【コラム】金メダリスト羽生結弦が故郷のためにできること

2011年3月11日、地面が揺れ氷がゆ がんだ。羽生結弦の周りでスケート場の建物が崩れ始めた。ソチは遠く 思えたことだろう。突然、五輪出場を目指すよりも生き残ることが大事 になった。

3年が経ち、19歳の羽生は東日本大震災で被災した故郷の仙台に、 うれしいニュースをもたらした。ロシアのソチで14日行われたフィギュ アスケート男子シングルで金メダルを獲得。日本に06年以来初の冬季五 輪金メダルをもたらしたのだ。

競技後の記者会見で震災について尋ねられた時の答えも金メダル級 だった。話すのがとても難しい話題だと断った上で、「金メダリストに なれたからこそ復興のためにできることがあるはずです。これがスター トになると思います」と語った。

オリンピック精神などというものを真に受けている人はほとんどい ない。暴走する商業主義が競技の場で起こるドラマを押しのけ、五輪は 数百万ドルのスポンサー契約を得ようと競う選手らのオーディション番 組になってしまった。その中で届けられた羽生の無私無欲な発言は新鮮 で、仙台住民ではない国民にも希望を与えた。

羽生が本当に東北の人々の役に立ちたいと思うなら、彼らの困難が 世界の目に触れるようにしてほしい。もちろん、故郷を訪れてファンの 高校生を前に講演したり、給食施設で食事を配ったりもできる。しかし 本当に役立つのは東北を忘れるなと政府に訴えることかもしれない。

約10万人が仮設住宅で生活

まだ続いている福島原発危機も問題の一つだし、未だに仮設住宅に 住み続けている約10万人の人々、津波で消えた町や村の問題もある。大 半の日本人はこうした東北の人々の苦難を忘れてしまったかのようだ。

お為ごかしのジェスチャーはたくさん見られる。東京からは有名人 が定期的に、撮影クルーを引き連れ、新幹線に2時間乗ってやってく る。瓦礫の中を歩いたり、家をなくした人や外で遊ぶことのできない子 供たちとお茶を飲んだり、恐らく涙の一つもこぼしてみせるだろう。し かし彼らと国民の目が安全で居心地のいい生活へと帰っていくと東北の 人は、日本が被災者を忘れていないことを示す宣伝の小道具に自分たち が使われたような気がしてくる。

今や焦点は2020年の東京五輪に移り、安倍晋三首相はオリンピック 精神を喧伝(けんでん)しに世界を飛び回っている。その間に、何十億 ドルもの資金が人知れず、東北の復興から五輪施設の建設へと回されて いる。福島原発事故の後始末はさらに後回しだ。3年前の悲劇を振り返 っているよりも、未来を見つめた方が良いということだろう。

羽生はインタビューや講演の依頼を全て引き受け、ただ一点を主張 し続けるべきだ。「東北を忘れないで」と。ここは日本だから、若きス ポーツ選手が反政府運動の旗手になるなどということは起こらない。安 倍首相がNHKを右寄りの奇矯な経営委員で固めてしまった今では、そ んなことをしたら検閲され、排斥されてしまう。

CNN、FOXも

しかし穏やかな口調で個人の問題として、公の場に姿を現すたびに 東北ではまだ仮設住宅に住んでいる人もいる、政府は彼らのことを忘れ てしまったと訴えていくことはできる。CNNがインタビューを求めて きたら、東北へ来てもらい壊れたままの町役場の前でスケートの話をし よう。FOXニュースが出演してほしいと言ったら、子供が一人もいな い無気味な児童公園や魚市場の前から生中継させよう。BBCとは作業 が中断された建築現場の前で話そう。もちろんNHKも歓迎だ。背景に は原発事故の被害者が治療を待つ病院がいいだろう。

五輪の金メダリストは強力なブランドだ。ナイキと契約して良い暮 らしをすることもできるが、羽生が震災の被災者の役に立ちたい気持ち は本物のようだ。ならば、故郷へ戻って世界のカメラの前で手を振るだ けでいい。 (ウィリアム・ペセック)

(ペセック氏はブルームバーグ・ビューのコラムニストです。コラ ムの内容は同氏自身の見解です)

原題:Golden Opportunity to Put Spotlight on Fukushima: William Pesek(抜粋)

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