世界最大の年金基金、年金積立金管 理運用独立行政法人(GPIF)の新たな運用目標は高い利回りを求め る「政策判断」が背後にあり、楽観的な経済見通しは結果的に将来世代 にツケを払わせる恐れがある-。年金制度の持続可能性の検証に向けた 報告書を先週まとめた委員の1人、日本総合研究所の西沢和彦上席主任 研究員は安倍晋三内閣は「株価対策の道具とみている印象」を受けると 語った。

年金財政の経済前提と積立金運用を議論する社会保障審議会の専門 委員会(委員長:吉野直行慶応大学教授)は10日、GPIFに2015年度 から課す運用利回り目標を「賃金上昇率を1.7ポイント上回る」水準と 決めた。経済前提8通りのうち5つでは、長期的な経済成長の原動力と なる全要素生産性(TFP)の伸びが足元の0.5%から23年度にかけて バブル期前後並みの1.8%まで上昇すると想定。いずれも女性や高齢者 の労働参加が顕著に進むと見込んでいる。

TFPが2024年度以降に1.0%と1983年からリーマンショック直後 の09年までの平均に落ち着くことを前提としたケースでは、厚生年金と 国民年金の積立金128.6兆円を抱えるGPIFの名目運用利回り目標は 事実上4.2%と、09年2月の水準を0.1ポイント上回る。西沢氏は14日の インタビューで、低い経済成長のケースを「もっと厚く検討すべきだっ た」と振り返った。厚生労働省は日本再興戦略が成功してTFPが高ま る選択肢を外すのは「安倍内閣に弓を弾くことになる」と判断したのだ ろうとも述べた。

政府の有識者会議の提言に加え、安倍首相もGPIFのリスク資産 拡大に期待を表明し、内閣府が楽観的な中長期試算を公表する中、西沢 氏は、GPIFの運用目標を「前回より低くする選択肢は政治的になか った。身動きが取れない状態だった」と説明。「本来は厚労相などが年 金財政の検証は外部圧力を気にせずやれと言うべきだったが、完全に政 治マターになってしまった感がある」と語った。

市場が材料視

専門委は6日の会合では、経済前提に対する西沢氏からの異論など を受け、結論を持ち越した経緯がある。西沢氏は「GPIFの運用目標 は経済的に理論的に導かれた結論というより政策判断だ。リスク資産で の運用拡大を求める圧力もあり、それが市場で材料視される中での判断 」だったと指摘。「本来は、そうした外部の声とは一線を画して議論さ れるべきだ」と話した。

安倍内閣と黒田東彦日本銀行総裁が2%の物価目標を掲げる中、G PIFは昨年6月に資産構成比率を規定する基本ポートフォリオを06年 度の同法人設立から初めて変更した。11月には政府有識者会議(座長: 伊藤隆敏東大大学院教授)が国内債偏重の見直しなどを求める報告書を 公表。厚労省は先週、5年に1度の公的年金制度の財政検証に向け、G PIFにあらかじめ「国内債券中心の運用」を求めない方針を示した。

賃金下落で、かさ上げ

厚労省の森参事官は14日の講演で、年金積立金の運用実績はGPI Fの前身に当たる年金資金運用基金として自主運用を始めた01年度以降 、名目賃金上昇率を平均2.76ポイント上回っていると指摘。現在の運用 目標(α)である同1.6ポイントを超えて、年金財政の安定化に貢献して いると評価した。

西沢氏はこれまでのαを上回る好成績は「名目運用利回りから差し 引く賃金上昇率がマイナスだったことが寄与し、かさ上げされてきた」 と指摘。「賃金が今後上がっていくと、プラスの賃金上昇率をさらに

1.7ポイント上回るαを確保できるか」と疑問を呈した。

官邸に「絶妙の数値」

安倍首相は1月にスイスの世界経済フォーラム年次総会(ダボス会 議)で基調講演し「GPIFはポートフォリオの見直しを始め、フォワ ード・ルッキングな改革を行う」と訴えた。三谷隆博理事長はダボスで のインタビューで、インフレ率の高まりを背景に日本国債の値上がり余 地が非常に限られる中、保有する国債が満期を迎えたら内外株式や外債 への投資を検討すると語った。

伊藤教授は先月のインタビューで、GPIFは日銀が2%の物価目 標を達成するため巨額の国債を買い入れているうちに国債を2年程度で 早く減らし、運用資産の半分を内外の株式に投じるべきだと主張。資産 配分を見直せば、海外の主要年金並みに「10年程度の平均で4-5%の リターンは可能ではないか」と述べた。4日の講演では、GPIF改革 は株価押し上げ策ではなく「被保険者のため」だと語った。

西沢氏は、年金財政の運用利回りは「低い前提を置くのが健全だ。 市場の見方とはちょっと違うようだ」と指摘。「低い利回りを置くと年 金財政は厳しく見え、足元で改革を進めなくてはならなくなる」が、「 高利回りを前提にすればバラ色に見え、改革の機運が後退する上、結果 が下回ると将来世代にツケを回すことになる」と説明。仮に高い運用利 回りを達成できた場合には「将来世代の負担軽減に充てるべきだ」とも 話した。

報告書

専門委の報告書では、GPIFに課するαは5年前より0.1ポイント 上がったが、事実上の名目運用利回り目標から1.2%の物価上昇率を差 し引くと3.0%と、現在より0.1ポイント低い。西沢氏は「上げたとも下 げたとも見える絶妙の数値だ。官邸からの圧力には上げたとアピールで きるが、物価との見合いでは上げていない」と分析。「厚労省は本心で はリスクを取った運用の拡大をしたくないのだろう。年金積立金の運用 としては健全な発想だ」と語った。

毎月勤労統計によると、現金給与総額はリーマンショック翌年から 12年まで下落基調で、昨年は横ばい。残業代や一時金を除いた所定内給 与は直近の1月に前年比0.1%と1年10カ月ぶりに増えた。連合が14日 発表した春闘の第1回回答集計では、491組合の経営側から得た回答額 はベースアップ分を含めて月額6491円、賃上げ率は2.16%に上った。

総務省と国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の総 人口は08年に1億2808万4000人と最高を記録したが、東京五輪を開催す る20年には1億2410万人に減る。15-64歳の生産年齢人口の割合は59.2 %に下がる半面、65歳以上は29.1%に高まるという

西沢氏は、年金財政の持続可能性に懸念が生じれば「支給開始年齢 の引き上げなど、痛みを伴う制度改革が必要になる」と指摘。一方、給 付を削減すれば、年金財政は安定しても高齢者の貧困が増える恐れもあ るため「社会的弱者にも配慮し、社会保障制度を設計し直すべきだ」と 語った。

社会保障審議会の年金部会(部会長:神野直彦東大名誉教授)は12 日の会合で、専門委からの報告書に基づき財政検証の作業に入ると了承 。度山徹年金課長は「数カ月」後に検証結果を報告すると説明した。西 沢氏は、年金財政の検証作業では「政治的な圧力がかからないよう、中 立な環境を整備することが極めて重要な課題だ」と話した。

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