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ある女性契約社員の戦い-気づけば活動家、非正規の壁に挑む

2009年春、東京。風の強い日だっ た。丸井美穂さん(42)は街宣車の上から雇用主が入る35階建ての KDDIビルを見上げながら、どうしてこんなところに立つことになっ たのだろうと思っていた。

震える手でマイクを握り、拡声器で上司たちに向かって労働慣行の 問題を訴えた。同僚たちはそんな彼女の姿を窓際に張り付いて見つめて いた。

「たぶん私は正気じゃなかったかもしれない」と丸井さんは振り返 る。友人と2人で日本で最初の非正規労働者のための労働組合を設立す ることになった経緯や、その後の訴訟のことなどを一晩かけて話した。 丸井さんの弁護士によると、東京地裁は4月、KDDIの100%子会社 であるKDDIエボルバに対して、不当解雇を訴えていた丸井さんに、 1年分の賃金を賠償金として支払うよう和解案を示した。ある意味勝利 ではあったが、求めていたものからは程遠かった。

「すごくばかばかしい話でしょ」と、丸井さんは話し終わってから 付け加えた。東京大学大学院で海洋学を学んだものの、袋小路の仕事に はまり込み、出る杭は打たれる日本で活動家になっていった身の上を語 った。「こんなことってほんとにあるのっていう感じ」と。

日本の終身雇用の伝統が崩壊しつつある中で、このようなことが丸 井さんだけでなく日本で実際に起きている。米国では1%の富裕層とそ の他の人々との経済格差が議論の的となっているが、日本では正社員と 増大し続ける2000万人もの非正規社員との格差が問題になっている。日 本政府によると、非正規社員は今や労働力全体の約40%を占める一方 で、賃金水準は38%低いという。

「一番大事な問題」

慶応義塾大学の樋口美雄教授は、非正規労働者問題が「日本の一番 大事な問題だ」と話す。

正規雇用の不足が多くの問題を生み出しているという。樋口氏は指 を折りながらデフレーション、貧困率の上昇、生産性の低下、それに出 生率の低下にも影響が及んでいると指摘した。親は娘が派遣社員と結婚 するのを望まず、銀行は住宅ローンを渋り、企業は派遣社員への職業訓 練に費用を掛けるのを惜しむ。

丸井さんは2000年まで遡る給与明細の束を持ってインタビューに現 れた。ほっそりした体に水色のシャツ。大きなことをするような人には 見えなかった。ただ、話しているうちに、1987年に伊丹十三監督が映画 「マルサの女」で描いた女性税務査察官のように規則に厳格で不正を暴 くイメージを連想させた。

丸井さんの父親、司郎さんは美穂さんについて「真面目過ぎるとい う部分もあるかもしれない」と話す。

謝罪文

KDDIエボルバとの戦いの中で丸井さんの申し立てがきっかけと なって、会社は数百人の女性社員に対し未払い給与の支払いを命じられ た。別の訴えでは彼女が設立した労組を解散させようとしたことに関し て、オフィスの入口に謝罪文を掲示させたこともあった。連日街頭でメ ガホンを握り、正社員と同様の仕事をする非正規社員の賃金の低さを訴 えた。

丸井さんの雇用主であるKDDIエボルバはインタビューの申し入 れに応じず、この記事に関する書面での質問にも係争中であることを理 由に回答しなかった。

増加する非正規

総務省統計局の統計によると、12年12月に安倍晋三政権が誕生した 時点に比べて現在の正社員数は110万人減少している。派遣労働者やバ ートタイム労働者が週40時間働くことも珍しくないが、過去5年間の雇 用の伸びは全てこうした非正規労働者で占められている。

非正規雇用の比率は今年2月時点で38.2%と過去最高水準に達し た。これが、先進国の中で日本だけ平均賃金が一貫して低下、1997年以 降で15%下がっている理由だ。また日本では労働市場の流動性が米国な どより低いため、一般的に非正規労働が次のよりよい仕事へのステップ になりにくい。

丸井さんがそうした非正規労働に就くことになった背景には、卒業 したのが日本の資産バブルが弾けた1995年というタイミングの悪さもあ った。日経平均株価は半分以下に下落し、企業が新卒採用を凍結した時 代だった。

丸井さんは子供のころから海が好きだったこともあり、東京大学大 学院で海洋学の博士課程に進むことにした。修士号を取得したものの研 究職には向かないと判断した。

そんな時、彼女はKDDIの国際電話オペレーターの募集広告を新 聞で見つけた。2000年のことだった。丸井さんと同僚の見留洋子さ ん(56)の2人によると、その広告には正社員への登用の機会もあるとさ れていたという。

憧れの職

かつて国際電話の電話交換手というのは「スチュワーデス」のよう に憧れの職で、見留さんによると観光バスがKDDIの前に来ると「最 も高給取りの女性が働いているところです」と紹介したという。だが、 そんな時代も携帯電話やインターネットの登場とともに過去のものにな った。

会社側は丸井さんと見留さんを最短で6カ月の契約を繰り返す形で 何年間も雇用したが、交換手が正社員に登用されることはほとんどなか った。親会社のKDDIの広報担当、荒万里子氏はインタビューの申し 入れに対し、電子メールで「質問内容はKDDIエボルバ社における雇 用に関するものであり、別の法人であるKDDIではご回答できませ ん」と答えた。

エボルバの住所は親会社と同じ新宿区内の高層ビルに登録されてい る。2人はこのビルの11階で働いていた。エボルバのホームページによ ると、同社社員数は1万5000人で、うち正社員は1250人という。

愚痴の場

2人の独身女性は仕事の後で飲みに行くようになった。そして飲み に行けば、なぜほとんど誰もが正社員に登用されないのか、交換手はな ぜ3年後に新人として採用試験を受け直さなければならないのか、なぜ 7時始業の5分前に席に着いていなければならないのかといった愚痴を 言う場となった。

そして2005年11月、不信を募らせた丸井さんはついに職場に近い労 働基準監督署に駆け込んだ。2カ月後には始業前5分間分の賃金を支払 うよう命令が下った。2年間分で5万円だった。さらに数カ月後には職 員全員に同様の賃金が支払われた。

丸井さんによると、会社側は丸井さんの時給を1460円から1450円に 引き下げた。理由は説明されなかったという。それはトップ交換手とし て多くの月間賞を受けた丸井さんにとって納得できないことだった。

その1カ月後の06年8月、会社側は早朝、夜間、週末勤務の手当を 半額にし、通勤手当を廃止すると通告した。しかし、正社員の手当が削 られることはなかった。

転機

これが転機となった。丸井さん、見留さんほか21人の契約社員は同 年11月に労働組合を結成した。最年長の見留さんが委員長、丸井さんが 副委員長になった。それから1年半、彼女たちは自分たちの経験を基に 女性パートタイム労働者が直面する問題を政治家らに訴え、街頭でチラ シを撒いた。テレビ番組にも取り上げられた。

父親の司郎さん(66)は、子供たちがよい仕事を見つける機会が自 分の時よりも少なくなっていることを悲しく思う一方で、KDDI側が やろうとした「趣旨も分からなくもない」と話す。司郎さんはハウス食 品で勤め上げ、いまは退職しているが、携わっていた工場の機械修理の 仕事は競争力を維持するためにパートタイムに切り替えられたという。

司郎さんは「KDDI側がやったことは世界のやり方だ」とし、 「おおまかに理解はできたが、そのやり方はちょっとひど過ぎる」と話 した。

クリスマスプレゼント

KDDIは10年10月に東京のコールセンターを閉鎖し、事業を賃金 の安い沖縄に移した。これに伴い丸井さん、見留さんは職を失った。

同年12月24日、この2人とほか7人の女性がKDDIエボルバを相 手取り、契約社員の交換手と正社員の賃金格差を埋める訴えを起こし た。彼女たちの代理人を務める中野麻美弁護士は「ちょっとしたクリス マスプレゼント」だったと話す。

今年4月3日、東京地裁はこの訴訟で和解案を示した。中野弁護士 によると、会社側が各原告に1年分の賃金を支払うという内容だった。

日本女子大学現代女性キャリア研究所所長の大沢真知子教授による と、非正規雇用の68%は女性だが、裁判所は非正規が正社員の職を守る 防護壁になっていると認識しており、非正規にやや厳しい姿勢を取って いるという。法律が、多くの非正規労働者が生計を支える主たる存在に なっているという現実に追い付いていないと大沢教授は話す。

日本の場合、女性の賃金が平均で男性より29%少なく、経済協力開 発機構(OECD)の調査では28カ国中、韓国に次いで2番目に男女格 差が大きな国となっていることも非正規の賃金が低い理由の1つになっ ている。

広がる法廷闘争

丸井さんらによる賃金格差問題の法廷闘争は、昨年4月に改正労働 契約法が施行されたこともあって広がりを見せている。5月1日には東 京メトロの有期雇用の女性社員4人が同社を相手取って賃金格差問題で 訴訟を起こした。1週間後には日本郵政の契約社員3人が、同様の仕事 をしている正社員より賃金が3割低く、年末年始手当も支給されなかっ たとして労働契約法違反で同社を訴えた。

丸井さんはKDDIを退職した後、3つの会社の契約社員を経て、 米保険会社アフラックで職を得た。またも契約社員で、コールセンター の仕事だった。しかし、時給から月給にステップアップした。休日があ っても、風邪をひいて休むことがあっても賃金が減ることを心配しなく て済むようになった。この2月には契約を1年間に延長してもらった。

「いまの時代、1年というのは超長期なんです」と丸井さんは言っ て笑った。

原題:Accidental Activist Finds Cause in Japan’s Surging Part-Timers(抜粋)

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