加中銀総裁は晴れて旅立てるか-忍び寄る不動産ブーム崩壊

世界保健機関(WHO)の人事担当 上級幹部だったハーバート・クロケット氏は、40年間にわたる勤務でカ イロ、ジュネーブ、ニューデリーと渡り歩いた。カナダのプリンス・エ ドワード島出身の同氏は、引退後の2005年に母国で不動産投資に乗り出 した。

クロケット氏(75)はトロントで高層ビルの投資ブームが起こる直 前の8年前、トランプ・インターナショナル・ホテル・アンド・タワー が建設する65階建てホテルのワンベッドルーム・スイートを90万4000カ ナダ・ドル(現在のレートで約8100万円)で購入。その後完成したホテ ルはマンハッタンのホテルのような高級感を漂わせている。

しかし住宅販売の落ち込みをきっかけに、クロケット氏ら投資家ば かりか、一般のカナダ人が抱いてきた幸福感は失われつつある。ブルー ムバーグ・マーケッツ誌4月号が報じている。

世界経済の回復がカナダの輸出を押し上げるよりも先に、借金を原 動力とした同国の景気拡大は停滞に陥るのではないかと投資家らは懸念 する。実際に景気が鈍化した場合、7月1日にイングランド銀行(英中 銀)総裁に就任予定のカナダ銀行(中央銀行)のカーニー総裁の経歴に 汚点を残すことになりかねない。

カナダの縮図

クロケット氏はトロントの上空に伸びる何十本もの高所作業中の建 設用クレーンを指さしながら、「トロントがカナダの縮図だとすれば、 それは住宅部門への過度の依存という点においてだ」と指摘。「コンド ミニアムの暴落が心配だ。その場合、全ての投資資産はどうなるだろう か」と語った。

トロントでは不動産が供給過剰の状態だ。スカイスクレーパーペー ジ・ドットコムによると、2月下旬時点で建設中の高層ビルは144棟と 世界の都市で最多。トロントの調査会社アーバネーションは、昨年10 -12月(第4四半期)末時点のコンドミニアム新築案件数は25万3768件 と前年比10%増加したと発表している。

現在フランスのクロゼに住むクロケット氏は、供給過剰により同氏 のスイートの客室稼働率は約25%にとどまっており、月当たり7000カナ ダ・ドルの損失を被っていると説明した。投資リターンの説明で事実を 歪曲(わいきょく)したとして、同氏はトランプ・グループを率いるド ナルド・トランプ氏と不動産開発会社を相手取り290万カナダ・ドルの 賠償訴訟を起こしている。

クロケット氏は訴状で、不動産開発会社タロン・インターナショナ ル・デベロップメントは年間のリターンを最大27%と説明し、客室料金 やモーゲージ金融について透明性を欠いていたと主張している。

実績携え転身

非上場会社タロンのバル・レビタン最高経営責任者(CEO)はク ロケット氏の主張を否定し、購入を後悔した人の繰り言に過ぎないと指 摘。トランプ・オーガニゼーションの法律顧問、アラン・ガーテン氏 は、ドナルド・トランプ氏は同不動産売却に関与しておらず、この訴え には「全く根拠がない」と語った。

カーニー総裁(47)自身ばかりか、ラガルド国際通貨基金 (IMF)専務理事ら多方面の人物から安定性のモデルと高く評価され ているカナダ経済において、不動産市場の悪化はカナダ経済の停滞を示 すただ一つの兆候だ。昨年9月時点で世界経済フォーラム(WEF)は カナダの銀行システムを5年連続で健全性1位とした。金融危機のさな かでもカナダの銀行株は米銀行株ほど下げることはなかった。S&Pト ロント総合銀行株指数は11年に07年の高値を初めて超え、今年2月20日 に過去最高値を付けた。

こうした状況がカーニー氏の英中銀総裁起用を後押しした公算が大 きい。しかし、総裁が大西洋をまたぐ転身の準備を整える中、カナダの 世帯が現在抱える債務は過去最高となり、昨年7-9月(第3四半期) 成長率は1年ぶりの低水準にとどまった。米格付け会社ムーディーズ・ インベスターズ・サービスは1月28日にこの問題を指摘し、WEFから 高評価を受けていた6行を格下げ。債務と住宅高騰に伴い、世帯がさら なる悪材料に対し脆弱(ぜいじゃく)になっていると説明した。

無謀な借り入れ

カナディアン・インペリアル・バンク・オブ・コマース (CIBC)投資銀行部門の副主任エコノミスト、ベンジャミン・タル 氏は、カナダは世界的な信用危機の克服を先導したことで高く評価され るかもしれないが、それは無謀な借り入れに基づくものだと指摘。「今 そのつけが回ってきている」とし、「カナダは長い低成長期に入るだろ う」と予想した。

米住宅市場の活気とは対照的に、カナダの不動産ブームは後退しつ つある。カナダの今年1月の新築住宅建設は前月比19%減少し、09年末 以来の低水準となった。中古住宅販売も前年同月比8.8%縮小。トロン トに限っても昨年の新築コンドミニアム販売は前年比で36%減った。同 中古販売は10%減と、08年以来の前年割れ。アーバネーションが明らか にした。

カナダの大都市の平均住宅価格は概して上昇しているが、バンクー バーは例外でピークの11年5月から今年1月まで8%下げている。一 方、米国では昨年の新築・中古物件販売は前年比9.9%増と、1998年以 来の大幅な伸びとなった。

さらばカナダ

カナダの独立系不動産仲介会社最大手、ライト・アット・ホーム・ リアルティの営業担当、スティーブ・ヘネシー氏は向こう2年でトロン トの住宅価格は20%下落するとの見通しを示した上で、「大幅な調整局 面となる」と説明した。

トロントのグラスキン・シェフ・アンド・アソシエーツの主任エコ ノミスト兼ストラテジスト、デービッド・ローセンバーグ氏は、住宅不 況に陥るきっかけは何だろうかと考える。金利は低位にとどまり続ける と同氏は予想する。カナダには米国のようにサブプライムローン(信用 力の低い個人向け住宅融資)や規律を欠いた銀行融資の問題もない。そ うしたカナダの住宅市場を混乱に陥れる要因とは世界経済のさらなる減 速かもしれない。輸出と雇用に一段の下振れ圧力が加わり、限度いっぱ い借りた消費者は不動産投資から手を引く事態となりかねない。

クロケット氏の訴訟は曲折が見込まれるが、カーニー氏も英中銀総 裁として新たな難題に直面しそうだ。英経済が昨年10-12月にマイナス 成長となったことから、前例のない三番底リセッション(景気後退)の 影響への対処を迫られる可能性がある。しかし、カナダで住宅販売の縮 小が続き家計の債務が増加の一途をたどれば、同氏は今回の転身を絶妙 のタイミングの逃避行だったと考えるかもしれない。

原題:Canada Losing Debt Halo as Bull Market Housing Peaks With Carney(抜粋)

--取材協力:Ilan Kolet、Christopher Donville.

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