史上最大の金融詐欺、LIBORを操作した「嘘のライセンス」

ロンドンのリバプール・ストリート 駅を見下ろすロイヤル・バンク・オブ・スコットランド・グループ( RBS)のトレーディングフロア。この外れにあるデスクでポール・ホ ワイト氏は毎朝、コンピューターに一連の数字を打ち込む。

1984年にRBSに加わった同氏は、ロンドン銀行間取引金利( LIBOR)を設定するために金利を申告する担当者の1人だ。ブルー ムバーグ・マーケッツ誌3月号が報じた。

LIBORは住宅ローンから学資ローン、金利スワップまで世界 で300兆ドル(約2京7350兆円)の金融取引の基になる指標金利だ。ホ ワイト氏の後ろには2002年から同行に勤務しているデリバティブ(金融 派生商品)トレーダーのニール・ダンジガー氏が座っている。

08年3月27日の朝、ダンジガー氏は東京の上司、タン・チ・ミン氏 から、翌日申告する円建て金利の数字を必ず前日より高くするよう指示 を受けた。「高い数字を出さなくてはならない。できれば一番高くした い」とタン氏がインスタントメッセージで指示していたことが、シンガ ポールの裁判所が公開した文書から分かった。

ブルームバーグ・ニュースはこの文書について報じたが、その後 RBSの要請によって文書は非公開とされた。

ボーナス吊り上げ

いつもなら、ダンジガー氏は椅子を回転させてホワイト氏の肩をた たき、この指令を伝えるところだったと、フロアで勤務していた複数の 同僚が話す。しかし、この日はホワイト氏が不在だったため、ダンジガ ー氏が自ら金利を入力した。LIBORの水準によって利益が上下する デリバティブトレーダーが金利を申告することを禁じる規則は、RBS にも他の銀行にもなかった。この構造的な不備を一部のトレーダーは、 自身のボーナスを吊り上げるために悪用した。

RBSは翌朝、3カ月物円建てLIBORの金利を前日の0.94%よ りも高い0.97%と申告した。対象16行で金利上昇を報告したのはRBS だけだったが、RBSの数字によってその日のLIBORは0.002ポイ ント高くなった。500億ドルの金利スワップポートフォリオで最大25万 ドルの利益が出る差だ。

ビショップスゲート警察署や267年の歴史があるパブ「ダーティ・ ディックス」と通りを挟んで向かい合うRBSのトレーディングフロア で起きていた数々の出来事が、銀行業界の歴史の中で最大かつ最も長く 続いていた不祥事の中心として浮かび上がってきた。金融機関が住宅ロ ーンの不良債権を売りさばき、ヘッジファンド運用者がインサイダー情 報に基づいて取引し、銀行が麻薬組織のためにマネーロンダリング(資 金洗浄)に手を染める言わば「金融欺瞞」の時代にあってすら、 LIBOR操作はその広がりとやり方の大胆さにおいて際立っている。

ある程度の道徳観

1994年から98年までバークレイズの最高経営責任者(CEO)を務 めたマーティン・テーラー氏は、「自分の組織の収入を押し上げるため ならほぼ何をやっても合法的と見なされていたようだ」として、「市場 は恥ずかしげもなく不正直な行為をしていた。金融市場にかかわる人間 を聖人だと思ったことはないが、ある程度の道徳観はありそうなもの だ」とあきれる。

LIBORの水準は住宅ローン金利や貯蓄預金の金利、社債投資リ ターンなどを左右する。これを操作したことで銀行は今、検察から訴追 され監督当局から制裁を科され、世界中で訴訟を起こされるなどと、悪 事の代償を支払わされつつある。

ドイツ銀行やUBS、バークレイズ、RBSなどの銀行のトレーダ ーらは何年にもわたって、金利申告担当の同僚や他行員らと共謀し、マ ネーの値段とも言うべき指標金利を動かしてきたことが、ブルームバー グが入手した文書や現・元トレーダーら、弁護士、監督当局者ら20人余 りとのインタビューで明らかになった。UBSのトレーダーは他行の申 告金利を動かすために仲介人に贈賄までしていたことを、当局の資料が 示している。

史上最大の金融詐欺

トレーダーらは同じ勤め先で働いていたり、インターディーラー・ ブローカーが主催するフランスのシャモニーやモナコ・グランプリへの 旅行で知り合うなどして、親密なグループを作った。金利操作は銀行の 監督責任者がシステムの瑕疵(かし)に気付いた後も、何年も続いてい た。

経済協力開発機構(OECD)事務総長の特別顧問、エードリア ン・ブランデルウィグノール氏は「影響を受けた金額の大きさは永久に 判明ないだろうが、史上最大の金融詐欺であることは確かだ。 LIBORは事実上あらゆるデリバティブの計算の基になっている」と 語った。

最初に警鐘が鳴らされてから5年以上たって、ようやく監督当局と 検察が動き始めた。UBSは米・英・スイスの当局から合わせて過去最 高の15億ドルの制裁金を科され、バークレイズは2億9000万ポンドを支 払った。バークレイズではロバート・ダイアモンドCEO(当時)を含 む3人の最高幹部が辞任した。

重い腰の当局

監督当局は遅くても07年8月の時点で、一部の銀行が財務の健全性 をアピールするために意図的に低い金利を申告していることを知ってい た。ニューヨーク連銀が公表した文書によれば、同月にバークレイズの ロンドン在勤行員はニューヨーク連銀に、他の銀行が申告した金利につ いて電子メールで問い合わせた。その9カ月後、バークレイズの投資銀 行部門で資産配分責任者を務めていたティム・ボンド氏が公然と、 LIBORは「現実と掛け離れている」と発言。ブルームバーグテレビ ジョンの番組で、財務が圧迫されているとの印象を避けるために実際と 異なる金利を申告することが日常化していると暴露した。

ニューヨーク連銀とイングランド銀行(英中央銀行)は、その当時 行動を起こさなかったのはLIBORの監督が両行の責任範囲内ではな かったからだと説明している。監督責任は1986年にLIBORを創設し た英国銀行協会(BBA)にあり、同協会は08年以降、複数の中銀当局 者からLIBORの設定方法を変更するよう勧告を受けたが、対応には 至らなかった。さらに、当局は当時、大恐慌以降で最悪の金融危機への 対応に追われていた。銀行に金利を正直に申告させれば高い金利を払わ されている実態が露見し、さらに信頼が揺らぐことも心配だった。

正直であることが前提

LIBORは銀行が申告した金利を基に、10通貨で翌日物から1年 物までのさまざまな期間について設定される。申告された金利に基づい て設定され、その日のLIBORとして正午前に公表される。申告金利 は実際に貸し借りした金利ではなく見込みであるため、銀行が正直に申 告することが前提になる。ところが、ブルームバーグ・ニュースが入手 した文書やメッセージの写しによると、デリバティブトレーダーらが自 行や他行の金利申告者に影響力を行使したばかりか、時には上司までそ れを黙認していた。

元当局者の中には、この詐欺の規模の大きさに驚かされたという者 もいる。87-06年まで米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めたア ラン・グリーンスパン氏は、「私の全経験を通じて、銀行監督当局に対 して故意に虚偽の事実を伝えるバンカーがいると考えたことは一度もな かった」と言う。「信義にかけて正確に報告する義務がある。些末なこ とは別にして、故意に不正確な報告がされることがあり得るなどとは夢 にも思わなかった。私は間違っていた」と同氏は話した。

モルガン・スタンレーのアナリストらは業界全体の制裁金の額が少 なくとも87億ドルに上ると見積もった。RBSはLIBOR問題をどう 決着させるか現在当局と交渉中。

問題のタン、ダンジガー、ホワイト3氏は、「プロジェクト禅」と 呼ばれた円LIBOR操作へのRBSの調査後、11年に解雇された。し かしタン氏は同年、不当解雇を主張してシンガポールで同行を相手取り 提訴。依然係争中だ。

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