【コラム】黒田氏に日本への片道切符を贈ろう-W・ペセック

アジア開発銀行(ADB)の黒田東 彦総裁(元財務官)についての私のとっておきの思い出は、2011年3 月13日に東京行きの航空機に一緒に乗り合わせたことだ。

東日本大震災の2日後で原発事故の危機が起こり始めたころ、地震 発生時にフィリピンにいた私は、東京行きの便に飛び乗った。空席ばか りの機内で、黒田氏は私の近くの席に座っていた。マニラから東京行き の便はいつもほぼ満席だが、この時はチェルノブイリになりかねない日 本を訪れる人などなく、日本から脱出したい人ばかりだった。

黒田氏は「われわれだけの貸し切り状態ですね」と話し掛けてき た。「自分のできることをするために戻るのだ」と語っていた。

黒田氏は再び、日本を助けるために戻ってくるかもしれない。あの 時の言葉のように。今度は日本銀行総裁として同氏が戻ってくるとすれ ば、それは8年間をマニラで貧困と闘うことに費やした同氏にとってふ さわしい時期の帰国と言えるだろう。11日東京で言葉を交わした同氏の 無私無欲な姿勢を見て、私は黒田氏こそは15年にわたる日本のデフレを 終わらせる人物かもしれないと思った。

同氏がブルームバーグ・ニュースとのインタビューで、日銀が年内 に追加緩和を行うことは正当化できるとの見解を示したことには勇気付 けられる。日銀の白川方明総裁が2014年までは追加緩和の必要性を感じ ないとしているのとは大違いだ。黒田氏は3月に退任する白川総裁の有 力後任候補だ。同氏は2%のインフレ目標達成に向けた手段が日銀には 多数あるとも述べた。それだけでも今までの日銀総裁とは異なる。さら に、消費者物価の下落を根絶する必要があると同氏は明言した。

他候補にない能力

黒田氏(68)は次期日銀総裁に指名されたわけではない。発言は ADB総裁としてのものであり、日銀を代弁したのものではない。安倍 晋三首相は日銀総裁人事について手の内を明かしていない。しかし、黒 田氏には日銀総裁として、日本経済を活性化できる他の候補にはない能 力があるように思われる。

安倍首相について言われるのは、ヘンリー・ポールソン前米財務長 官が2008年に述べたように、「バズーカ」砲を使おうとしているという ことだ。安倍首相が選ぶ日銀総裁の仕事は、バズーカを使って大量の流 動性を市場に撃ち込むことだが、日本に必要なのはそれだけではない。 日銀は火力を高めるばかりでなく、照準の正確さも求められている。こ こで経済理論が重要になる。

豊富な経験

日銀ではなく財務省出身であることに加えて、黒田氏が成功するか もしれない最大の理由は、2005年以来のADB総裁としての経験だ。金 融政策が持ち得る増幅力は1990年初め以降、日本では発揮されていな い。銀行は依然、融資に後ろ向きで家計は借り入れに慎重だからだ。

問題は政治にもある。巨額の国債を抱え込んでいる銀行に罰則を科 せば、与信拡大につながるかもしれない。個人や企業による借り入れを 奨励する税制で融資を伸ばすことも可能だ。しかし政治は日銀にばかり 依存し、自らの仕事をしてこなかった。

日本の官僚が縄張り争いをしている間、黒田氏はアジアで成長を促 進し、その恩恵を域内各地に広めることに取り組んできた。限られた資 源を駆使し、発展度合いが異なる域内からの多種多様な要求に対する理 解が十分ではない場合でも行動してきた。この仕事には、新プロジェク トを通じて何が機能し、何が機能しないかを見極める発想力が必要にな る。リスクに立ち向かい、柔軟な発想をするこうした姿勢こそ、日本が 必要としているものだ。

限界超えた思考

日本は非伝統的政策をあまりにも伝統的に実践しようとしている。 日銀にできることは数多くある。長期の国債、社債、上場投信 (ETF)、中小企業向けローンの証券化商品の購入拡大や、不動産の 購入、財政が破綻した自治体の債務の貨幣化などだ。日銀には現行政策 の限界を超えた思考が必要だ。いかなる手段を使ってでもデフレを終わ らせる必要があるという黒田氏の発言は期待を抱かせる。

待望される日本経済の復活ほど市場を魅了するニュースはない。な のに、安倍首相の方法は革新を欠き、旧態依然の自民党的発想に依存し 過ぎている。しかし、安倍首相は日銀総裁人事で世界を驚かすことが可 能だ。黒田氏に日本への片道切符を贈るだけでいい。(ウィリアム・ペ セック)

(ウィリアム・ペセック氏はブルームバーグ・ビューのコラムニス トです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)

原題:Why Man Returns to Japan When Others Want to Flee: William Pesek(抜粋)