日本版「ハートロッカー」:860キロ不発弾処理へ-対爆服は無用の長物

陸上自衛隊の大橋誠2等陸曹、爆発 物の処理経験は10年超で第102不発弾処理隊に所属している。「恐怖心 が全く無いといえば嘘になるが、知識と経験で克服できると信じてい る。われわれ以外に誰もできない作業だ」。実際の作業と同様に500ポ ンド(約225キロ)模擬爆弾の信管を外す作業をしながら語った。

静岡県浜松市で17日、第2次世界大戦で米軍が発射したと推定され る重量約860キロの不発弾1発が処理される。信管が外せない艦砲弾 で、約4キロ離れた遠州灘海岸へ運んで午後2時に爆破させる。浜松市 では14年ぶりの措置。第102部隊約20人のチームから9人が出動、大橋 2曹(37)を含む6人が実際の作業に当たる。

安倍晋三政権の掲げる建設国債増発による景気刺激策は土地の掘り 起こしを通じて結果的に不発弾発見数増加につながるはずだ、と防衛大 学の山口昇教授は予想する。爆弾の発見・処理はロボットに将来移管す る構想はあるとしながら「信管除去などをすべて機械に委ねるのは難し く、やはり人による繊細な作業は不可欠だ」とも指摘した。

映画「ハートロッカー」はイラクの首都バグダッドで爆発物処理に 従事する米軍特殊部隊の日々を描き、第82回アカデミー賞で作品賞を含 む6部門を受賞した2008年の作品。大橋2曹の業務と重なる世界だ。映 画は日本では10年に公開された。題名は米軍の俗語で殉職兵士の棺、棺 桶、また極限まで追い詰められた状態などを表す。

格闘家を連想させる鍛え抜いた肉体を持つ大橋2曹も、不発弾処理 に当たっては「無事に帰ってくるイメージを明確に持つことや、工具の 配置などを含めて準備を万全にすることで心の安定を得る」と心情を明 かした。第102不発弾処理隊は関東・甲信越地方や静岡県などを担当し ており、拠点の埼玉県朝霞駐屯地で大橋2曹はインタビューに答え た。2011年度の陸自爆弾処理実績は1578件、約38トン。

特殊スーツは無用

「ハートロッカー」で主人公ジェームズ2等軍曹が処理するのは、 テロリストなどが仕掛けた比較的小型の爆発物だ。映画では、防爆衣 (ぼうばくい)と呼ばれる対爆スーツを着て作業をする。これに対して 陸自の不発弾処理は、通常の戦闘服で行われている。

第102部隊隊長の高橋正尚2等陸佐は「250キロ級の大型爆弾だと破 壊力が大きく特殊なスーツを着ても着なくても結果は同じ。むしろ戦闘 服だと動きやすいメリットがある」と説明する。それでも陸自の不発弾 処理は1件の事故もないとして、「先輩方が築いたものを当然継続する という使命感、責任感が高いモチベーションになり、いろいろな訓練や 研究、日々の研さんを重ねている」と語った。

第102部隊が処理する浜松市の不発弾はJR東海の浜松工場で発見 された。スズキの寮やヤマハ発動機の工場なども隣接する場所だ。17日 には周辺の約3800世帯、住民約1万人に避難指示が出される。午前8 時20分から交通規制が順次行われて国道257号、国道1号などの一部区 間で通行制限されるほか、JR東海道本線も7本の区間運休の列車が出 て、交通機能の一部が停止する。

元赤坂、仙台、大阪

不発弾処理は日本で珍しくない。12年10月には東京都港区元赤坂の 工事現場から米軍の500ポンドの不発焼夷弾が発見され、オフィス街の 真ん中で処理された。11月には仙台空港用地造成工事の途中に滑走路脇 で250キロの米軍の爆弾が発見され、空港が閉鎖された。今年2月には 大阪市北区で米軍投下とみられる1トン爆弾が発見され、約6000人が避 難して自衛隊が処理した。

戦後68年を経た現在でも不発弾は全国各地で発見されている。主に 第2次世界大戦時の米軍の不発弾で、旧日本軍が残した砲弾もある。

防衛省の陸上幕僚監部装備部武器・化学課の弾薬班長を務める吉塚 毅1等陸佐は、大戦中に連合軍が使用した爆弾のうち不発弾がどの程度 存在しているのかについて「投下総量と不発率等から推測は可能だが、 実際のところは不明だ」と述べた。その上で陸自の爆弾処理実績 は、1958年から2011年までに約13万件、約6000トンがあると付け加え た。

不発弾爆発事故

歴史家で米空軍に詳しいハーマン・ウォークス氏の2007年の著作に よると、当時の資料からの引用として、大戦中の連合軍すべての航空機 が日本本土に投下した爆弾は総量16万800トン。このうち大型爆撃機B -29によるものが14万7000トンで総量の90%を超えている。総量の9割 は終戦までの5カ月間に集中的に投下されたとしている。

陸自が全国に展開する部隊を配置する契機は、1974年の3月に起き た沖縄県那覇市の幼稚園での不発弾爆発事故だ、と防衛省の陸上幕僚監 部広報担当の野沢友宏2等陸佐は指摘する。

この事故では、下水道工事の作業中に旧日本軍の爆発物が破裂して 作業員3人と幼稚園児1人が死亡、34人が負傷した。これ受けて現在の 不発弾処理隊の前身となる部隊が編成され、4部隊が全国をほぼ網羅す る形で不発弾処理に当たる専門部隊として今日に至っている。半数以上 は米軍との激戦地だった沖縄に集中、残りで主要地域をカバーする。

第102部隊では基本的に警察からの不発弾発見の報告と処理要請を 受けて出動する。高橋隊長によると、2009年から3年間の平均で年345 件と1日約1件のペース。うち危険だとして緊急出動するのは年42件 で、週に1度弱となる。信管除去は09年で1件、10年度は3件、11年度 は1件だった。

オフィス街に不発弾

ゼネコン鹿島で元赤坂一丁目計画事務所の小林伸行所長は、元赤坂 一丁目で不発弾が見つかった昨秋を振り返った。9月20日の蒸し暑い日 の昼ごろ基礎工事のため重機で地面から4メートルを超えて掘り進めた ところ、爆弾らしきものを発見したと現場から連絡が入った。現地に駆 けつけて一目で爆弾だと分かり警察に連絡、処理は行政に委ねた。

小林所長は「地面を掘るといろいろなものが出てくるもの、これま でにもさまざまなものが出てきた」と淡々と語る。ほぼ1カ月後、東京 メトロ赤坂見附駅からほど近い港区のオフィス街で半径100メートルが 警戒区域に指定され、約100世帯、約200人が一時避難して爆発物が処理 された。

第102部隊の高橋隊長は「これまでで最も緊張したのはやはり都心 で世間の注目度もマスコミの関心も高かった赤坂の案件だ」と語った。 この信管除去は順調に進み作業は約30分で完了した。

志願

大橋2曹をはじめ不発弾処理隊員は志願が多いと高橋隊長は明か す。平和な日本で生命の危険を冒してまで仕事に取り組む大橋2曹は 「不発弾という危険なものが存在することに対する住民の不安を取り除 くことにやりがいを感じる。職業で食べているという意識もあり、正直 辞めたいと思ったことはない」と語る。さらに「後輩の育成まで見据 え、可能なら定年までこの職務を続けていきたい」と付け加えた。

信管処理を赤坂を含めて計13回経験している大橋2曹は「ヒーロー 的感覚は若いときには若干あったがスタンドプレーの感覚はない。処理 はチームプレーで成し遂げるもの」と強調。今回も直接爆破処理を担当 する6人の1人として「仲間を信頼し、今度の浜松市の処理でも細部に 気を配りながら淡々と平常心で取り組むつもりだ」と述べた。

休日は愛車のハーレーダビッドソンのスポーツバイク、ビューエル を乗りこなす大橋2曹。パーツ分解や整備の作業は爆弾処理における手 先の訓練にもなるとして「どちらも失敗したくないとうことは通じるも のがある」と笑いながら話した。