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トヨタ社長が取り込み狙う、車なくてもデートの若者-長期戦略

過去最高の販売台数を目指すトヨタ 自動車の豊田章男社長はリーマンショック後の数々の危機を乗り越え、 今や勢いに乗る経営者の一人だ。そんな彼を悩ませているのは、いまど きの若者が車がなくても女の子をデートに誘えると公言することだ。

「女の子をデートに誘うには免許と車がなければというのが100% の常識だった」-豊田氏は9月26日、明治大学・駿河台キャンパスで 約900人の学生を前に語り始めた。「少しでもいいから若い人が車に興 味を持ち、好きになってもらいたいという思い」で足を運んだという。

豊田氏と学生との交流は、日本自動車工業会(自工会)が若者に車 の魅力を直接伝えようと企画した出張授業の一環。自工会の統計による と国内乗用車販売のピークは1990年の約510万台で、リーマンショック を経た09年は約392万台、東日本大震災のあった11年は約352万台に落ち 込んだ。12年は政府の購入支援策などもあり、やや持ち直して約457万 台となったが、少子高齢化が進む日本では今後、自動車販売が大きく伸 びる可能性は乏しい。

国内の乗用車市場はピーク時の90年から11年にかけて約31%減少、 この落ち込みペースは欧州が債務危機に見舞われた09年から12年までに 記録した20%をも上回る。特に若い世代で車への関心が低い。警視庁の 運転免許統計によると、運転免許保有者数の構成比率で、20代は01年末 に20.8%を占めたのに対し、12年末には14.0%へ低下した。

趣味・関心は多様化

電通総研の電通若者研究部が3月に公表した若者の「好きなもの」 調査によると、消費金額の多い順に、大学生の1-3位が海外旅行、ギ ャンブル、国内旅行で、その後がショッピング、恋愛・恋人、ファッシ ョンなどとなり、車・バイクは10位(金額の割合4.0%)にとどまっ た。趣味・関心が多様化し、車への関心は低いことが浮き彫りになっ た。

アトランティス・インベストメント・リサーチのエドウィン・マー ナー氏は「日本の若者は、ひと世代前とは考え方が違い、自動車に対す る意識は非常に低い」と指摘した上で、「若者の興味の対象はスマート フォーン(多機能携帯電話)などで、経済的にも自動車を買う余裕はな いのが現状」と述べた。

豊田氏は09年の就任当時から、若者が車を買わないことに危機感を 示し、「車から離れているのは若者でなく、われわれメーカー側だ」と 述べていた。

明治大学生との交流で豊田氏は、車の利便性を説くよりコミュニケ ーションを図ることに徹した。10年の大量リコール問題が起きた当時の 心情を自ら語る一方、普段の食生活を問われ、「コンビニ食は当たり前 で、恵まれた生活ではない」と笑いを誘った。

鮮やかなブルーのシャツにえんじ色のネクタイ。カーキパンツの裾 をロールアップしたファッションも学生たちに好評だった。ファッショ ン・ヘアメイク・アーティストの藤森まり氏(53)は「ロールアップの 丈も短過ぎず、ちょうどの丈で靴下をはいてるところもおしゃれ」と し、「太いフレームのメガネもナチュラルなヘアもお似合いでナイスコ ーディネート」と評価した。

大人が楽しんでいる姿を見せる

会場からの質問で、「どうやってわれわれに車がかっこいいと伝え るのか」と問われた豊田氏は「車が楽しかった時代を過ごした人たちが 今、車を楽しんでる姿を見せることで、若い人もなぜ浮き浮きしてるの だろうと興味を持ってくれるのではないか」と答えた。

トヨタは実際、大人を楽しませることで若者にアピールする戦略を とっている。80年代に人気があったスポーツカー「86」(ハチロク) を富士重工業と共同開発で復活させたり、高級車ブランド「レクサス」 や、前輪駆動の上級セダン「アバロン」などデザインを重視したモデル チェンジもしてきた。

86については若者層の取り込みが期待されたが、昨年2月の発表 会見で豊田氏は、購買層は「最初は私の世代の人、かつて車ファンだっ た40代から50代」と述べた。比率では40-50代が65%、30代が35%程度 を見込んでいると語った。

車好きを公言できる世の中に

86のマーケティングを統括する喜馬克治氏は、その狙いについて 「大人が楽しめなければ若い人が車を楽しいと思ってくれない」と述 べ、まずは「車好きを公言してよい」世の中にするのが目標と語った。

大人に楽しんでもらうために、トヨタは遊び方もセットで提案して いる。サーキットのレッスン走行プログラムを設定したり、運転を楽し める美しい峠道を紹介したり、スマホアプリで自分の運転技術を評価で きるシステムをつくったり、販売後のサポート体制を充実させた。

レーシングドライバーの脇坂寿一氏は「小さなころは食卓を囲んだ 会話に車の話題が出てきた」と振り返り、大人が車を楽しむ姿を見て育 った子供たちが適齢期となる15年後には車離れに歯止めがかかるのでは ないかと期待を示した。

トヨタが9割以上を出資する富士スピードウェイ(FSW、静岡 県)では、若者の来場が極端に減っている。モータースポーツイベント のチケット購入で、最も多いのは30代後半から40代後半の約6割で、次 に多いのは50代以上の約2割、そのほか法人などの顧客分などだ。

セナの死

自動車レースの最高峰、フォーミュラーワン(F1)の人気レーサ ーだったアイルトン・セナが94年に事故死したことで「モータースポー ツブームが下火になり、若者の車離れも顕著になった」とFSW広報担 当の徳山直樹氏は指摘する。

FSWでは中学生以下を入場無料にしたり、父親に連れられてきた 妻や子どもが退屈しないように、イベントやトークショーを実施、「一 歩でも足を運んでもらうよう四苦八苦」している段階。子どもが学校 で、「昨日、レースを見てきた」「かっこいいレーサーに会った」と自 慢してくれれば、風向きも変わるかもしれないと徳山氏は語った。

明治大学でのイベントの終わりに豊田氏は「車は愛車、ペットは愛 犬というが、冷蔵庫は愛機とは言わない。私は車をコモディティ(汎用 製品)にしたくない」と語り、「私にとってすべての車が子供のような 存在。皆さんにも車育てに参加してほしい」と呼びかけた。

経済的な理由

イベント後に学生10人に取材すると、「豊田社長に親近感を覚え、 自動車を以前より身近に感じるようになった」との回答が多かった一 方、実際に車を買うのは経済的に難しいという学生は6人に上った。

境太智さん(23)さんは「自動車ローンだけでなく、買った後も駐 車場代や税金など維持費がかかるからちゅうちょする」と述べ、林達也 さん(20歳)は「就職したら買いたいけれど、経済的な理由から35歳で マイホームを建ててから軽自動車を買うというイメージ」と語った。

厚生労働省の統計によると、労働者の平均年収は97年に約446万円 だったのに対し、12年は約377万円と15%減少している。一方、非正規 雇用労働者の割合は90年の20%に対し、今年1-3月は36%に上昇して いる。経済協力開発機構(OECD)統計によると、非正規雇用労働者 の賃金は、正規労働者より平均で4割ほど低い。

一方、19歳の加藤馨子さんのように、車そのものに興味がなく、 「お金があれば便利な家電製品や可愛い家具などを揃えるために使いた い」という学生も3人いた。

技術者確保にも影響

立花証券の平野憲一顧問は「若者の人数自体が減っていく日本では 若者の車離れの影響は販売台数そのものより、国内で優秀な技術者を確 保し続けられるかという点で大きい」と指摘。「日本の消費者の意識は 高く、その中で若い人の意見も取り込みながら高い技術の自動車をつく っていくことは自動車メーカーに大きな意義がある」とコメントした。

自工会の出張授業では、豊田氏を皮切りに、ホンダの伊東孝紳社長 や富士重の吉永泰之社長など自動車8社の首脳らがそれぞれ関東、関西 の主要大学を訪ねて学生たちに語りかける。

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