【コラム】iTunesの世界にレコード盤は不要-ペセック

「エイリアン」や「ブレードランナ ー」などの映画作品で知られるリドリー・スコット監督は、東日本大震 災の被災地、東北地方に新作の題材を見いだした。

監督が製作総指揮を務めた「ジャパン・イン・ア・デー」は日本の 大震災からの復興をつづったドキュメンタリーで、日本国民を勇気づ け、目的意識を呼び覚ますことが期待されている。来月開催される東京 国際映画祭の特別オープニング作品にも選ばれた。

2011年3月11日の東日本大震災はハリウッドのパニック映画とは比 べようもない。東北地方は高さ133フィート(40メートル)もの大津波 に襲われ、町全体が流された地区もあった。死者・行方不明者は1 万9000人を超えた。チェルノブイリ以来最悪の原子力発電所の危機も発 生。沿岸部の絶望的な状況の前にはハリウッド屈指の舞台装置デザイナ ーらも言葉を失う。

だが、この映画は日本の復興を描く中でフィクションに重きを置い ているようだ。確かに地域再生に奮闘する地元のリーダーや原発依存を 減らせと訴える活動家ら注目すべき例もあるが、未曽有の大地震から1 年半を経た日本で最も驚くべきことは、ほとんど何も変わっていないと いうことだ。

そこで復興をめぐる幾つかの通説と、それがほとんど実現していな い理由を検証してみたい。取り上げるのは5つ。

1つ目は復興で景気が良くなるという説だ。これは正しくなかった とみるべきだ。再建の足取りは鈍く、デフレは深刻化、債務は膨らんで いる。ゼロ金利が続く一方、円高で製造業が打撃を受けている。女性の 出世・昇進もままならず、いまだに家族の健康より企業の健全性の方が 重視されている。

期待

何がいけなかったのだろうか。欧州債務危機や米国の退潮、中国の 失速といった世界経済の惨状は大きな痛手だ。だが、日本政府に新しい 発想や政治的意志、そして許し難いことに切迫感が全く欠如しているこ とこそ非難されるべきだ。

2つ目は大震災が政治を大きく変えるとの期待だ。昨年の悲劇は、 政治家が断固たる行動を起こせば報いられる新時代を切り開くものと考 えられていたし、官僚が日本を動かす時代は終わると言われていた。

ところが政府は現状を維持した。分権を進めず、地方のリーダーに 大きな決定を下させなかった上に、お役所仕事の効率化を避けた。役人 の監督業界への天下りを容認し続け、政府機関の説明責任を強める取り 組みを妨げた。オリンパスの不祥事につながったコーポレートガバナン ス(企業統治)基準の弱点も無視した。

3人目

回転ドアのように首相が交代する状況も相変わらずだ。野田佳彦首 相の支持率低迷で日本には震災後3人目となる首相が近く登場するかも しれない。約54年間にわたる自民党政権が09年に終わったときの興奮を 思い出せるだろうか。有権者は民主党に愛想を尽かし、わずか3年で自 民党の政権復帰を許す可能性もある。多くの有権者にとっては、不景気 の中で消費税率を2倍に引き上げる野田首相の決断は許せないものだっ た。

3つ目は脱原発だ。菅直人前首相が福島第一原発の事故で首都圏を 避難対象とするよう検討したことを考えれば特に、現在のような健忘症 の広がりは驚きだ。チェルノブイリでの事故以来の最悪の危機を招いた 東京電力は生き残った。経営陣の中で自らの失敗について罰せられた者 はいない。

放射性物質が福島の一部を住めない地域にしてしまったにもかかわ らず、野田首相は原子炉の運転を再開させている。業界からの圧力の中 で、30年代に原発をゼロにするとの政府の方針は揺らいでいる。

ハッピーエンド

4つ目は繁栄を国外に求めることだ。産業界は多少の前進を見せて いる。「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングなど日本の有力 企業は成長の多くを海外に頼っている。政府が自らの役割を果たしてい ればよかったが、震災以後、自由貿易協定や運輸・農業などの主要分野 での規制緩和はほとんど進んでいない。看護師や建設作業員、工場従業 員として働くため来日を望む外国人のむなしい叫びが続いている。アジ ア諸国との関係は悪化するばかりで、日本は周辺海域の小島の主権をめ ぐり中国や韓国と対立している。

5つ目は民間セクターの邪魔をするなということだ。資産家でソフ トバンクを率いる孫正義氏が日本最大の太陽光発電所の建設に向けた取 り組みで政府が歩み寄ると考えていたとしたなら、完全に間違っていた ことになる。孫氏は政府の認可獲得にまだ苦戦中だ。アップルのスマー トフォン(多機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」を日本 で販売するソフトバンクを築き上げた孫氏のこうした苦労は、コンテン ツ配信サービス「iTunes(アイチューンズ)」が普及する今の世 の中にあって、日本の政治制度がキーキーと鳴る45回転のレコード盤の ような存在であることを浮き彫りにしている。

財布のひもを握り支配を続ける官僚が変革を邪魔していることこそ が問題だ。日本国民が直面する現実と比べれば、スコット監督の手掛け た映画の方がハッピーエンドなのは確かなようだ。

(ウィリアム・ペセック氏はブルームバーグ・ビューのコラムニス トです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)

原題:ITunes World Is No Place for Scratchy 45 Records: William Pesek(抜粋)

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