GPIF運用は賃金上昇率基準に、国内債中心求めず

厚生労働省は今春まとめる5年に1 度の公的年金制度の財政検証で、世界最大の年金基金である年金積立金 管理運用独立行政法人(GPIF)などの運用利回り目標を賃金上昇率 を基準にどの程度上回るべきかの数値に変える方針だ。また、国内債券 を中心にした運用は求めない。

厚労省が6日午前、社会保障審議会の年金財政の経済前提と積立金 運用を議論する専門委員会(委員長:吉野直行慶応大学教授)に提出し た草案で示した試算のうち、目標スプレッドの中央値が最も高い「ケー スE」では、賃金上昇率を上回る運用利回りの上乗せ幅(スプレッド) 目標を1.2-2.2ポイントとした。同スプレッドの中央値1.7ポイントが GPIFの運用目標として妥当だと指摘。今回明示していない名目運用 利回りは4.2%となる計算で、09年2月に決めた前回の財政検証の中で 示した「基本ケース」を0.1ポイント上回る。

今回の経済前提では、内閣府が1月に公表した「中長期の経済財政 に関する試算」に準拠し、女性や高齢者による労働参加率の高まりや長 期的な経済成長の原動力となる全要素生産性(TFP)の伸びに応じて 8通りの試算を提示したが、特定の中心シナリオは設定していない。

労働参加率が高まるとともに、TFPが足元の0.5%から2023年度 にバブル期前後並みの1.8%まで上昇した後で1.0%と1983年からリーマ ンショック直後の09年までの平均に落ち着くとした場合のケースEでは 物価上昇率を1.2%、実質賃金上昇率を1.2-1.4%と想定している。

厚労省年金局の山崎伸彦数理課長は5日の記者説明会で、公的年金 の被保険者に対する年金支払額は賃金上昇率に左右されると指摘。目標 スプレッドこそがGPIFなどが年金財政に貢献する部分だと語った。 草案はTFP上昇率と目標スプレッドは逆相関の関係にあるため、経済 が好調な場合ほどリスク管理を慎重にすべきだとの認識も示している。

株高・円安

6日の金融市場では、草案に関する報道が市場に流れた後、日経平 均株価が上昇に転じたほか、外国為替市場では円売り圧力の強い展開と なった。日経平均は一時前日比2.1%高の1万5203円12銭、TOPIX も同1.5%高の1231.61まで上昇。ドル・円相場は一時1ドル=102円76 銭と約2週間ぶりの水準まで円安が進んでいる。

三井住友アセットマネジメントの浜崎優シニアストラテジストは、 草案について、「中長期的にリスクをより求める方向になっているとい うのは確かに株式市場にとっては歓迎すべきこと。でも、GPIFがす ぐに株を買ってくるかというとこれは話は別」と指摘。「厚労省が作っ た文章のわりには踏み込んだ内容だと評価できる」と語った。

目標上回る実績

厚生年金と国民年金の積立金を運用するGPIFが先月28日に公表 した今年度第3四半期(10-12月)の収益率は4.73%と3四半期ぶりの 高水準だった。運用資産額は128兆5790億円と、前身の年金資金運用基 金として積立金の自主運用を始めた01年度以降で最高。厚労省大臣官房 の森浩太郎参事官(資金運用担当)によると、スプレッド部分の運用実 績は01年度以降の平均で2%強に達している。

現金給与総額は12年まで下落基調で、昨年は横ばい。黒田東彦総裁 の率いる日本銀行が2%への押し上げを目指す全国消費者物価(生鮮食 品を除く)は09年から4年連続で下落した後、昨年は0.4%上昇した。 総務省と国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の総人口 は08年に1億2808万4000人と最高を記録したが、東京オリンピックを開 催する20年には1億2410万人に減る。15-64歳の生産年齢人口の割合 は59.2%に下がる半面、65歳以上は29.1%に高まるという

厚労省の草案は、GPIFは年金財政が求める利回りを最小限のリ スクで得る「安全かつ効率的な運用」に徹する必要があるが、具体的な 運用手法は自身で検討すべきだと主張。デフレから脱却して適度なイン フレ環境に移行しつつある中では「あらかじめ『国内債中心』を示す必 要はなく、GPIFがフォワードルッキングの視点も踏まえ、運用目 的・目標に則したポートフォリオを検討すべきだ」とした。

分散投資効果0.4%

収益追求に伴うリスクの管理については「運用目標等からの下振れ リスクが一定程度超えないこと」を新たな指針に採用。具体的には、全 資産を国内債で運用した場合に名目賃金上昇率を下回るリスクを超えな いことをリスク許容度とする。資産配分の組み合わせによるリスクと期 待収益率の関係を示す「有効フロンティア」から算出した分散投資効果 は、経済前提8通りの全てで「おおむね0.4%前後」と推計した。

新たな運用対象に関しては「物価連動国債や安定的な事業収入が見 込まれるREIT等を始め、幅広に検討を行う」と明記。代表的な運用 指標に連動させるパッシブ運用は合理的だが「あらかじめ『パッシブ運 用中心』を示す必要はない」とし、アクティブ運用の比率上昇もあり得 るとの認識を示した。ただ、年金積立金は被保険者から徴収した保険料 の一部であり、運用は年金財政・制度と密接に関係するため、今後も必 要に応じて厚労省などで審議するのが適当だとも指摘した。

国内債、設立来の低水準

GPIFは国内債比率の引き下げを求める圧力に直面している。 約200兆円に及ぶ公的・準公的資金の運用・リスク管理の高度化を議論 する政府の有識者会議(座長:伊藤隆敏東大大学院教授)は昨年11月に まとめた報告書で、国内債に偏った資産構成の見直しやデフレ脱却を前 提とした金利リスク管理、REIT(不動産投資信託)や不動産、イン フラ、プライベートエクイティ(PE)、商品など新たなリスク資産の 検討などを提言。物価連動債への投資も課題に挙げた。

GPIFは昨年6月、資産構成比率を規定する「基本ポートフォリ オ」を06年度の同法人設立から初めて変更。国内債を67%から引き下 げ、他の3資産を増やした。目標からの乖離(かいり)許容幅は据え置 いた。現在の目標値は国内債が60%、国内株は12%、外債11%、外 株12%。昨年末の実績は国内債が55.22%と設立以降で最低となる一 方、国内株式は17.22%と07年12月末以来の高水準を記録した。

草案は年金積立金の運用はあくまで「年金財政の安定化」が目的だ と強調するが、今回示した事実上の名目利回り目標4.2%は主要国の公 的年金で最低。カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)は名 目7.5%・実質4.75%、カナダ所得比例年金とノルウェー政府年金基金 は実質4%程度だ。運用実績でも、GPIFは昨年度までの9年間の収 益率が平均2.8%。カルパースの7.3%や6.8%のカナダ、ノルウェー の5.2%に見劣りする。

山崎数理課長は5日の記者説明会で、きょうの専門委員会で結論が 出れば、年金部会(部会長:神野直彦東大名誉教授)を「近々」開き、 財政検証の最終的な計算に向けた枠組み作りを議論する段取りだと説明 していた。

草案の一部に対し異論

しかし、きょうの専門委員会では委員から草案の一部に対して異論 が出たため、吉野委員長が最終的な意見集約に向けて、再度会合を開く と決定。次回の日時は未定だ。主な論点は①TFPを1.8%と高めに想定 するケースの扱い②GPIFに課する目標スプレッドを1.7ポイントとす るのが「妥当」とした表現③TFP上昇率と目標スプレッドが逆相関だ との記述④過去データの対象期間-などだった。

厚労省の香取照幸年金局長は会合終了後に記者団に対し、8通り示 した経済前提に中心シナリオはないと説明。森浩太郎参事官はブルーム バーグ・ニュースに対し、目標スプレッド1.7%をめぐっては「委員か ら説明の仕方に関して意見をいただいたと認識しており、数字自体の変 更は事務局としては考えていない」と強調した。

--取材協力:野原良明. Editors: 崎浜秀磨, 青木 勝,山中英典

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