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【クレジット市場】黒田総裁に恐怖のジレンマ、植田元審議委員が懸念

念願の物価目標達成が近づけば、国 債が猛烈に売られる中で、買い入れ減額を伴う金融緩和縮小に転じざる を得ない恐れがある-。日本銀行政策委員会の審議委員を務めた当時に 金利急騰と銀行勢の投げ売りを経験した東京大学大学院の植田和男教授 は、日銀が「恐怖のジレンマ」に陥りかねないと懸念する。

植田教授(62)は、黒田東彦総裁が目指す2%インフレの達成は「 まだ五分五分」と分析しているものの、物価上昇の持続性に懐疑的な国 債市場が織り込みを本格化すれば、10年物国債利回りは3%前後に達す るとみている。同年限の物価連動債との利回り格差が示す市場の予想イ ンフレ率は13日に1.36%と、昨年10月末の0.94%から上昇している。

植田教授は8日のインタビューで、巨大な公的債務にもかかわらず 世界最低水準となっている日本の長期金利などから判断すると、「債券 市場のインフレ期待は死んでしまっている」と指摘。その分、仮に本格 的な物価上昇が「誰の目にも明らかになり始めれば、ものすごい勢いで 債券が売られるリスクがある」と言う。「政治家は日銀がもっと国債を 買えばよいと思うだろうが、引き締めに転じないといけないので債券は もう買い増せない、怖い局面に突入していく」と予想する。

植田教授が審議委員だった2003年は、10年債利回りが6月に0.43% と当時の最低を記録。その後は量的緩和政策の解除をめぐる思惑を背景 に急騰し、同年9月には1.675%と4倍近くに跳ね上がった。

日銀は2%の物価目標を2年程度で達成するための「量的・質的金 融緩和」を昨年4月に導入。長期国債を月6兆-8兆円のペースで、金 融機関から買い入れている。黒田総裁は先月23日の衆院財務金融委員会 で物価目標を安定的に達成した後は「財政の国債費負担を下げるために 金融政策を行う考えは全く持っていない」と答弁した

1年で2ポイント近く上昇

日銀は先月30日に「経済・物価情勢の見通し」(展望リポート)を 公表した。安倍晋三内閣が4月に消費税率を5%から8%に引き上げた 直接的な影響を除いても、消費者物価は今年度後半から再び上昇傾向を たどり、16年度までの「見通し期間の中盤頃に2%程度に達する可能性 が高い」と予想。その後も同水準を「次第に安定的に持続する成長経路 へと移行していく」との見解を示した。

3月の全国消費者物価(生鮮食品を除く)は前年比プラス1.3%と 1年前のマイナス0.5%を2ポイント近く上回り、4カ月連続でリーマ ンショック直後に当たる08年10月以来の伸びを示している。一方、市場 関係者は消費増税の影響が一巡する来年4-6月期には1%に鈍化する と予想。ブルームバーグのエコノミスト調査によると、日銀が16年に量 的・質的緩和の縮小を開始すると回答した数は28人中6人だった。

「打つ手なし」の不安

植田教授は物価目標の達成が迫れば、長期金利は「どこかで急速に 上がる」と予想。その場合に「何をしたらよいか分からないというのが 、政策担当者が皆ぼんやりと思っている不安だ」と語った。有効な政策 手段は「あまりない」と指摘。金利急騰は「無理に抑えようとしても無 理だ。多少の犠牲者は出ると思う」とも述べた。

長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは量的・質的緩和が導 入された昨年4月に0.315%と過去最低を記録した後、翌月には約1年 1カ月ぶりに1%まで大幅上昇した。その後は日銀の買い入れなどで低 下基調が続いており、今年3月3日には一時0.57%を付けている。ブル ームバーグのデータによると、10年債利回りが16年3月末に3%に上昇 した場合、昨日終値の0.605%で購入した投資家は8%程度の損失を被 る計算だ。

植田教授は新日銀法が施行された1998年から2005年まで審議委員を 務めた。00年8月のゼロ金利解除には反対。翌年3月に導入した主要国 で戦後初となる量的緩和政策を巡っては理論的支柱と目され、福井俊彦 総裁が退任した08年春には次期総裁候補にも上った。先月までの4年間 は、日銀とゆうちょ銀行に次いで国債を多く保有する年金積立金管理運 用独立行政法人(GPIF)の運用委員会の委員長。厚生労働省の社会 保障審議会年金部会の委員も務めている。

Varショック

植田教授はインタビューで、GPIFは物価・金利の上昇リスクを 踏まえ、長期の運用方針である基本ポートフォリオから離れた今後数年 間だけの投資戦略を新設すべきだと指摘。国債をいったん大量に売却す る選択肢もあり得ると語った。

03年後半の債券相場は、金利急騰と金融機関による投げ売りの悪循 環「VaR(Value at Risk)ショック」で大きく揺れた。国債相場の相 場変動率を示すヒストリカル・ボラティリティ(60日ベース)は同年9 月に4.65%を付けるなど、6月初旬の1%割れから急騰した。

事情に詳しい関係者によると、日銀は経済・物価情勢の改善にもか かわらず、長期金利が現状の0.6%程度で推移すると、債券相場が先行 き大幅な変動に見舞われるリスクが高まると懸念。緩やかな金利上昇を 望んでいると言う。

メリルリンチ日本証券の大崎秀一債券ストラテジストは、緩やかな 景気回復と物価上昇を見込むが、量的・質的緩和下では金利は上がりに くいと読む。ボラティリティの低下は「Varショック当時を想起させ るほどで、居心地の悪さは拭い切れない」が、今回は日銀が買い手であ るため長期金利の急騰は考えにくいと言う。

金利リスク

日銀が先月公表した金融システムリポートによると、昨年12月末時 点の計算では、長短金利が一律1%上昇した場合、国内銀行が保有する 債券の時価は5.6兆円減少する。金利リスク資産の圧縮を続けているが 直近半年間の圧縮幅は0.4兆円にとどまった。

三井住友信託銀行の瀬良礼子マーケット・ストラテジストは、市場 は量的・質的緩和が成功するとは考えていないと指摘。「ファンダメン タルズ(経済の基礎的諸条件)が日銀の思惑通りに動かないか、市場が 崩れるか」だと読む。Varショック当時とは異なり、日銀という強力 な買い手がいる分、ショック到来は来年に後ずれするとみている。

国際通貨基金(IMF)によると、日本の政府債務残高は今年末に 国内総生産(GDP)の243.5%と米国の105.7%を大きく上回る。16年 には246.7%に達し、09年から少なくとも19年までは世界最悪の座を抜 け出せないと予測している。国債・借入金・国庫短期証券を合わせた国 の債務残高は3月末に過去最大の1025兆円に膨らんだ。

ただ、財政への信認が崩れる兆しは表れていない。CMAによると 、日本国債を5年間保証するドル建てのクレジット・デフォルト・スワ ップ(CDS)の保証料率(スプレッド)は13日、42.5ベーシスポイン ト(bp、1bp=0.01%)と1月6日以来の低水準だ。

植田教授は、怖いのは長期金利が4-5%まで上昇してしまう事態 だとみる。3%で止まれば「新発債の利回りは上がるが、利払い費全体 の増加は緩やかで、税収が徐々に追いついてくる」と説明。しかし、4 -5%で高止まりすると、財政事情は「なかなか大変だろう」と言う。

--取材協力:野原良明.

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