【クレジット市場】国債「持たざるリスク」、機会損失は93年来の大きさ

日本銀行の黒田東彦総裁による前例 のない金融緩和策を受けた金利低下を敬遠し、国債を購入しなかった投 資家は「持たざるリスク」に直面している。リスク量1単位当たりで得 られるはずの逸失利益が21年ぶりの大きさとなっているためだ。

ブルームバーグ/EFFAS指数によると、日本国債の投資収益は 年初来、価格変動リスクの2.6倍。この比率は1993年以来の高水準だ。 景気回復と物価上昇の定着にもかかわらず、長期金利は15日に0.495% まで低下。将来の物価見通しを反映するインフレスワップの10年物金利 を73ベーシスポイント(bp、bp=0.01%)も下回っている。

黒田総裁は金融緩和策の手段である巨額の国債買い入れが資産価格 のリスクプレミアムを圧縮すると主張。今年の経済財政白書は日銀の大 規模な国債購入が市場での需給逼迫(ひっぱく)を通じ、金利抑制に効 果を発揮していると分析した。ソシエテ・ジェネラル証券の推計による と、日銀の金融緩和は長期金利をファンダメンタルズ(経済の基礎的諸 条件)に基づく適正水準より80-90bp程度押し下げている。

三菱UFJモルガン・スタンレー証券の石井純チーフ債券ストラテ ジストは「通常はプラスであるはずのリスクプレミアムがマイナスだと 考えないと、現実の長期金利を説明できない」と指摘。「主因は日銀の 異次元緩和だ」と言う。歴史的な低金利下では教科書的には債券投資は 見送るのが正解なのに、そうすると「国債を持たざるリスク、得べかり し利益を失うリスクに苦悩せざるを得ない」と説明する。

マイナス幅が過去最大

内閣府が先月25日公表した今年の経済財政白書は、いわゆる「フィ ッシャー方程式」に基づき、低位安定する長期金利を分析した。3月末 に0.6%だった10年債利回りは、潜在成長率0.7%と予想インフレ 率1.4%、マイナス1.5%のリスクプレミアムからなると推計。「海外金 利、国内株価、予想インフレ率のいずれに対しても、名目長期金利は抑 制された状態が続いている」と評価した。

同推計によると、潜在成長率は安倍晋三内閣の発足前月の2012年11 月から0.7%。世界的な金融危機前の07年7月以来の水準だ。予想イン フレ率は昨年9月以降、原材料価格が高騰していた08年8月以来の水準 で推移。リスクプレミアムは1月からマイナス1.5%と、少なくとも04 年7月以降で最もマイナス幅が大きい。鳩山由紀夫内閣だった4年前の 3月にはプラス0.3%だった。

フィッシャー方程式は、名目金利は実質金利とインフレ率からなる とする理論。内閣府は現実の長期金利を潜在成長率と予想インフレ率、 価格変動リスクに対するプレミアム(上乗せ分)に分解した。米エール 大学の故アービング・フィッシャー教授が確立した貨幣の流通量が物価 水準を決めると説く「貨幣数量説」に基づくため、こう呼ばれる。

不安に陥る投資家

日本の長期金利は15日に0.495%と昨年4月8日以来の水準に低 下。スイスに次いで世界で2番目に低い。一方、同年限のインフレスワ ップ金利は1.23%。両者の差が示す予想実質金利は6月25日に0.78bp と、データでさかのぼれる2008年3月以降で最低となった。足元で も0.73bpと同水準に迫っている。

三菱モルガン証の石井氏は、金利上昇を恐れて国債購入を手控えた 投資家は収益機会を「今後も逃してしまうのではないか」と不安に陥っ ていると言う。市場が2%インフレの達成は容易ではないと考え、日銀 は出口は時期尚早と取りつく島がないため、「マイナスのリスクプレミ アムは変わりようがない」と分析。今の構図が半永久的に続くとのモラ ルハザードを甘受してでも買っていかないと、収益確保のノルマを達成 できないと指摘する。

日銀は2%の物価目標を2年程度で達成するため、マネタリーベー スを倍増させる「量的・質的金融緩和」を昨年4月に導入。月6兆-8 兆円に及ぶ長期国債の買い入れペースは、政府が今年度に入札を通じて 機関投資家に販売する国債の市中発行額155.1兆円の約半分に及ぶ。

最後の買い手

国債価格の変動率を示すヒストリカル・ボラティリティ(60日ベー ス)は15日に0.785%。昨年6月には3.975%と約5年ぶりの高水準を付 けたが、日銀が買い入れオペを「より頻繁、より少額ずつ」に改善した のを受け、徐々に低下してきた。6月30日には0.647%と過去最低を記 録。米国債は2.98%と4倍弱だ。

黒田総裁は先月15日の記者会見で、債券市場の物価見通しが日銀よ りやや慎重であることを勘案しても、「0.5%強の長期金利はやや低め であることは事実だ」と指摘。日銀による巨額の国債購入で「タームプ レミアムをつぶしているので、その効果が出ているのではないか」との 見解を示した。

野村総合研究所の井上哲也金融ITイノベーション研究部長は、量 的・質的緩和や米連邦準備制度理事会(FRB)が縮小を進めている債 券購入策は「もともとリスクプレミアムつぶしが目的なので、政策効果 が順調に出ている」と評価。日米の国債市場では「最後の買い手に対す る安心感が大きい。一方的に買ってくれて、しかも売らないプレーヤー が市場で大きな割合を占めている」からだと指摘する。

出口、予見できず

安倍晋三内閣の発足以降、円高是正と株高が進行。国内総生産 (GDP)の実質成長率は消費増税後の需要減が出た4-6月期にマイ ナス6.8%と落ち込んだが、市場関係者は7-9月期以降は緩やかな回 復に戻ると見込む。消費者物価指数(生鮮食品を除く全国)は6月に前 年比3.3%。消費増税の影響を除いても1.3%程度と8カ月連続で実質的 に1%台を維持している。

日銀は先月15日、4月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(展 望リポート)の中間評価を実施。成長率・消費者物価とも「おおむね見 通しに沿って推移する」と予想した。黒田総裁は同日の記者会見で、イ ンフレ率は消費増税分を割り引いても、16年度までの「見通し期間の中 盤頃に2%程度に達する可能性が高い」と予想した。

ブルームバーグ・ニュースが先月30日から今月1日にかけて実施し た調査によると、エコノミスト34人の68%が10月以降に追加緩和がある と予想した。量的・質的緩和の縮小開始の時期については、予見できな いとの回答が半数を占めた。ブルームバーグ金利予測調査では、市場関 係者は10年債利回りを年末に0.67%、来年末は0.90%と予想する。

「逆バネ」の恐れも

JPモルガン証券の山脇貴史チーフ債券ストラテジストは「金利は 世界的にじわじわと下がっており、投資家にとって運用難の状況はそう 簡単には変わらない」と読む。一方、企業や家計にとっては低コストで 資金調達できる環境だと指摘。国内外で政策の優先度が「金融市場は犠 牲にしても実体経済を支える方向なので、低金利は致し方ないとも言え る」とも述べた。

一方、国際通貨基金(IMF)の副専務理事を10年まで6年間務め た加藤隆俊元財務官は13日のインタビューで、量的・質的緩和の導入は 適切な判断だったが、インフレ率と10年債利回りのバランスなどから判 断すると「すでにかなり限界まで緩和を実施している状況だ」と指摘。 追加緩和を実施して限界に達した場合、金利の反転上昇に弾みがつく 「逆バネ」が生じる恐れがあると語った。

今年の経済財政白書は、経済協力開発機構(OECD)加盟各国の データに基づき、長期金利は直近20年では名目成長率を上回る傾向にあ ると指摘。基礎的財政収支(PB)の赤字を着実に改善していくことが 必要だと強調した。

国債・借入金・国庫短期証券を合わせた国の債務残高は6月末 に1039兆円と過去最大を更新。国際通貨基金(IMF)によると、日本 の政府債務残高は今年末に国内総生産(GDP)の243.5%と米国 の105.7%を大きく上回る。16年には246.7%に達し、09年から少なくと も19年までは世界最悪の座を抜け出せないという。

日銀の統計によると、国債・財融債と国庫短期証券を合わせた「国 債等」の残高は3月末に過去最大の998兆円。ただ、家計の金融資 産1630兆円を背景に国内勢が全体の9割超を占め、海外投資家は8.4% どまりだ。米国の公的金融負債は6月に12兆842億ドル。海外勢は6013 億ドルで全体の49.8%を保有している。

野村総研の井上氏は「米国債は海外勢の保有比率が高いが、日本国 債は今のところ、国内で消化できる構造だ」と指摘する。「寡占的な状 況にあるため、大口プレーヤーが協調すれば安定を保てる」とも説明。 「慌てて売ると自分たちの市場を壊して損をしてしまうため、抜け駆け できない」とみる。

ソシエテ・ジェネラル証券の会田卓司チーフエコノミストは、日銀 は17年前半に2%の物価目標を達成し、4-6月期に緩和縮小を始める と予想。量的・質的緩和の金利押し下げ効果が剥げ落ち、長期金利は同 年末にかけて1.55%、18年10-12月期には2.4%程度に達すると読む。

コア消費者物価指数:{JNCPIXFF <INDEX> GP}

--取材協力:Kevin Buckland、Masaki Kondo.

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