バーナンキ氏、型破りの措置で米国救う-FRBに独自の足跡

31日に任期を終えるバーナンキ米連 邦準備制度理事会(FRB)議長が取った措置は、連邦準備制度の100 年の歴史の中でも前例がなく、あるいはかつてない規模だったと言えよ う。それらの幾つかは恐らく、将来のどのFRB議長も繰り返さないと 考えられる。

バーナンキ議長は短期の政策金利をゼロとした後に、長期金利を押 し下げることによって信用コストを下げる政策をひねり出した。住宅ロ ーン担保証券(MBS)と年限の長い米国債を大量に購入するこの戦略 は、FRBのバランスシートを4兆1000億ドル(約421兆円)という史 上最大の規模に膨らませた。

バーナンキ議長はまた、大恐慌以降で初めて緊急融資の権限を行使 し、銀行ばかりでなく事業会社と債券ディーラーを含め金融システムの 隅々に救済を施した。これができるのは同議長が最後かもしれない。 FRBの権力強大化を警戒する議会は、個人とパートナーシップ、ノン バンクへの融資などについてこのFRBの権限排除に動いた。

マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院のクリスティン・フ ォーブス教授はバーナンキ議長について、「信じがたいほどの創造性を もって、世界経済の急降下を防ぐための措置やプログラムを打ち出し た」と評価。「危機の最中には極めて不完全な情報に基づいて決断を下 さなければならないが、議長はそれから逃げようとはしなかった」とた たえた。

バーナンキ議長が残すFRBの姿は、2006年2月1日の就任時から 様変わりしている。議長が目指したのはインフレ目標の導入であり、議 長個人から連邦公開市場委員会(FOMC)全体に権力を分散し、前任 者アラン・グリーンスパン氏が作り出した一種の神秘性を弱めることだ った。

インフレ目標と議長会見

8年の間に議長はこれらを成し遂げた。2%のインフレ目標は12年 に導入された。FOMCはより民主的な組織になり、メンバーはこれま でよりも自由に意見を交換できるようになった。政策金利見通しを含む 景気予測を年4回公表することも、四半期に一度の議長記者会見もバー ナンキ議長が導入した。

危機への対応として行った改革の功罪については、短期間では結論 が出ない。1兆5000億ドルのMBS購入や2兆4000億ドルの銀行の超過 準備の巻き戻しや縮小がうまくいくかどうかは、誰にも分からないから だ。また、住宅ローン金利押し下げなどの政策はFRBの政治とのかか わりを深め、公開市場操作の規模と影響力によって金融市場への関与は かつてないほど大きくなった。

元FRB金融政策局長で現在はモルガン・スタンレーの米国担当チ ーフエコノミストのビンセント・ラインハート氏は、バーナンキ議長の 「遺産はまだ固まっていない」とし、「われわれは生き延びた。それに よってどんな結果がもたらされるのかは、まだ分からない」と述べた。

原題:Bernanke Unique Rescuing U.S. With Acts No Fed Chairman Embraced(抜粋)

--取材協力:Jeff Kearns. Editors: Mark Rohner, Carlos Torres

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