して望ましいことで はない。国民経済の健全な発展に資することがより大事だ。時間をかけ て上げていく方が望ましいというのが国民の評価だ」と指摘する。

須田氏は10年間の審議委員時代、速水優、福井俊彦、白川方明の3 代の総裁と政策委員会で議論を戦わせてきた。「速水、福井、白川時代 は、総裁と執行部との間に、もっと緊張関係があった。今ほど総裁と執 行部が一体化している時期はないのではないか」と言う。

さらに、「現在のような完全な非伝統的政策は、長期国債やリスク 資産をどれだけ買い入れるかについて、リスク量などを考えると、審議 委員が実現可能性のある提案をしようと思えば、執行部の力なしにはで きない。総裁と執行部が一体化してしまうと、何かおかしいと思って も、自由に意見を言える雰囲気があるのか疑問がある」と話す。

「出口は次の人」は怖い

須田氏は「バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長が本 気で出口の議論を始めたのは、どれだけ損失が発生するかという試算を 執行部が出したのがきっかけだ。出口で本当に何が起こるのか、そのコ ストが実際に示されれば、量的・質的緩和の怖さ、いつまでもこんなこ とを続けられないという理解も出てくるはずだ」と指摘する。

その上で、「量的・質的緩和の出口が現実のものになる前に議論を 始めるべきだ。実際に議論をすることが財政の緊張にもつながる。出口 の過程は極めて長期にわたる可能性がある。自らの任期中に出口はない と思ってしまったら、真剣には考えないだろう。自らは目標を達成する だけで、出口は次の人が考えればいい、となると怖い」と危惧する。

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