全日空:「B787を即刻止めろ」、20年ぶり緊急脱出で-危機管理

「692便が高松へダイバート(行 き先変更)」--全日本空輸オペレーション責任者の松田法彦部長 (51)が16日朝、経営陣の居並ぶ汐留本社ビルでの定例の社内会議で説 明を始めた矢先に携帯電話に緊急連絡が入った。第2報は、羽田行きボ ーイング787の緊急着陸で、乗員乗客が脱出シュートを使って機内か ら脱出したとの耳を疑う連絡だった。

全日空機での緊急脱出は1993年5月のB747の羽田空港での機内 での発煙以来、約20年ぶりの非常事態。会議はその場で中断、緊急着陸 をめぐる危機管理体制の発動が決まった。松田氏によると、その直後、 伊東信一郎社長が「すべてのB787を即刻止めろ」と指示、原因が判 明するまでの間、運航を見合わせることを即断したという。

松田氏は、1日当たり約1000便近い飛行管理を行うオペレーション マネジメントセンターの部長だが、いったん航空機のオペレーションが 危機にひんした際は率先して状況を把握し、危機管理発動での現場責任 者としての役割を担う。肩書きは「クライシス・ディレクター」。

危機管理の対策本部を設置した羽田空港に駆けつけるタクシーで、 松田部長が最も心配していたのは最新鋭機のB787ではなかった。頭 の中では「搭乗されているお客様のケア。そこがどうだったのか。そこ が第一だ。エスケープ・スライドで脱出したお客様にけがはないのか」 という思いが占めていた。松田氏はその確認を急いだ。

脱出した137人の乗員乗客に大きなけがをした人はなく数人が擦り 傷を負った程度。ただ、本社から「閉鎖された高松空港に今すぐ向か え」と指令が飛び、乗客をケア・サポートするために全国から200人近 い社員が駆り集められた。

危機管理の指揮に当たった松田氏は「ああいうことが起こると、あ まりのハイテンションのため眠気や時間の感覚は失う。ただただ現地と の連絡とお客様のケアにだけ集中していた」と振り返る。

対応への評価

豪マッコーリー・キャピタル・セキュリティーズのアナリスト、ニ コラス・カニンガム氏は、「全日空は世界のどの航空会社よりも多くの B787を保有しているが、今のところ、この異常な事態にうまく対応 している」と評価する。その上で、「欠航を最小限にとどめ、航空当局 にも協力している。運航停止は、そもそも航空機製造メーカーの問題で あり全日空のせいではない」と語った。

航空経営研究所の稲垣秀夫首席研究員も「全日空、日本航空とも今 回の重大インシデントを受けてB787の運航を自主的に見合わせたの は正しい判断だ」とし、米ボストンでのバッテリーの発煙や燃料漏れと いうトラブルが連続していただけに、「今回の両社の対応は迅速で適切 だと思う」と述べた。

綱渡り

全日空の山口宇部発-羽田行のB787型機は16日、バッテリー関 連の不具合を示す計器表示と操縦室内での異臭により高松空港に緊急着 陸。同社はただちに自主判断でB787の運航をすべて取りやめた。1 月だけで、16日以来計459便がキャンセルの予定。代替機による運航や 欠航で約6万人の旅客に影響が出ており、現在も機材繰りで綱渡りの状 態は続いている。

全日空は、運航停止に伴う数万件の旅客のリスケジュールや旅客へ の連絡にも追われている。対応する人手を社内で確保するため、総務や 営業など様々なセクションからかき集めた。広報担当者の手塚愛美氏に よると、人数は50人を超えるという。

戦略に変更なし

伊東社長は16日、国土交通省に向かい謝罪と経過報告を行った。そ の後、記者団からB787の再開のめどについての質問を受けて「原因 究明に全力を挙げる」と述べるにとどめた一方、今後のB787を活用 した事業戦略については変更はないと強調した。

ただその後、米連邦航空局(FAA)が米国の航空会社にB787 の運航停止を命令。それを受けて国交省も同様に全日空と日本航空に運 航停止を命じたことから、欠航や他の機材の振り替えを続け、2月は12 日までの国内線で245便、18日までの国際線で134便と計379便を欠航と するなど苦しい状況だ。同型機を国際線だけに投入していた日航の2月 の欠航は17日までに22便。

全日空が保有するB787は現在17機。3月期末までに3機追加し て20機となり、来期末には27機へと拡充の予定で、世界の航空会社とし ては群を抜く機数を有することになる。既に同社はボーイングに対し て66機の正式発注を済ましており、新型のB787を最大限に活用して 業績を大きく拡大させる計画。

最初の顧客の代償

航空経営研究所のジェフリー・チューダー主席研究員は「全日空は 結果的に、B787のローンチカスタマー(最初の顧客)としての代償 を払うことになった」と指摘。B787を7機保有し、国際線のみに使 用している日本航空の場合は保有数が少なくダメージは軽いが、全日空 は国内と国際線に使用しており、欠航への対応もより複雑になると分析 している。

「不意打ちを食らった感じだ」。国交省と連携して安全面の調査を 進める運輸安全委員会の後藤昇弘委員長は23日の会見で、B787のト ラブルについて思わずこう感想を漏らした。同型が、新素材の炭素繊維 を大量使用していることから、事故が起こるとすると「その辺りからと 想定していたが、まさか電気系統から起こるとは思わなかった」と述べ た。

航空経営研の稲垣氏によると、B787は「電気を中心にシステム を構成しており、動力の多くを、電気を使ったデバイスに頼ってい る」。従来の航空機とは根本的に設計の段階から大きく違うという。

その電気系統の1つにリチウムイオンのバッテリーがある。緊急着 陸の原因がそのバッテリーの不具合だっただけに、他の同型機で同様の トラブルが発生する懸念もぬぐえず問題は深刻だ。

B787はまた、東レが供給する炭素繊維素材を機体の半分に活用 し軽量化して大型機並みの航続距離を持つ。従来の同サイズの航空機と 比べ燃費効率が2割ほど良く、二酸化炭素の排出を大幅に削減できる。 ボーイングジャパンのサイトによると、受注は昨年末で848機。そのう ち50機が現在までに各航空会社に納入されている。

日本企業は製造に三菱重工業や富士重工業、川崎重工業などが参 加、機体構造シェアでは日本勢が約35%を占める、準国産機ともいえる ほどの貢献度だ。エンジンの開発メーカーはロールス・ロイス社とゼネ ラル・エレクトリック社で、全日空機はロールス・ロイスを、日航は GEをそれぞれ採用している。

収益への影響

国交省と運輸安全委員会は、製造過程で日本メーカーの貢献度が極 めて高いB787について、徹底的なトラブルの原因を探る考えで、現 在はバッテリーの調査に全力を上げている。巨大なCTスキャンで高松 空港から事故機のバッテリーを持ち込み内部を調べたうえで、現在は電 池メーカーのジーエス・ユアサ・コーポレーションで国交省やFAA、 米運輸安全委員会(NTSB)などと共同で分解作業に取り組んでい る。

また、焦げたバッテリーボックスの監視装置については、製造した 神奈川県藤沢市のメーカーに持ち込んで調査した。さらに28日からは FAAとともに立ち入り検査も開始した。同時に運輸安全委員会は米国 製のバッテリー充電器の調査も現地に人を送り込んで立ち会う計画だ。

燃料漏れ問題の調査も

国交省航空局の高野滋安全室長によると、羽田空港で燃料漏れを起 こした日航のB787のトラブル究明でも、燃料弁を操作するアクチュ エーターと呼ばれる機材を英国イートン・アビエーションの工場に送 り、同省の職員が見守る中で分解作業を行った。複数のトラブルを抱 え、さらに問題の部品に関連する部材などをひとつひとつ丹念に調査す ることは、B787の運航再開に時間がかかることにつながる。

ただ、メリルリンチ日本証券の運輸セクターアナリスト、土屋康仁 氏は、B787のトラブルについて「全体の収支に与える影響はそう大 きくない」とみている。同氏によると、B787の全保有機数に占める 割合は全日空は約7%、日航で約3%。両社の年間旅客収入はおよそ各 1兆円、9000億円。仮に1年間B787が使えず、代替機も使わないと いう最悪の状況を想定すると、営業利益ベースでの影響は「全日空で50 億円、日航で40億円となる」と指摘、実際には数億円にとどまるだろう と予測している。

692便に乗り合わせた山口県在住の会社員、青江一則氏(36)は、 当時の様子について、離陸後にドリンクのサービスが終わり10分程度経 過した時、機内でエンジントラブルによる緊急着陸を行うと放送があっ たという。無事に着陸し、ドアが開いて非常用脱出シュートが準備され た時も、周囲はパニックになっている様子はなかった。ターミナルま で15分ほど歩いて到着したと振り返る。

そうした経験をしながらも、仕事で頻繁に東京に行き来する青江氏 はB787について、「とても快適な飛行機。早く問題が解決してほし いと願っている」と述べ、「運航が再開したら再び利用したい」と語っ た。

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