強靭な精神は元スパイのDNAか-当局の圧力に立ち向かう富豪

「お前は頭がおかしいんじゃない か」と、ロシアのメディア王アレクサンドル・レベジェフ氏がいきなり 立ち上がって叫んだ。慈善事業に資金を注ぐとの発言をあざけった不動 産実業家セルゲイ・ポロンスキー氏をにらみつけた。

これはモスクワでのテレビ討論番組収録中での出来事だ。緊張が走 り、司会者はその場をとりなそうとした。その直後、筋骨たくましいレ ベジェフ氏がボロンスキー氏を殴り、ポロンスキー氏は椅子とともに倒 れた。ロシア国営テレビ局NTVで放映された2011年9月16日のこの映 像は、ユーチューブで大きな話題を呼んだ。ブルームバーグ・マーケッ ツ誌3月号が報じた。

この騒ぎをめぐりプーチン首相(当時、現在は大統領)はレベジェ フ氏だけを批判。その数日後に捜査が始まり、約1年後の昨年9月、検 察当局はレバジェフ氏を暴力行為の罪で起訴した。

2月7日に始まる公判では、最大で5年の刑が言い渡される可能性 がある。以前からロシア政府にとって煙たい存在のレベジェフ氏は政権 批判の先頭に立ってきたが、今後はそういう姿が見られなくなるかもし れない。懲役刑になれば、個人資産も失う恐れがある。同氏によれば、 自身の事業に対する当局の圧力で資産は2年前の20億ドル(約1900億 円)から数億ドルに減っている。

収監されれば、プーチン氏にとっては富豪の敵がまた1人減る。こ の6年間、レベジェフ氏(53)はプーチン政権下の腐敗や民主主義の欠 如を容赦なく糾弾し、政府をなじってきた。

さまざまな顔

レベジェフ氏は実業家であり、かつては国家保安委員会(KGB) でプーチン氏の同僚だった。汚職や人権侵害を調査報道するロシアの週 刊紙ノバヤ・ガゼタに出資し、英高級紙インディペンデントやロンドン の夕刊紙イブニング・スタンダードを資金面で支える。

ジャガイモの栽培事業や銀行・航空会社への出資などロシアでの事 業は政府の圧力を受け損失回避に苦慮していると、レベジェフ氏は話 す。プーチン政権下のロシアで事業を展開することはリスクが高いのか もしれない。非営利団体のトランスペアレンシー・インターナショナル (TI)の2012年腐敗認識指数によると、ロシアは主要国で最悪だ。

レベジェフ氏は、昨年8月に起訴された反プーチンのロシアのロッ クバンドグループ「プッシー・ライオット」と同じ罪で起訴されてい る。同氏は当局が「私を刑務所に入れ、私の事業を葬ることもあり得 る」と言う。自家用ジェット機を保有し、5つの国に不動産を持つ同氏 は、起訴前にロシアを離れることもできたが、それは選ばなかったとい う。「なぜ他国に行く必要があるのか。ロシアは私の生まれ故郷だ」と 語る。

昨年3月の大統領選後、ロシア当局は反政府ブロガーのアレクセ イ・ナバリヌイ氏をはじめ、政権に批判的な勢力を摘発し始めた。国有 企業の不正を暴こうとする同氏の取り組みを資金面で支えてきたのはレ ベジェフ氏だ。

政府に反抗したロシアの富豪の直近の事例としては元石油王のミハ イル・ホドルコフスキー氏がいるが、同氏は今も服役中だ。これ以外に もプーチン氏の宿敵には、2000年の大統領選でプーチン氏を支持しなが らも亡命に追い込まれた富豪のボリス・ベレゾフスキー氏らがいる。

ただレベジェフ氏は、全ての責任がプーチン氏にあるとは主張して いない。自身が治安当局に敵を作ってしまったのだと言う。「プーチン 氏の役割は5%、残りの95%はそうした人たちが役割を果たしている。 プーチン氏は干渉を望まず、事態を注視している」と語る。

レベジェフ氏は常にアウトサイダー的な存在だった。モスクワの中 流家庭に生まれ、母は英語教師、父は光工学の教授。名門のモスクワ国 際関係大学では政府高官や外交官、KGB関係者の子弟である同級生に 劣等感を感じていたと、同氏は振り返る。

1982年の卒業後にKGBの対外情報部門に入ることを決意。渡航の 機会があるため魅力的な職だったと語る。「人々を虐待したり、殺害す る仕事ではなかった」という。88年、経済担当の大使館員としてロンド ンに派遣され、92年にKGBを辞めるまでそこにいた。

実業家へ

ロシアが共産主義崩壊後の混乱に見舞われる中で、レベジェフ氏は 起業家精神を発揮して事業に乗り出した。ソマリアの国連平和維持軍に 有刺鉄線を販売。アルゼンチンやナイジェリア、ペルーの国債取引で初 めて50万ドルを手にした。それを元手に銀行の国家免許を取得。電力会 社をはじめとする国有企業の株式を購入した。

しかし、株式を保有するだけでは満たされなかったと同氏は語る。 プーチン政権下で景気が好調さを保つ中で、レベジェフ氏は自分で事業 を起こすことを決意。保有株の大半を現金化した。格安航空会社に加 え、農業や航空機リース、住宅建設を手掛ける複数の企業の設立に20億 ドルを投じた。

2003年には政界に進出した。モスクワ市長選で現職のルシコフ氏に 挑んだが落選。だが同年に、プーチン氏を支持する「公正ロシア」から 下院議員に当選した。当時、プーチン氏との関係は親密で、議会の案件 で07年にプーチン氏を訪れた時は、上院選への出馬を支援する話も持ち 上がった。しかし、プーチン氏との面会はこれが最後だった。レベジェ フ氏が所有するタブロイド紙モスコフスキー・コレスポンデントが、プ ーチン氏が妻とすでに離婚し、元新体操選手のアリーナ・カバエワさん と再婚する予定だとの誤報を流したことが一因だったようだ。

手ごわい敵

08年の金融危機のさなかに銀行OJSCロシスキ・キャピタルを救 済した時にも手ごわい敵を作ったという。帳簿をチェックした際に2億 ドルの使途不明金があることを発見。連邦保安局(FSA、旧KGB) 高官が不正流用したとみた。ノバヤ・ガゼタの編集長ドミトリー・ムラ トフ氏は「レベジェフ氏は彼らを激怒させた。同氏を政治的に追い込も うとする一方で、欧州で最強の保安当局が復讐を狙っている」と話す。

ノバヤ・ガゼタへの関与、そしてロシア政権批判派として名を上げ 始めるのは06年。経営難の同紙を破綻から救うためゴルバチョフ元ソ連 大統領とともに株式の49%を取得した。51%は従業員が保有する。プー チン政権下で同紙のジャーナリスト5人、弁護士1人が殺害された。そ のうちの1人、アンナ・ポリトコフスカヤ記者は06年のプーチン氏の誕 生日にモスクワのアパートで銃で撃たれた。殺害に関わったとして、昨 年12月に元警察官が11年の実刑判決を受けている。

2週間前、モスクワ市街中心部にあるノバヤ・ガゼタのオフィスで ゴルバチョフ氏は熱烈な歓迎を受けた。この日は同氏の最新の回想録の サイン会で、ジーンズを身にまとった若いジャーナリストらがサインを もらうために辛抱強く列を作っていた。殺害された同紙の社員6人の写 真が飾られ、ゴルバチョフ氏はその下のテーブルに座った。

そこにレベジェフ氏の姿はなかった。裁判をめぐる当局との打ち合 わせに出向いていたためだが、不在のためにかえって同氏の存在が際立 った。有罪判決を受けて刑務所に入ることになれば、こうしたイベント が開かれてもレベジェフ氏の姿は見られなくなる。

原題:Lebedev Provokes Putin as Trial Shows No Russian Investors Safe(抜粋)

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