恋人の死乗り越え新たな冒険-津波とテロ逃れた元トレーダー

2004年12月26日、マーク・ワインガ ード氏は目覚めると、タイのリゾート地、プーケットの海岸にある自宅 の寝室に向かって巨大な波が押し寄せて来るのに気付いた。屋根によじ 登り、津波が家中の物をのみ込むのを見ているしかなかった。

スマトラ沖地震の死者は約25万人に上り、遺体が発見されないこと も多かった。同氏は空を見上げ、「これから私に何をしてほしいのです か」と問い掛けたことを思い出す。

元デリバティブ(金融派生商品)トレーダーであるワインガード氏 (46)がこの質問をしたのはその時が初めてではなかった。ブルームバ ーグ・マーケッツ誌別冊の高級ライフスタイル誌「ブルームバーグ・パ ースーツ」2013年春号が報じた。

ワインガード氏がまだ10歳の時、英マンチェスターのタクシー運転 手だった父親は、36歳の誕生日の9日前に自動車事故で死亡した。自分 も36歳になる前に死ぬと確信した同氏は、残された時間でできることを 全て達成しようと心に誓った。

ワインガード氏は19歳の時にロンドンに行き、後にJPモルガン・ チェースの一部となるケミカル銀行に入行。29歳までにトップトレーダ ーになり、32歳までに数百万ドルの資産を築いた。インターネットのベ ンチャー事業に関わるため1998年に銀行業界を去り、その後オンライン 証券会社のリセットを創業した。

父親が死んだ年齢の35歳になっていたワインガード氏は2001年9 月、富士キャピタル・マーケッツに商品を売り込もうとニューヨークの マンハッタンを訪ねた。徹夜で仕事した後、世界貿易センター (WTC)にある同社に遅刻すると電話を入れると、電話の相手は来な いようにと必死に訴えた。飛行機がビルに突っ込んだという。テレビを つけると、自分が米同時多発テロをぎりぎりのところで免れたことが分 かった。

36歳の誕生日

その直後、ワインガード氏は36歳の誕生日パーティーを開いた。 「生きているのが信じられなかった」と話す。幸せな気持ちをさらに高 めたのは婚約者アニカ・リンデンさんの存在だった。ワインガード氏は 特にリンデンさんが仕掛けるいたずらが大好きだった。

02年10月、リンデンさんが友人の結婚式のためにインドネシアのバ リ島を訪れたとき、アルカイダ系組織ジェマーイスラミアによる爆弾テ ロ事件が起き202人が死亡した。ワインガード氏はリンデンさんと連絡 が取れず、バリ島まで行って探したが、やはり発見できなかった。希望 が消えていく中、ホテルに戻ってシャワーを浴び、テーブルの前に腰掛 けると突然、部屋のドアが開いた。

不思議に思い、タオルを体に巻いただけの姿で廊下に出ると、その まま後ろでドアの鍵が閉まった。その時、リンデンさんのいたずらを思 い出し、思わず笑い出したという。「その時、彼女の名前の付いた慈善 財団を始めようと決めた。この悲しい出来事に対して何かポジティブな ことをしろという彼女からのメッセージだと思った」と話す。

新たな冒険

その年、ワインガード氏は爆弾テロ事件の犠牲者の子ども達を支援 するため「アニカ・リンデン財団」を設立。ワインガード氏と同氏の投 資先企業は、この10年間で1000万ドル(約9億6000万円)以上を寄付し た。財団の名称を「インスピラジア」に変更した今は、インドやインド ネシア、タイで、16の教育・医療・リハビリ関連プロジェクトに資金を 提供する。

ワインガード氏は現在、新たな冒険に取り組んでいる。津波の被害 を受けた自宅の跡地に高級リゾートホテルを建設することだ。客室数わ ずか10のホテル「イニアラ」は年内にオープンする予定で、宿泊料収入 の10%を慈善活動に寄付する方針だ。これが年80万ドルの寄付につなが ると予想する。

ビジネスと慈善活動

ワインガード氏は「ビジネスと慈善活動が両立できることを証明し て、ほかの人にも同じことをやってみようという気持ちになってもらい たい」と語った。また、ワインガード氏は東南アジアで今後10年間であ と数軒ホテルを建設する計画だ。これが年間で約1000万ドルの寄付を生 み出すと期待している。

現在マルタを拠点としているワインガード氏は「何度も命を救われ る経験をしたため、神の存在を信じずにはいられない。私には人々を助 ける義務がある」と語った。

父親や婚約者の早過ぎる死や、自身もぎりぎりのところで死を免れ るという経験をしたにもかかわらず、ワインガード氏は楽しい思い出で あれ苦しい思い出であれ、過去をひきずることはめったにないという。 「人生が面白ければ、良い時もあれば悪い時もある。何も起こらない人 生こそ間違いなく最大の悲劇だ」と話した。

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