年金積立金管理運用独立行政法人( GPIF)が国債売却や日本株買い増しを進める前に新たな資産構成の 目標値を発表するのは「ばかげた話」だ-。公的・準公的資金の運用・ リスク管理を見直す政府の有識者会議で座長を務めた伊藤隆敏政策研究 大学院大学教授は、GPIFが保有資産の入れ替えをすぐ始めるべきだ と主張する。

伊藤教授は14日のインタビューで、新たな資産構成を検討中の GPIF内部で「売買が先か、発表が先か、議論になっている」と指 摘。時間がかかる巨額の売買を発表後に始めると、他の市場参加者に先 回りされ、日本株や外貨建て資産を高値づかみする羽目に陥りかねない と説明した。

伊藤教授は「何もしないうちに発表するのは、ばかげた話だ」と述 べた。安全かつ効率的な運用という被保険者からの「受託者責任を果た していない、預かった積立金を適切に運用していないことになる」と批 判。「私は反対だ。新資産構成の発表前に売買するのは許されるし、そ うあるべきだ」と語った。

安倍晋三首相と日本銀行の黒田東彦総裁が経済活性化と2%インフ レを目指す中、GPIFは将来の金利上昇で評価損を被りかねない国内 債の削減と収益向上を求める圧力に直面。昨年6月には資産構成を2006 年の創立後、初めて変更した。政府の有識者会議は昨年11月、国内債偏 重の見直しやリスク資産の拡大を提言。政府は6月に改定版日本再興戦 略で、GPIFの資産構成をできるだけ速やかに見直すと記した。

市場を荒らさない

GPIFの米沢康博運用委員長は7月のインタビューで、新資産構 成の発表前に売買に動くのが最善だと述べる一方、GPIFは「公的な 存在なので、市場を不必要に荒らすことだけは避けなくてはならない」 と発言。資産構成の見直しが大規模になる場合には「最初に公表してか ら動く方法もあり得る」との見解を示した。

伊藤教授はGPIFが保有資産の入れ替えを先行させ、新たな資産 構成の「目標値には届かなくても、乖離(かいり)許容幅の範囲内に入 ってから発表する」のが望ましいと発言。その後は無理な売買の必要が なく、他の市場参加者による思惑的な短期売買などで市場の乱高下を招 く恐れもないと説明した。

巨額の資産入れ替えを市場への悪影響を避けるよう徐々に進めるに は一定の時間がかかるため、新資産構成の「発表は当然、後ずれする」 と指摘。安倍首相が早期の見直しを求める中、関係者には「発表は一番 遅れて12月、年内というコンセンサスがあるのではないか。11月の可能 性もある」と語った。GPIFは7月から見直し作業を本格化。米沢委 員長は同月「秋までに公表できる見通しだ」と述べていた。

国内債35%、日本株・外株25%

伊藤教授は、現時点で望ましい資産構成は国内債を35%に下げ、日 本株と外国株式は25%ずつに増やし、外国債券は横ばいの11%程度だと 回答。短期資産は5%前後とした。現在は外債に含まれるオルタナティ ブ(代替)投資を5%程度で独立させる可能性もあるとも指摘した。

厚生年金と国民年金の運用資産127.3兆円を抱えるGPIFの資産 構成の目標値は国内債が60%、国内株は12%、外国債券が11%、外国株 式は12%、短期資産が5%。ブルームバーグ・ニュースが5月に市場関 係者を対象に実施した調査の中央値では、GPIFは国内債の目標値 を40%に下げる一方、国内株は20%、外債は14%、外株は17%に増やす と見込まれている。

6月末の保有実勢は国内債が53.36%、日本株が17.26%、外債 は11.06%、外株は15.98%。GPIFが目安としている短期資産を5% と仮定した場合の構成割合は国内債が51.91%と乖離許容幅の下限を割 り込み、国内株は16.79%、外債は10.76%、外株は15.54%だった。市 場が予想する新たな目標値は、国内債を6月末から約17兆円減らし、日 本株は約3.5兆円、外貨建て資産は約5兆円増やした水準に当たる。

いずれ市場に露見

伊藤教授は、GPIFは保有資産の売買をまだ始めていないと分 析。ひとたび動き出せば、少しずつ売買しても累計では「兆円単位」に なるため、GPIFを注視する市場関係者に「いずれ露見する」と予想 した。日本株は「一緒に買い上がる」展開となるが、国債は日銀が2% の物価目標に向けて巨額の買い入れを進めているので「市場でいくら売 っても大丈夫だ」と述べた。

日本証券業協会の統計によると、GPIFを含む年金基金の売買動 向を映す「信託銀行」は8月に中・長期・超長期国債を8374億円売り越 した。売り越し額は10年10月以来、約4年ぶりの大きさ。東京証券取引 所のデータでは「信託銀行」は先月29日から今月3日までの週に日本株 を715億円買い越した。直近10週間のうち売り越したのは1週のみで、 累計の資金流入額は3557億円に上った。

GPIFは4月に公表した平成26年度計画で、資産構成の見直しを 視野に、乖離許容幅を「弾力的に適用する」方針を表明。伊藤教授は、 GPIFの保有実勢が許容幅から外れていくにつれ、「目指す方向にあ る程度動いてから発表する、それが受託者責任を果たすことになる」 と、最終的な責任者である塩崎恭久厚労相や三谷隆博理事長が説明すべ きだと指摘した。

有識者提言に沿い進行

CLSAの日本担当ストラテジスト、ニコラス・スミス氏は8日の インタビューで、新資産構成を発表してから入れ替えに動くのは市場の 常識からはあり得ないと指摘。全ての株式市場関係者がこうした理想論 を滑稽だと思っていると述べた。

三井住友信託銀行の瀬良礼子マーケット・ストラテジストは、 GPIFが「保有資産を大規模に入れ替えるなら、発表後に動くのはお かしい。こうした議論自体がすでに市場を荒らしている」と指摘。米沢 委員長の発言は「非常に無責任だ。われわれの年金で高値づかみは勘弁 してほしい。国民はとても理解できないだろう」と語った。

伊藤教授は、GPIF改革は政府の有識者会議がまとめた提言に沿 って進んでいると評価。年内に新資産構成を発表すれば、来年の通常国 会で審議されるガバナンス(組織統治)改革に焦点が移ると指摘した。 同法案が成立すれば、有識者会議の提言は「ほぼ満点で実現し、枠組み としては完成する。あとは専門家の採用などが課題となる」と述べた。

塩崎厚労相は15日、社会保障審議会年金部会に出席。GPIFのガ バナンス改革の重要性を訴えた。神野直彦部会長(東京大学名誉教授) は同作業班の設置を決定。年金部会委員でもあるGPIFの米沢委員長 が、先行する運用見直しが組織改革を待つ必要があるのかを問う場面も あった。厚労省の香取照幸年金局長は部会後の記者説明会で、時間のか かる組織改革が運用見直しを遅らせるとの見方は誤解だと述べた。

伊藤教授は来年1月1日付で、米コロンビア大学国際公共政策大学 院の教授に就任する。日本では、政策研究大学院大で夏季のみ集中講座 を開くと言う。

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