36歳で億万長者の石油王、債券トレーディングでの挫折が転機

ブライアン・シェフィールド氏 は1997年に米テキサス州ミッドランドを後にした時、故郷に戻るつもり はなかった。父親と祖父はこの砂埃(ほこり)が舞う平野で油井を掘削 して富を築き、浮き沈みの激しい石油業界の荒波を生き抜いた。一方、 シェフィールド氏は、金融業界でキャリアを積むことを目指していた。

経営学の学士号を取得後、シカゴに移り先物取引に携わった。20代 後半までイベリア半島(英領)ジブラルタルにあるオフィスでドイツ債 券を取引し、スペインの海辺の町コスタデルソルに住んでいた。

「石油業界の人間になるなどと夢にも思わなかった。磁石に引き付 けられるように戻ってきた」。ミッドランドの西方数マイルの場所に設 置されたポンプの近くに駐車した自家用車、米ゼネラル・モーターズ (GM)製の黒いスポーツ型多目的車(SUV)「GMCデナリ」の運 転席に座り、シェフィールド氏はそう振り返る。このポンプは、同氏の 祖父が約30年前に掘削した油井から日量2-3バレルの原油をくみ上げ ている。

シェフィールド氏が石油業界に引き付けられた理由の一つは、金利 スワップとソブリン債のトレーディングに見切りを付けざるを得なかっ たからだ。ブルームバーグ・マーケッツ誌12月号が報じている。同氏に よると、トレーディング部門で勤務していた当時の年収は10万ドル(現 在の為替レートで約1160万円)を超えることはなかった。「私はぱっと しないトレーダーだった。友人が数百ドルのワインを注文しているのを 横目に私はビールを飲んでいた」

シェフィールド氏(36)は今では高い飲み物を注文できる。テキサ ス州に戻ってから7年の間に、急成長を遂げる石油・ガス会社を築き上 げた。ミッドランド周辺に650本の油井と将来掘削予定の約4000カ所を 擁する。シェフィールド氏と同氏が率いるパースリー・エナジーは最新 の水平掘削と水圧破砕の技術を駆使し、これまで多くの石油業界の関係 者たちが音を上げてきた広大な石油鉱床を開発している。

不経済な油田

シェフィールド氏の成功は、国産原油供給の増加と輸入削減につな がった米国のシェールブームを形作る多くの物語の一つに数えることが できるかもしれない。シェフィールド氏は瞬く間に成功を手に入れた。 パースリー・エナジーの株式を公開した5月に、同社の創業者、最高経 営責任者(CEO)、そして筆頭株主として億万長者の仲間入りを果たし た。原油相場とシェール掘削会社の株価の最近の下落により資産評価額 は10億ドルを下回ったものの、少なくとも現時点では石油業界で最年少 の億万長者だ。

ブルームバーグ・ビリオネア指数によれば、40歳未満で億万長者と 見なされた人は世界中でこれまでに20人余り。その中で、シェフィール ド氏はテクノロジー業界以外で富を自分自身の手で築き上げたただ一人 の人物だ。

原油はミッドランドの近くで1943年に発見された。地下約2100メー トルに原油が眠る鉱床は「スプラベリー・トレンド」と呼ばれ、広大な パーミアン盆地の一部を成す。米エネルギー情報局(EIA)によれ ば、確認埋蔵量でスプラベリーを上回るのはアラスカ州のプルドー湾油 田だけだ。

しかし、この場所での原油の採掘は困難だった。原油発見から10年 後の53年に、米誌タイムはスプラベリーを世界最大の不経済な油田と報 じた。

そんな期待外れの油田でも一部の掘削業者は数十年の間に成功を収 めた。シェフィールド氏の祖先はその中でも注目に値する。60年代後 半、ジョー・パースリー氏と友人のハワード・パーカー氏は後にパーカ ー・アンド・パースリー・ペトロリアムとなる企業を創業。両氏はスプ ラベリーで利益を上げ、その後、パースリー氏の義理の息子でブライア ン氏の父親であるスコット・シェフィールド氏が事業に加わった。

ブライアン・シェフィールド氏は2007年に、祖父が何年も前に掘削 した油井109本の管理を手掛け、事業に参加し始めた。しかし、料金を 徴収し保守点検要員を監督するだけの業務にはほとんど魅力を感じなか った。業界について徹底的に学ぶ時期だと決心した。

あるのは熱意だけ

09年にシェフィールド氏は自身の掘削プロジェクトのための資金調 達を開始。カーティス・ケイエム氏から50万ドルを借り入れた。ケイエ ム氏の父親はパーカー・アンド・パースリーにパイプを供給していた。 返済期間は5年。融資継続の条件としてケイエム氏は、計画はあるが資 産はない企業の株式の10%を取得した。あったのは「熱意だけだった」 とシェフィールド氏は話す。

金融危機と世界的リセッション(景気後退)で原油価格が5年ぶり の安値に下落する中、シェフィールド氏はケイエム氏から借りた資金で 失効したリース権の購入を開始した。さらに、既にリースされている上 部の地層の下を掘削できる権利を取得する先見の明も発揮した。

当時、水平掘削と油井を刺激する技術の採用が本格化し始めたとこ ろで、水圧破砕によるシェール革命は産声を上げたばかりだった。シェ フィールド氏は、予測可能な利益に重点を置くという祖父の助言に従い ながら老朽化した油田からなるべく多くの原油を絞り取ることを目指し た。同氏はすぐに新たな掘削技術がさらなる大きな利益につながる可能 性に気付いた。

シェフィールド氏は、石油業界、そしてミッドランド以外の場所で 富を築こうと考えていたころを思い出すと愉快になるという。「そんな ことを考えていたなんて信じられない」と語った。

原題:Youngest Oil Tycoon Finds Fortune in Texas After Washout Trading(抜粋)

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
    LEARN MORE