「電話が来ない」、中小企業の採用戦線に異変-高まる賃上げ圧力

ものづくりの中小企業が集積する東 京都大田区で、グッチやシャネルなど高級ブランド店のディスプレーな どを手掛ける西尾硝子鏡工業。西尾智之代表取締役は、区の産業振興会 が昨年9月に主催した就職説明会で異変に気付いた。例年100人近くが ブースの前に列を作り説明でも声をからしていたのに、昨年は10人余り しか集まらなかったのだ。

西尾氏は「中小企業は人を採用するのがかなり難しくなっている」 と言い、「ハローワークに定期的に求人を出しているが、以前の給与水 準を提示しても誰も電話をかけて来ない」と話す。昨年、30代前半の男 性を中途採用した際には、数年前より1割程度高い給与を提示した。

政府がデフレ脱却を目指して企業に賃上げを求める中、野村証券な ど一部大手企業はベースアップに動き始めた。労働市場でも建設業を筆 頭に人手不足が深刻化しており、一部エコノミストは40年ぶりの労働需 給の逼迫(ひっぱく)化を予想。昨年12月にブルームバーグがまとめた エコノミスト調査では、2014年度の現金給与総額の上昇率予想は0.6% にとどまるが、中小企業を中心とした人手不足が賃上げ拡大の起点にな る可能性もある。

JPモルガン証券の菅野雅明チーフエコノミストは、「2、3年後 には、労働市場の逼迫化を受けた賃金引き上げの動きがより顕在化する だろう。中小企業で始まり大企業にも波及する」と予想。賃金上昇は持 続的な物価上昇を促し、「2017年にはいかにしてインフレを抑えるかに 議論の焦点が変わってくる可能性もある。火は一度点火されると広がる のが早い」という。

厚生労働省の一般職業紹介状況によると、有効求人倍率は昨年12月 に1.03倍となり6年ぶりに求人数が求職者数を上回った。1月も1.04倍 と07年8月(1.05倍)の水準に迫っている。菅野氏は、毎年およそ0.15 のペースで上昇し、17年には1.5倍を超え、高度経済成長期が終わった 翌年に当たる1974年以来の水準まで高まると予想する。

ダンプの手配、2倍の6万円

総務省統計局によると、日本の労働人口は98年のピーク6800万人か ら直近ではおよそ6600万人まで減少。中でも24歳以下の若年労働人口 は、同じ期間に4割近く急減した。労働供給が減少する中、アベノミク スを追い風とした景気回復が需給の逼迫化に拍車を掛けており、その間 に1割近く下がった所定内賃金の反転を促しつつある。

日銀短観の雇用人員判断DI(指数)は、全産業で昨年の6月調査 のマイナス1から12月調査ではマイナス10となり、企業の人手不足感が 強まっている。中でも、非製造業の中小企業はマイナス19と、92年以来 の水準となった。厚生労働省の労働経済動向調査によると、建設業や医 療・福祉、運輸業で労働不足が特に深刻な状況だ。

阿比野建設(兵庫県姫路市)の阿比野剛社長によると、震災復興が 進む東北地方などに関西の建設労働者も流れ、「人手不足は深刻で、十 分な職人を確保できないプロジェクトも少なくない」という。ダンプト ラック1台を手配するのに必要な料金が10年前の2倍に相当する6万円 程度まで上昇しており、それでも運転手やトラックの数が需要に追い付 いていないという。

アルバイト時給、06年以来最高

業務用の洗浄剤や消毒剤を中心に製造しているサラヤ(大阪市東住 吉区)の更家悠介社長は、営業部門や工場の一部で人員不足に直面して おり、「足元のような労働市場の環境は、20年以上経験した記憶がな い」と話す。同社では2014年度、35歳以下の若手を対象に2%程度の賃 上げを検討している。ベースアップを含めた賃上げは10年以上ぶりとい う。

アルバイトや派遣労働者の間でも労働市場の過熱化を示唆する動き が出ている。リクルートジョブズの調査によると、フード系を中心にア ルバイトやパートの平均時給の上昇基調が鮮明で、三大都市圏全体の平 均時給は昨年12月、959円と06年1月の調査開始以来、過去最高額を記 録した。

大阪府を中心にすしや和食のチェーン店を展開するがんこフードサ ービス(大阪市淀川区)では、梅田や難波などの都心店舗ではアルバイ トの募集をかけても人が集まらず、人員不足のまま営業を続けている店 舗もあるという。同社は店舗従業員のおよそ8割がアルバイトだ。

派遣社員の賃上げも

同社人事部の山本一文部長は、「一部店舗では採用難が深刻で、ア ルバイトの時給引き上げを前向きに検討している」としている。ただ、 賃上げは全従業員に及びコスト上昇要因となることから、慎重に判断せ ざるを得ないという。

人材派遣最大手のテンプスタッフは今年、派遣先の顧客企業に3% から5%の派遣料金引き上げを求める。全ての顧客企業に引き上げを求 めるのは06年以来という。広報室長の中俣貴代子氏は、「特に金融や建 設、IT関連企業の事務職で、求人需要が強い」という。また、パソナ グループ広報室の梅原あい子氏によると、傘下のパソナテックも5年ぶ りに3%程度の賃上げを派遣先企業に求める方針だ。

春闘

労使で賃上げ水準を交渉する春闘は大詰めを迎えている。全トヨタ 労働組合連合会の東正元・会長は、今年の労使交渉の現状は例年以上に 厳しく、政府の賃上げ要請の影響はまったくないとの見方を示した。6 日付日本経済新聞朝刊は、トヨタ自動車は年間一時金に関しては労働組 合が要求している水準を満額回答する一方、ベースアップに関しては慎 重姿勢を崩していないと報道している。

日本商工会議所が3000社以上の中小企業に対して行った昨年9月の 調査によると、13年度には38%の企業がベースアップや定期昇給で賃金 を引き上げた。ことし1月の調査では、40%の企業が14年度に賃金を引 き上げると回答している。また、帝国データバンク大阪支社が近畿の企 業1773社を対象に行った調査では、14年度に賃上げを実施する見込みの 中小企業は52%と、40%にとどまる大企業を大きく上回った。

モルガン・スタンレーMUFG証券チーフエコノミストのロバー ト・フェルドマン氏は、「中小企業は特に採用難が深刻だ」と指摘。人 手不足を理由に、「中小企業は賃金を引き上げざるを得ない状況にあ る」とし、今年の中小企業の賃上げ率は大企業を上回り、3%から4% 程度になる可能性もあると予想する。

--取材協力:下土井京子、野沢茂樹  Editors: 谷合謙三, 上野英治郎

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