賃上げの春、ベア満額割れ相次ぐ-アベノミクスは息切れ懸念も

トヨタ自動車など業績改善を背景に 春闘でベースアップ(ベア)に踏み切る国内企業が相次いでいる。雇用 や協調を重視する労使関係の中で要求額を下回る回答が多く、安倍晋三 首相が目指す消費拡大につながるか疑問視する声もある。

国内主要企業は12日、春闘で労働組合に回答。各社発表によると、 ベア月額は日産自動車で3500円、トヨタで2700円、ホンダで2200円、富 士重工業、三菱自動車、パナソニックや三菱電機、日立製作所で各2000 円、新日鐵住金の今後2年で2000円など。このうち、日産の満額回答を 除き、労組要求額はトヨタで4000円、ホンダ、富士重、三菱自で各3500 円など業界を代表する企業で要求額を大幅に下回る回答が続出した。

大幅な金融緩和から始まったアベノミクスの下で円安が進行し、株 価が上昇する中、トヨタなどの企業収益も改善している。この恩恵を賃 上げで労働者にも分配し、消費拡大を通じて経済成長につなげるのが安 倍政権の構想だ。これに対して、現時点の賃上げ水準で実現するのか、 ニッセイ基礎研究所の斉藤太郎経済調査室長は疑問視している。

斉藤氏は、ベアや賃上げ水準について「デフレ脱却のためには十分 ではない」と指摘。今後見込まれる物価上昇や消費増税などを考える と、「今年の実質的な収入は下がる」と話した。

ベアゼロへの慣れ

トヨタの発表資料によると、組合員1人平均の昇給は基準内賃金で 賃金制度維持分を含めて月1万円。宮崎直樹専務役員によると昇給が1 万円台に達するのは1993年以来。賃金制度維持分を含めた昇給幅は前年 比約2.9%で、年間一時金で244万円の満額回答と合わせた年収ベースで は同8.2%の増加になるとし、「賃金引き上げの流れが各方面に及んで いけばいいと思っている」と述べた。

全日本自動車産業労働組合総連合会の相原康伸会長は春闘回答を受 けた12日の会見で、デフレ脱却と経済好循環に向けた着実な一歩である とした上で、賃上げのない経済環境から、物価上昇に伴う賃上げが実施 されるステージへの扉を確実に開くものだと話した。

これに対して、年間一時金と違い、所得水準の永続的引き上げにつ ながるベアで要求額を実現できなかったのは、長年のデフレに慣れ、強 気に転換できない労組の姿勢も背景にあるとみる識者もいる。

JPモルガン証券の足立正道シニアエコノミストは、終身雇用制の 下、日本企業の経営陣と労働者は家族的な関係を築いてきたと指摘。物 価上昇に転じたのはこの1年ほどで、労組は「ここ数年のベアゼロに慣 れ切っており、急にやり方を変えることができないのではないか」と話 した。

海外では長期スト・暴動も

海外、特にアジアでは自動車会社の労使交渉が激化し、組合側が大 幅昇給や労働環境改善を実現するケースがある。87年の労組結成以来、 ほぼ毎年のようにストを打っている韓国の現代自動車はその代表格だ。 昨年は月額基本給だけで前年比5.1%増の約9万7000ウォン(約9400円) の引き上げに成功し、ボーナスなど一時金として計約2880万ウォンも獲 得。現在のレートでの日本円換算で、一時金の額はトヨタを上回る。

現代自の労組は昨年の賃上げ獲得のために3週間にわたる部分スト を実施。インドでは12年に最大手のマルチ・スズキ・インディアのマネ サール工場で死者が出る暴動が発生している。米フォード・モーターで はベルギー工場の閉鎖をめぐり、抗議の労働者に幹部が取り囲まれ、警 察沙汰の事態になった。

労組による過激な行動は代償も大きい。現代自では昨年の部分スト で5万191台分の自動車生産ができなくなり、経済的な損失は2.7兆ウォ ンに達した。これまでの累積の経済損失は160兆ウォン超にのぼる。

争いからは何も生まれない

トヨタでも長い歴史の中では労使関係が緊迫した時期もある。特に 終戦から数年後の経営危機で発生した労働争議は混乱を極めた。人員整 理や賃下げに至った結果、トヨタの実質的な創業者である豊田喜一郎社 長が混乱の責任を取って辞任している。

トヨタ自動車労働組合の鶴岡光行執行委員長は4日、春闘で納得の いく回答でなかった場合、ストなどに訴える可能性についての質問に 「トヨタの労使関係において争いからは何も生まれない、話し合いです べて解決していくということを過去の経験から積み上げてきた」とした 上で、「話し合いをもって解決に結びついいく」と話した。

カナダ・ビクトリア大学のジョン・プライス教授(歴史学)は、戦 後日本の経済成長は終身雇用と年功序列、労使協調路線の3つの労働慣 行によって支えられていたと指摘。その後、狂乱物価と言われた70年代 の石油ショック期に労働争議が活発化し、日本の労働者は世界でも最高 レベルの賃上げを手にしたという。

70年代以降の日本では雇用確保を重視する労使の協調関係が一層強 化され、春闘交渉は毎年の生産性向上に応じたレベルの賃上げを議論す る方式に変わったと指摘。プライス氏は「これは大変劇的な変化だっ た。それは現在に至るまで続いている」と話した。

厚生労働省のデータによると、日本企業によるストは74年のピーク 時に年間1万1575件だったが、2012年には約99%減の90件まで減少して いる。

JPモルガンの足立氏は、日本企業の労組の交渉力は向上している と前置きした上で、「現状では海外企業の労組のほうがより高い水準の 賃金引き上げを求めて交渉していると言えるだろう」と話した。

--取材協力:萩原ゆき、Ma Jie、向井安奈.

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